頂きもの/捧げもの
Really
代替わりを経て、一時は孫尚香が危惧したようにばらばらになりかけていた孫呉であったが、赤壁の戦いの大勝があってからは、少しずつその形を改めてきた。家族の絆と言えるほどの結束には至っていなくとも、全員が孫権の志を支えたいという思いで一致していた。孫呉軍に所属を決めた無名も、もちろんその意思に賛同していた。
孫呉をより強固にするには、仲間同士の絆を深めることが重要である。投降してきた将は古参の計らいもあってすぐに馴染んでいた。
だが、もっとも深い溝には手が付けられていない。凌統と甘寧の仲だ。古参であればあるほど凌操との関わりは深く、討死の際には悲しみ、甘寧に敵意を抱いた。その本人が仲間になると決まった時には、凌統ほどでなくとも複雑な心境となったものだ。しかしながら周瑜の後押しや孫権の目利きに疑いはなく、甘寧の実力も確かであった。孫呉に与する利点は有り余る。そういった事情から、古参は凌統にも甘寧にも接しづらく、仲を取り持つ立場にないのが現状だった。周瑜や魯粛は激動する乱世に忙しく、呂蒙もまた勉学に励んでいてじっくりと仲立ちを担う状況ではなかった。
そこで立ち上がったのが無名である。以前から甘寧と顔見知りであり、凌統の親鳥とも言える立場の男は、一人闘志を燃やしていた。――絶対に二人を和解させる。
第一の作戦。食事会。これまで、無名は多くの者と絆を深めてきた。その多くは会食だ。美味いものを共に頂くことで、張り詰めた空気も安らぎ、腹を割って話しが出来ると考えた。
「えっ、あんたと昼を? 珍しいね、無名からなんて」
早速凌統に声を掛けたところ、つんとした表情を崩して喜んだ。普段は背伸びをしがちな凌統が素直に甘えられるのは無名相手のようだ。改めて無名も嬉しくなり、目元を緩めた。気に入りの飯屋はすでに予約を入れてあるので、時刻を指定して一度別れた。
「お前からなんざ、久々じゃねえか。んじゃ、手下どもは留守番させて、しっぽり行くか」
次に、甘寧に声を掛けたところ、こちらも即答で承諾した。無駄に声を低くして言うので色気が漂っているが、今のところ無名には無効である。ただ、過去を覚えていてくれることは嬉しく、やはり無名は目を細めて喜んだ。同様に時刻を伝え、早々と去った。
これで上手くいくはずだ。無名は表情を変えぬまま、心を躍らせていた。
指定時刻、飯屋。足取り軽く赴いた無名は、ぴりっとした空気に気が付いた。霊長の目を使わずとも分かる程の思念だ。
「なんであんたがここにいるんだよ。邪魔」
「こっちの台詞だぜ。のんびり飯食う暇あったら鍛錬しろ」
「生憎だけど、休む大切さも知ってるもんでね。暴れ回ってばっかの育ちじゃ、分からないかい」
「お前本当に口ばかり達者だよな。お守りする身にもなれよ」
「誰が俺のお守りだって? 上等だっつの、ここで実力を」
「待て」
外野の不安も大きくなってきた頃に、ようやく無名が割り込んだ。二人は声を揃えて無名を呼んでいる。顔を突き合わせただけでまだこんなにも口論になるとは、と内心焦る内に凌統がつかつかと寄ってきた。
「あんたが選んだ店に文句付ける気はないけど、こいつが行くような店じゃ知れてるっての。違うとこにしようぜ」
「はあ? 俺ぁこいつに呼ばれて――おい無名。お前が仕込んだのか?」
「……すまない。共に食事をと思ったんだが、駄目だろうか」
こうなれば直球勝負である。とはいえ、仲良くなってほしい、という言葉は一旦飲み込んで、そのままじっと目を見て頼み込んでみた。暁天の瞳に雛鳥は弱い。二秒で凌統の顔が赤くなってきた。
「……なんで、わざわざこいつもいるんだよ。いいだろ、俺とだけでも」
「一緒がいいんだ。駄目か」
「…………ダメじゃ、ない、けど」
凌統陥落。次に無名は視線を後ろの甘寧に向けた。腕組みをして呆れ面の甘寧にも声を掛ける。
「甘寧。どうだ」
「ったく、断れる訳ねえだろうが」
どちらかと言えば甘寧の方が凌統への歩み寄りを見せている方だ。面倒くさそうな態度は隠せていないが、了承は得た。無名が大きく頷き、両名の背を一度叩いてから、のれんをくぐった。
「おい凌統、喧しくすんなよ」
「しないっつの! あんたこそ余計なちょっかいかけてくんなよ」
「……したりか?」
「はっ!? あんた馬鹿じゃねえの!?」
「頼むから、店では大人しくしてくれ」
「う……あんたのせいだぞ、甘寧」
「へいへい」
やり取りのすべてが聞こえる訳ではないが、並んで話したり耳打ちしたりする距離感は許されているらしい。特に誘導したわけではないが、着席も自然と二人が隣に座っている。これはいいことだと無名は一時喜んだのだが、よく見るとそれぞれ姿勢を外に向けて目が合わないようにしていた。
「まあ無名殿はお忙しいから。俺たちまとめて相手するのが丁度いいんでしょうよ」
「そう拗ねんなよ。しょっちゅう手合わせで絡んでんだろ?」
「絡んでって、むっかつく言い方。あんたこそ二人で飲んでんでしょうが。こういう時くらい遠慮しろって」
「その話は終わったはずだ。食おう」
どん、と大皿が机に置かれていく。事前に注文を済ませておいてよかった、と無名は珍しく自画自賛した。元化の小言もとい助言を受け入れた結果なのだが、胸を張って皿を配る。
「……ま、飯に罪はないね」
「せっかくの無名の奢りだ、食おうぜ」
「言ってない」
「年嵩の奴が奢るもんでしょ」
「年上、くれえにしてくれ」
軽快なやり取りの後、甘寧と凌統はそれぞれ箸を取った。無名もほっと胸を撫で下ろし、自分の皿に盛っていく。しばし味わう時間が続くと、無名はうっかり食べることに気を取られ、本来の目的を忘れて食事に没頭した。
「んだよ、皿空じゃねえか、おら食え」
「食べてるっつの。つうか子どもじゃないんだから自分でよそえるって」
「お前これ食えねえだろ。これも」
「食えないんじゃなくて、苦手なだけ」
「何で威張ってんだよ」
仲睦まじい会話が繰り広げられても、熱中している無名が気付くことはなかった。
「じゃ。俺はこれで。甘寧、無名に迷惑かけんなよ」
「どの口が言ってんだ」
「凌統、今度は手合わせしよう」
無名の言葉に嬉しそうに頷いてから、凌統は調練があるため足早に去っていった。そこでようやく無名は己の使命を思い出し、未達成を悟って落ち込んだ。
「つい、食べ過ぎた」
「お前その体によく入るよなー。凌統も結構食う方だが、お前にゃ敵わねえな」
「お前たちに仲良くなってもらおうと企画したんだが」
本来の目的を晒すと、甘寧は意外そうに目を見開き、苦笑いする。
「そういうことかよ。呂蒙と言い、お節介な奴だぜ」
「孫呉を一枚岩にするには不可欠だろう」
「……戦じゃ、俺もあいつもちゃんとやってんだろ? 気にすんな。な?」
珍しく言葉を濁らせながら甘寧が無名の肩を叩く。霊長の目を以ってしても心の中までは見えず、暁天の瞳に甘寧は釣られない。
「またやろう」
「へっ。次はサシでやろうや」
拳をぶつけ合い、無名は一人また闘志を燃やしながら店を出ていった。
***
第二の作戦、囲碁。
「……今度は何」
「碁だ」
「見りゃ分かるっての。なーんで俺が、こいつと打たなきゃなんないんだっつの」
今日も凌統はむくれている。整った顔立ちをこれでもかと渋い表情に変え、腕を組んでそっぽを向いている。生意気という言葉を身で表している男だ。
甘寧はもう、文句も言わずにただ深いため息を吐いて、碁盤の前に座った。無名の頑固さは甘寧が抵抗できる代物ではない。
「さっさとやってこいつ納得させようぜ」
「本気かって。あんた九子置いたって雑魚すぎて話にならないだろ」
「だーから俺ぁ囲碁なんざ分かんねえんだよ。手取り足取り教えてくんねえか」
「い、言い方が嫌だ」
「なんだ。もう打ったことがあるのか」
二人の応酬に、無名がきょとんとしたまま口を挟む。すると何故か凌統がぎこちない動きで首を振り、大人しくなった。碁盤の前に座り、あっという間に甘寧を打ち負かす。
「もう打てねえな。終いだ」
「ほら、無名、これでいいんでしょ」
「おい無名、前言ったろ。もう気にすんなって。こいつもちゃんと武将として働いてんだ、戦の連携も問題ねえよ」
「……分かった」
「んじゃ、俺は船の整備に行く。凌統、無名困らすなよ」
「誰がっ」
ちりちりと腰元の鈴を鳴らしながら、甘寧が去っていった。凌統がなんでもないように碁石を集め、色ごとに収めていく。片づけを押し付けられたことは怒っていないらしい。凌統も大人になったものだ――無名は一人、じんわりと感動した。
「……耳に挟んだんだけど。あんた、俺とあいつのこと、仲良くさせようって魂胆なわけ」
「ああ。凌統の気も考えずに、すまない。だが、孫呉の結束には、二人の力が要る」
凌統はわざとらしく碁石の音を立てながら俯いている。ややしばらくしてから、やっと片付けを終えて立ち上がった。
「見守っててくれとは言ったけど、こんなお節介まで頼んでないっつの」
「そうだな」
「それに、その、もう大丈夫っつうか、……とにかく、戦じゃきちんとやるから。あいつと肩並べてなんて冗談じゃないとは思うけど。殿のために尽くすのが、父上の願いだと思うしね」
「……ふ。もう見守りなんて必要ないほど成長したな。凌操も喜んでいる」
「そうかな。そうだと、いいけど。っと、俺も行かないと。そんなわけで、わざわざとあいつと揃えて呼びつけなくていいから。頼むぜ、無名殿」
照れ隠しなのか、わざと舌を出す凌統の姿が愛おしく、無名は頬を緩めて頷いた。二度の企画に効果があったかは不明だが、少なくとも会話はあり、時間を共に出来ており、孫呉への尽力も一致している。二人の力は必ずや孫呉の武器になるだろう。巣立った雛の背中を見ながら、無名は一人爽やかな気持ちで佇んでいた。
***
月明りの綺麗な夜半、甘寧が報奨金で買い上げた隠れ処に、凌統はいた。やたらと大きな寝台の上で
「しかしよお、どうする」
「なにが」
「無名だよ。あいつ、放っとけって言っても聞きやしねえ」
「ああ、あのお節介。俺も今日、もうしなくていいって言ったけど、どうかねえ」
凌統がとろりとした口調で返した。その頭を乗せた刺青の腕が優しくその髪を取る。宙に浮かせて月に翳し、ゆっくりと指を離すとさらさらと錦糸のように滑り降りていった。
「俺とお前が添い寝する仲なんつったら、あいつたまげるぜ」
「かえってろくに驚かずに祝福してきそうで、嫌だっての」
「そら、きちいな」
想像するだに落ち着かず、甘寧はしきりに凌統の髪を取っては落とした。凌統が反発するので表現を緩めたが、もちろん二人は単なる添い寝の仲ではない。むしろ甘寧は黒子の数から性感帯まで全てを把握している自信がある。深い仲になるまでは、無名が領地外で暗躍している間に色々あったのだが、もはや過ぎたことである。
「けどよ、気まずくねえか。あいつ一人で随分張り切ってるだろ? その裏でこんなんなってるって」
「まあ、あいつの親切を裏切ってるかもしれないけど、わざわざ公表するのは変だろ」
「つうかお前、人前じゃ照れやがって。無駄に反抗的だから余計誤解されてんだろうがよ。甘寧殿に憧れて、身も心も虜です♡ とか言っとけよ」
「なにそれ。自惚れも大概にしろっての」
恐らく、これが外の会話であれば凌統はむきになって怒り、武器まで構えて襲ってくる可能性がある。それが隠れ処で二人きりなら、笑って皮肉るほどの余裕っぷりだ。どこまで凌統が心を許しているかが身に染みて分かると、甘寧はたまらずぐっと来た。腕枕を強引に抜き取り、覆いかぶさって口付けると、凌統も特に驚かずそろそろと首に手を回して受け入れている。
「っん、……まだ、やんの」
「全然足りねえよ。本気出せ」
「だしてるっての……ぅ、あっ」
滑らかな肌を浅黒い肌が這って行くと、たちまち会話は途切れていった。互いの名を呼び、呼吸を預け合い、それぞれの存在に没頭していく。凌統の悩ましげな表情や切ない吐息を眺めながら、甘寧は改めて実感した。
(こいつのこんな姿、微塵も想像させたくねえから、やっぱ黙ってっか)
まだ独占欲があるのかと己を思い知った甘寧は、月下の恋人に溺れてゆくのだった。
【END】
『無名くんが甘凌にやたらお節介かけて二人をどうにか仲良くさせようとしてるけど、そんなことしなくてももう俺たちめっちゃ一緒に寝たりしてんだよなーでも言うの気まずいよなー』なオリ甘凌
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