SSまとめ(健全)
本日が何の名目で開かれた宴会だったのか、甘寧はもう思い出せなかった。始まってすぐは、諸将らと飲んで食べて話して、気分が良かったはずである。だが、今彼の目の前にいるのはかつて仇だと吠え、繰り返し衝突してきた男で、据わった目で何やらべらべらと喋っていた。話の内容は本日だけで五度目の内容で、甘寧は気が触れそうになった。
「おい、聞いてんのかっつの。あんた耳ついてんのかい? いつも言ってるが、軍師さん方の話くらいは」
この手の説教も三巡はしている。そもそも好き勝手に暴れているとは言え、軍全体を乱すような動きはしていないし、呂蒙や陸遜は甘寧のそんな性格を汲んだ上で戦略を練っている。同僚に叱られるような筋合いはない。聞く度に辟易とするし、腹も立つというものである。
だが、甘寧に突っかかるときの凌統はやけに生き生きとしている。酒精で頬を赤らめながら楽しそうに皮肉を紡ぐ顔を見ている内に、なんとなく許してしまう。吐き出される呪詛を聞かないようにすれば、その顔が眼前にあるのは悪くないと思っていた。
わざわざ俺に絡んできて、妙な野郎だな。甘寧が声にせず呟いて杯を傾けた。同様に酒で顔を染めながら、これ以上なく口角が上がっていることは、本人だけが気付いていないのだった。
右肩に熱と重さを感じて、凌統は目を覚ました。無礼講の宴会で楽しく過ごすうちに卓に沈んでいたようだった。負荷はかつて憎んだ相手で、今は背を預け合う味方である。酒に潰れて姿勢を保てなくなったのか、隣の席からはみ出して凌統に寄りかかっていた。
刺青の身を強引に引き剥がし、卓へ任せて体を起こすと、奥で呂蒙が孫権に飲まされているようだった。見つかる訳にはいかない、と甘寧の腕をもげそうな程無理やり肩に担いで、長身を折り曲げながら凌統はこっそりとその場を抜け出した。
誰に頼まれた訳でもないのに、いつから送る習慣が付いたのか、凌統は首を傾げた。どっしり重たい体を運びながら、思考を彷徨わせる。
『お前が送ったのか? 俺を?』
『なんだよ、あんたがしがみ付いて来たんだろ。詫びに何か寄越せっつの』
『おう――次からも頼むぜ』
『はぁっ!? おい、甘寧!』
呼び起こされた記憶に頭を抱えそうになったが、片腕は荷で、もう一方はその男で埋まっていて出来なかった。頭に鈍痛を感じる。親仇のぞんざいな頼みを律儀に守っている自身にため息を吐いた。
「よくもまぁ、俺にここまで預けられるよ」
澄み切った夜空に、凌統のぼやきが溶けていった。