SSまとめ(健全)

 季節が変わる程顔を見なかった。互いに逆賊の討伐やら土建作業やらで山だの川だの村だのと駆り出されていた。忙しくしていたので特段思い出すこともなかったが、鈴の音が聞こえると無意識に体が止まった。
 両手には軍師殿にお預けする竹簡が山のようにある。報告を終えたら、先日の暴風で壊れた厩舎の建て直しもしなくちゃならない。散々体を動かしてはいるが、そろそろ得物を構ってならないと拗ねちまう。とにかく一秒だって惜しい。それなのに中庭で立ち止まった足は動かなくなった。鈴の音はどんどん大きくなる。
 諦めて音へ顔を向けると、泥まみれの輩が立っていた。刺青の龍がくすんでいるし、腰元の鈴も随分汚い。よくこれで澄んだ音色が鳴ったものだ。変なところに感心している内に、奴は無遠慮に寄ってきた。簡が汚れないよう必死で守る。
 腕の中に集中しすぎて顔面は無防備なままだった。顔は拭ったんだろう、触れた皮膚はかさついているものの泥臭くなかった。甘寧なりに配慮したのか、奴は俺の体にも簡にも触れず、器用に唇だけ触れ合った。
「へへ。ついてるぜ」
 向こうも多忙なのか、幸運を呟くとさっさと走っていく。呆けている時間なんざないのに、姿が見えなくなるまでその背の花を睨み付けた。
13/33ページ