SSまとめ(健全)
明日夜空けとけ、と囁かれた。耳打ちからこっち、左耳だけが燃えるように熱い。落ち着かない一日を過ごした。
夕方調練後に集合の詳細が告げられた。一言で済んだ違和感に、去っていく背を凝視した。
星空広がる宵の刻、武装で馬を連れて待つ。やがて鈴の音が聴こえた。甘寧は言い付け通りに待っていた俺をちらっと見ただけで、さっさと駆けていった。逢瀬にしちゃ、無愛想すぎないか。
眠たかったので文句つける気力がなく、諦めて鞍に跨がった。
俺が追い付いたのを悟ったのか、甘寧はどんどん速度を上げていく。それも整備された道ではなく、あえて雑木林を選んで。虎やら狼やらの群れを突っ走り、竹林を切り拓く。肌に刺さる風に目が覚めてきたが、口を開くと舌を噛みそうなので引き続き黙っていた。
甘寧は崖地の前で馬を停めて木に繋いだ。特に喋ってもこない。こいつ、なんなんだ? 置き去り感に苛立ちながら倣 っていると、妙な金属音がした。鈴の音が登っていく。
「……鍛練かっつの」
こぼれたぼやきを自分の舌打ちで消しながら、腰元から鉤縄を取り出して従った。月は随分傾き、空の深みは薄れてきているが、足場はかなり見えづらい。慎重に手足を動かした。
ここらでようやく気が付いた。空けとけとは言われたが、逢瀬だとは言われてない。俺は何を一人で甘いもんだと勘違いしてたんだ。露呈できない期待と無駄な肩すかし感に苛々する。
「おう、着いたぜ」
ようやく喋りやがった。切れる息を誤魔化しながら登頂すると、建業の町並みが暗闇の中に見える。蝋や行灯の控えめな灯りが、遠くから見るとやけに美しく見えた。
甘寧は腕組みして突っ立ている。その方角に目を向けた。水平線か地平線か分からない境から、うっすらと赤みが見える。
「へえ。こりゃ、うわっ」
わざわざ崖登りまでして見る日の出なんざ初めてだったので、感嘆と嫌味を言ってやろうと思っていた。あっさり腕を引かれて塞がれる。誰にも見えてないんだろうが、眼下から丸見えのように感じられて焦る。肩を押してみたが、無視されて腰を引き寄せられた。
触れて離れて、角度が変わってまた触れる。こんなとこで口付けるとは悪趣味にも程がある。こいつ、突き飛ばされて仇討ちされるとか考えないんだろうか。考えないんだろうな。三度目の接触に合わせて、甘寧の腰元の紐を掴んだ。指先の鈴が冷たい。
足元は不安定で、腰が抜けたら俺もこいつも終わるな、と身勝手なことを考えた。ばくばく壊れそうな心臓を抱えながら、離れた顔面を睨み付ける。
「……吊り橋効果みたいの、やめてくれない」
「はぁ? 橋なんか架かってねえだろ」
文句言うにも受け手の力量がないと伝わらないとはね。腕から逃れて座り込む。天が濃紺から薄くなってきた。自然の持つ色の変化にため息が出る。
「いい逢瀬だろ」
「逢瀬だったのかい」
「接吻が足りねえか?」
「もう勘弁だっつの」
あんな恐ろしい口付け、二度としたくない。
じわじわと陽光が広がる町並みをじっと眺める。守るべき地が、いつもより新鮮に見える。
「いい眺め」
「ああ。俺が惚れただけあるぜ」
振り向くと鋭い目はこっちを見ていた。何に対して言ってんだか。崩れそうな足元を見下ろして、うるさい鼓動を恐怖のせいにした。
夕方調練後に集合の詳細が告げられた。一言で済んだ違和感に、去っていく背を凝視した。
星空広がる宵の刻、武装で馬を連れて待つ。やがて鈴の音が聴こえた。甘寧は言い付け通りに待っていた俺をちらっと見ただけで、さっさと駆けていった。逢瀬にしちゃ、無愛想すぎないか。
眠たかったので文句つける気力がなく、諦めて鞍に跨がった。
俺が追い付いたのを悟ったのか、甘寧はどんどん速度を上げていく。それも整備された道ではなく、あえて雑木林を選んで。虎やら狼やらの群れを突っ走り、竹林を切り拓く。肌に刺さる風に目が覚めてきたが、口を開くと舌を噛みそうなので引き続き黙っていた。
甘寧は崖地の前で馬を停めて木に繋いだ。特に喋ってもこない。こいつ、なんなんだ? 置き去り感に苛立ちながら
「……鍛練かっつの」
こぼれたぼやきを自分の舌打ちで消しながら、腰元から鉤縄を取り出して従った。月は随分傾き、空の深みは薄れてきているが、足場はかなり見えづらい。慎重に手足を動かした。
ここらでようやく気が付いた。空けとけとは言われたが、逢瀬だとは言われてない。俺は何を一人で甘いもんだと勘違いしてたんだ。露呈できない期待と無駄な肩すかし感に苛々する。
「おう、着いたぜ」
ようやく喋りやがった。切れる息を誤魔化しながら登頂すると、建業の町並みが暗闇の中に見える。蝋や行灯の控えめな灯りが、遠くから見るとやけに美しく見えた。
甘寧は腕組みして突っ立ている。その方角に目を向けた。水平線か地平線か分からない境から、うっすらと赤みが見える。
「へえ。こりゃ、うわっ」
わざわざ崖登りまでして見る日の出なんざ初めてだったので、感嘆と嫌味を言ってやろうと思っていた。あっさり腕を引かれて塞がれる。誰にも見えてないんだろうが、眼下から丸見えのように感じられて焦る。肩を押してみたが、無視されて腰を引き寄せられた。
触れて離れて、角度が変わってまた触れる。こんなとこで口付けるとは悪趣味にも程がある。こいつ、突き飛ばされて仇討ちされるとか考えないんだろうか。考えないんだろうな。三度目の接触に合わせて、甘寧の腰元の紐を掴んだ。指先の鈴が冷たい。
足元は不安定で、腰が抜けたら俺もこいつも終わるな、と身勝手なことを考えた。ばくばく壊れそうな心臓を抱えながら、離れた顔面を睨み付ける。
「……吊り橋効果みたいの、やめてくれない」
「はぁ? 橋なんか架かってねえだろ」
文句言うにも受け手の力量がないと伝わらないとはね。腕から逃れて座り込む。天が濃紺から薄くなってきた。自然の持つ色の変化にため息が出る。
「いい逢瀬だろ」
「逢瀬だったのかい」
「接吻が足りねえか?」
「もう勘弁だっつの」
あんな恐ろしい口付け、二度としたくない。
じわじわと陽光が広がる町並みをじっと眺める。守るべき地が、いつもより新鮮に見える。
「いい眺め」
「ああ。俺が惚れただけあるぜ」
振り向くと鋭い目はこっちを見ていた。何に対して言ってんだか。崩れそうな足元を見下ろして、うるさい鼓動を恐怖のせいにした。