ケーキより甘い




鳩が豆鉄砲を食ったようとはよく言ったものだ。
隊舎での業務を終え自身の研究室へと戻ってみれば、隊長が破裂音と共に出迎えてくれた。
小さなボンボンが着いた三角帽を頭に乗せた飛び切り笑顔な隊長と、思考が固まった俺の周囲をクラッカーから放たれた紙吹雪が舞う。
物々しい騒音が部屋の外に漏れたらしい、何だなんだと騒めく他の局員達に悟られぬよう素早く扉を閉めた俺は溜息を吐きながら隊長に向き直った。


「研究室内でクラッカーは止めましょうよ、警報器が誤作動しますよ」

「この室内の警報器や監視蟲の類は停止してあるから問題はない」


問題、大有りでしょう……
そう呆れた視線を送っても隊長は上機嫌なまま、俺に背を向けて何やらゴソゴソと準備をしているようだ。

仕事や研究に没頭して完全に忘れていた誕生日。
それを毎年、隊長はぶん殴る様に思い出させてくれる。
部屋の至る所にメタリックな紙細工やビカビカと眩しい電飾を飾り付けられているのはまだ可愛い方だろう。
ある歳の時は『阿近 ハッピーバースデー』という文字を花火で盛大に打ち上げてくれたものだから、突然の爆音に近隣から苦情が殺到し、この時ばかりは無礼を承知で声を荒げてしまった。
それで懲りる隊長で無いとは分かっていたが、俺の研究室内に留めるという善処はしてくれているようで、安心は出来ないがたかが俺個人の誕生日で騒ぎが起きなければそれでよかった。
……今し方起きかけたのだが。


「ほおら阿近、お前の好きな苺のケーキだヨ!
蝋燭は歳の数差すのと、歳が書かれたプレート型とあるがどちらが良いかネ?」

「お気持ちだけで充分です……」


嬉々として隊長が作業台の上に乗せたのは直径約20㎝のホールケーキ。
真っ白な生クリームが盛られたスポンジの上に、艶々と蜜の塗られた真っ赤な苺が所狭しと乗っているそれのどこに蝋燭を差すというのだろう。
確かに俺は苺のケーキを好んでいたが、それは幼い頃の話だ。
今の俺には胸やけがする程に甘過ぎるのだが、断っても隊長は毎年ケーキを準備していた。

……隊長の中では俺はまだ幼子と同然と思われているのかもしれない。

初めて誕生日に隊長からケーキを貰った時の俺は、技術開発局の中では最年少だった。
技術力を買われて蛆虫の巣から出たとは云え、雑用が多く立場も無いに等しい俺を一番構ってくれたのが当時第三席だった隊長で、その時の誕生日も他の局員に悟られないように自室に招いて祝ってくれた。
「小僧に駄々を捏ねられてはいけないからネ、この事は内密に」と、苺の小さなホールケーキをプレゼントしてくれた事も勿論嬉しかったのだが、
笑いながら人差し指を唇に当てる隊長のその動作があまりに妖艶で、俺は思わず見惚れてしまっていた。

ケーキは現世のレシピを元に隊長が手作りしたらしい。
初めて食べるその味はとても甘く、まるで夢のような食べ物だった。
ケーキを夢中で頬張っていれば、隊長から優しい眼差しを向けられている事に気が付いて、俺は恥ずかしさを誤魔化すように俯きながらも食べる手を止めなかった。
その時の様子から、隊長は俺の大好物が苺のケーキだと勘違いをしたようだった。


「阿近」

「……有難う御座います、隊長」


銀のフォークでケーキの一部分、一粒の大きな苺と生クリームとスポンジを一口分掬って俺の口元まで近付ける隊長に対して抵抗を諦めた俺は、素直に御礼を述べ口を開けた。

あの時と同じ、眩暈がするような甘いあまいクリームと瑞々しい苺の酸味が混ざり合う。

咀嚼をして飲み込み「美味いです」と呟けば、隊長は満足そうに「当然だヨ」と笑った。


今、
本当に欲しいものを言ったらどうなるだろう。

「貴方が欲しい」と
強請ったら、どんな顔をするだろう。

俺の事を花火もケーキも未だに手を叩いて喜ぶ幼子だと思っている隊長は、
一人の男として意識してくれるだろうか。



「隊長、実は俺……他に欲しいものが」

「オヤ、おねだりとは珍しい
……では、それが何か当ててやろう」

「え?」


元々近かった距離を更に縮めてきた隊長は、想定外の反応に戸惑う俺の後頭部を両手でぐいと抱き寄せると、そのまま唇を重ねてきた。

淡い体温と感触に、血液が顔面に集中する。

体を離そうと試みても、その華奢な腕からは想像もつかない力で後頭部をがっちりと取り押さえられている為、俺はされるがままに隊長の伏せられた長い睫毛をただ呆然と眺める事しか出来ない。
その間にも隊長はまるで味わうように角度を変えながら接吻を堪能し、ついには長い舌で下唇をべろりと舐められ、俺の理性は我慢の限界を迎えていた。

いつから気付かれていたのか、何故それに応えてくれるのか……
今はそんなこと、どうでもいい。

口を開けて舌を出そうとしたその刹那、不意に隊長の顔が離れ、妖しく口角を上げる。


「ハッピーバースデー、阿近」


それからは、どちらともなく唇を重ね合わせた。

貪るように、確かめるように、
ぬるりと舌が絡んで唾液と吐息が混ざり合う。

息継ぎの合間、隊長の「甘いネ」という呟きに思わず失笑してしまった。


「隊長の方が甘いですよ、ケーキよりもずっと」



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イイネ!