SSまとめ(健全)

「興覇、それ取って」
「……あ?」
 水差しを指差す凌統に、そこじゃねえ、と内心突っ込む。こいつ時々面倒くさいこと考えてんだよな。今度は何を企んでやがる。とりあえず、無視した。
「おらよ」
「どうも、興覇さん」
 ……すげえイライラする。無視だ無視。こいつに合わせると調子に乗るだけだ。
 昼過ぎ、気だるい執務をそろそろ部下に押し付けようとした時に凌統はやってきた。図ったように俺を監視し、時折口を出してくる。この時点で鬱陶しい。それが、急に人を字で呼ぶので嫌な予感しかしない。苛立ちのまま足をぶらつかせると、上からの視線を感じる。
「あ、そこ間違えてるぜ。興覇、あんた終わらせる気ある?」
 お前のせいで気が散ってこうなってんだろ。いよいよ限界が来て、勢いよく筆を置き、立ち上がった。その拍子に竹簡が汚れたがどうでもいい。
「ちゃんと俺を呼べよ」
 口をついて出た苛立ちに、自分でも驚いた。こいつの意味不明な思考回路でも偉そうな態度でもなく、いつも通りに呼ばれねぇところにキレちまった。
 凌統は垂れ目を広く開き呆けていた。ややあってから口の端だけで愉しそうに笑い、甘寧、と呼んでくる 。それだけで満足するテメェを差し置いて文句をぶつけた。
「ったく、んだよ、気持ち悪ぃ」
「意味はないって。あんたの字、結構いいよなって」
「チッ。本当に気持ち悪いぜ」
 多分、この調子で何かを要求されると何でも与えちまう。思い通りになるのが癪で、胸ぐらを掴んで引き寄せた。奴の薄い唇は、触れる直前まで頬を押し上げていた。
27/33ページ