SSまとめ(健全)

 なまくらになった武器を捨てているところを、凌将軍に見られてしまった。何を言われるのか。緊張で背がつる。
「これ、貰ってくぜ」
 変な声が出た。返事と疑問が混ざったものだ。そんな俺に構うことなく、将軍は鉄くずを拾い、ひらひらと手を振って消えていった。

 夜の仕事がない日に、俺は上の許可を得て鍛練場にいた。次の従軍が決まったというのに、いつまでも足がすくむのだ。恐怖を払うため、がむしゃらに剣を振る。練習木はぎたぎたになり軋んだ音を立てた。破片が飛び腕に刺さると、その痛みだけで腰が引ける。だめだ、だめだ、なまくらめ!
 汗で滑って剣が飛んだ。その方向に誰かがいる。危ない!
 大きな影の足が動き、俺の武器を蹴り上げ、くるくる回った剣の柄を難なく掴む。影はそのまま、ぬっと入ってきた。松明の火が照らすお姿に驚く。
「凌将軍!」
「励んでるね」
 勿体ないお言葉に何とお返ししたらよいか分からず黙って頭を下げる。片手で制してから、ゆっくりと剣を渡してくださった。
 将軍が懐から棍を取り出した。確か、以前使われていた物だ。顔を上げると、指を動かして煽ってくる。将軍のようなお方と手合わせ願えるなんてあまりに光栄だ。しかし、程度の低い武器は舐められているように感じてしまい、恐れ多くも全力で振りかぶった。
「力は悪くないな」
 俺が振り下ろした剣を軽々と鎖で受け止められる。踏ん張って姿勢を取り戻してから横に振り、縦に振り、胴を突くがどれも簡単に流された。
「おしまいかい?」
 その言葉を合図に、将軍が目にも止まらぬ早さで節棍を扱う。二の腕と腿に痛みを感じ、気付くと尻が地面に着いていた。将軍の動きは見事で、自分は無様だ。
「古い武器とは思えぬ強さでした……お見事です」
 目も合わせず言葉をこぼすと、大きなため息が降ってくる。不敬を詫びねば、と立ち上がった時に、目の前に両節棍が翳された。鮮やかな朱色に金の装飾が施され、まるで新品のように美しく光っている。
「俺は波濤も現役だと思ってるけど」
「ですが、より良い武器をお持ちでは」
「強い武器だけが良いってわけじゃないだろ」
 将軍の言うことは分からない。この世は力が全てだ。現に先ほどの打ち合いが戦場なら、俺の命は消え去っている。
「こいつには思い入れがある。可愛がってるし、時々こうやって出番をやるんだよ」
「確かに、私ども程度であれば、十分かと」
「軽いから、一番早く扱えてね。あんたらは力任せが多いから、相性がいい」
 馬鹿にされている訳ではないのに、薄ら笑いで言われたその言葉に恥を覚えて唇を噛む。肩に節棍をかけながら将軍が出入口へと向かった。この人にとって自分は単なる兵だ。一人失意に落としたところで記憶の片隅にも残らないだろう。地面を眺め続けていると、出ていったはずの気配が戻ってきた。顔を上げた先に、火の橙色を反射する刃がある。
「わた、しの、剣」
「正解。ってことは、あんたにとって大事なものだろ」
 即答した俺へ、剣を渡してくれる。握り覚えのある太さだが、柄は塗り直されて艶があった。がたがたの刃は滑らかにみがかれ、故郷の親が持たせてくれた時の輝きを放っていた。
「ずっとそれでやってきたのに、あんな思い詰めた表情で捨てることないだろ」
「な、なぜですか。私がずっと、なんて、どうして」
 動揺する俺に対して、凌将軍は涼やかな表情を崩さない。
「部下のことを知らない上司だと思ってるのかい? 心外だっつの」
「あっ、いえ、そのようなことは」
「……ちゃんと知ってる。一人一人、命懸けて戦場に行くのは俺もあんたらも同じだ」
 炎を映す瞳が遠くを見る。その先にあるのは、俺なんぞには想像もできない世界なのだろう。天下統一だとか仇討ちだとか高尚な理由が俺にはない。命令されて戦う、それだけだ。だが戦場に立つことを同じ立場だと言って下さるならば、俺の存在にも意味があるのかもしれない。そう思うと、不思議と先刻までの恐ろしさが消えていった。
「合肥でも、頼むぜ」
 何よりも力が湧くお声がけに、血が上る程低く頭を下げた。握りしめた剣に情をかけ、きちんと扱えるようになろう。この方をお守りするために。
 いや、この方と、最後まで共に立ち続けるために。
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