SSまとめ(健全)
熱き戦の直前、甘寧は呼び出されて幕舎に赴き、凌統の髪を結わされていた。
「おい、さっさと手動かせっつの。あんたのせいで遅れちまう」
「お前の図々しさにゃつくづく惚れるぜ」
「どうも」
その口ぶりを腹立たしく思いながらも、甘寧は気付いていた。戦の前に他者にさせるのは初めてであることを。
囲碁の敗戦後に冗談半分の命令で凌統の髪結いをして以来、甘寧は何度かそれをさせられていた。普段の出仕前も大抵は女官に結わせている凌統だが、戦の前だけは必ず自らの手で高く結わえてきた。何度も勝手に眺めて士気を上げていた甘寧は、頼まれた瞬間にはやや驚いた。
けれど、あえて何も尋ねない。凌統の依頼を断るのも面倒であったし、長い髪に触れるのも満更ではなかった。やや硬めの茶のうねり。たち上る香の匂い。節ばった指で櫛の役をしていると、ぽつりと言葉が紡がれた。
「家には言い伝えがあって」
相槌のかわりに甘寧の大きな手は毛束をひとまとめにする。
「戦前、父上の髪を母上が結った日に母上が死んで。俺の髪を父上が結った日に、父上が死んだ」
掴んだ根元に髪紐をぐるぐる巻き付けていく。椅子に鎮座した凌統の後ろに立つ甘寧には、喋る男の表情が分からなかった。家族の話をしてくることはあまりなく、仇の存在にどの反応を求めているのかも判断できない。返事をせず作業を続ける。
「戦に立つ前に誰かに結わせると、そいつが死ぬってわけだ」
「その流れで言や俺が死ぬじゃねぇか」
気持ち悪い仇討ちの仕方を。甘寧が内心で舌打ちし、口から出そうとした言葉は、凌統が同じ言葉を発することで止められた。
「下らない」
「おう。悪い偶然が重なっただけだろ」
「その通り。だけど世の中にはそれを信じちまう奴もいる」
甘寧は聞きながら巻き付けた紐を埋め込み、控えめな装飾の髪留めを嵌めた。ぱち、という音で完成を悟った凌統が立ち上がる。振り向きざまに合った目が、得意気に細められた。
「あんたがぶち破ってくれよ。下らねぇ迷信だってこと、証明してくれるかい」
ようやく腑に落ちた。つまるところ甘寧に悪い法則を振り切り生きていて欲しいのだと。甘寧ならば出来ると確信している様子を見ると、預けられた信頼と期待に体が燃えてくるのが分かった。
「ったく鈴の甘寧様に貸し作るたぁ、潜りだなお前」
「あんたのツケのがでかいだろ」
「あぁ?」
「とぼけんなっつーの。あと酒場三軒分」
自覚のない甘寧が首を傾げている間に、凌統は自身の頭に触れてその出来を確かめ、頷いた。きりっと結われた髪は、戦場で背筋を伸ばしてくれる。卓上の節棍を掴み取り、しっかりと握りしめた。
「行ってみようか!」
「おう! 暴れるぜぇ!」
握った拳同士をぶつけ合い、同時に駆け出した。
「おい、さっさと手動かせっつの。あんたのせいで遅れちまう」
「お前の図々しさにゃつくづく惚れるぜ」
「どうも」
その口ぶりを腹立たしく思いながらも、甘寧は気付いていた。戦の前に他者にさせるのは初めてであることを。
囲碁の敗戦後に冗談半分の命令で凌統の髪結いをして以来、甘寧は何度かそれをさせられていた。普段の出仕前も大抵は女官に結わせている凌統だが、戦の前だけは必ず自らの手で高く結わえてきた。何度も勝手に眺めて士気を上げていた甘寧は、頼まれた瞬間にはやや驚いた。
けれど、あえて何も尋ねない。凌統の依頼を断るのも面倒であったし、長い髪に触れるのも満更ではなかった。やや硬めの茶のうねり。たち上る香の匂い。節ばった指で櫛の役をしていると、ぽつりと言葉が紡がれた。
「家には言い伝えがあって」
相槌のかわりに甘寧の大きな手は毛束をひとまとめにする。
「戦前、父上の髪を母上が結った日に母上が死んで。俺の髪を父上が結った日に、父上が死んだ」
掴んだ根元に髪紐をぐるぐる巻き付けていく。椅子に鎮座した凌統の後ろに立つ甘寧には、喋る男の表情が分からなかった。家族の話をしてくることはあまりなく、仇の存在にどの反応を求めているのかも判断できない。返事をせず作業を続ける。
「戦に立つ前に誰かに結わせると、そいつが死ぬってわけだ」
「その流れで言や俺が死ぬじゃねぇか」
気持ち悪い仇討ちの仕方を。甘寧が内心で舌打ちし、口から出そうとした言葉は、凌統が同じ言葉を発することで止められた。
「下らない」
「おう。悪い偶然が重なっただけだろ」
「その通り。だけど世の中にはそれを信じちまう奴もいる」
甘寧は聞きながら巻き付けた紐を埋め込み、控えめな装飾の髪留めを嵌めた。ぱち、という音で完成を悟った凌統が立ち上がる。振り向きざまに合った目が、得意気に細められた。
「あんたがぶち破ってくれよ。下らねぇ迷信だってこと、証明してくれるかい」
ようやく腑に落ちた。つまるところ甘寧に悪い法則を振り切り生きていて欲しいのだと。甘寧ならば出来ると確信している様子を見ると、預けられた信頼と期待に体が燃えてくるのが分かった。
「ったく鈴の甘寧様に貸し作るたぁ、潜りだなお前」
「あんたのツケのがでかいだろ」
「あぁ?」
「とぼけんなっつーの。あと酒場三軒分」
自覚のない甘寧が首を傾げている間に、凌統は自身の頭に触れてその出来を確かめ、頷いた。きりっと結われた髪は、戦場で背筋を伸ばしてくれる。卓上の節棍を掴み取り、しっかりと握りしめた。
「行ってみようか!」
「おう! 暴れるぜぇ!」
握った拳同士をぶつけ合い、同時に駆け出した。