Lorelei
とあるところに、とある一族があった。
その一族には数百年に一度、呪われた者が産まれた。
まるで天女のような、この世のものとは思えぬ美麗な容姿を持ち、見た者の心を奪い理性を失わせてしまう、蠱惑の呪い。
古くから続くその呪いのせいで一族滅亡の危機まで陥った歴史もあり、代々呪いを持つ者は特有の化粧を施す仕来りだった。
少年に化粧を教えたのは、彼の親よりも年上の女性。
彼女もまた、仮面のような化粧を施していた。
そして化粧をする度に
まるで呪文のように言い聞かせられていた。
表で素顔を晒してはいけない。
表に出るには化粧をしなくてはいけない。
然も無ければ、酷い目に遭ってしまう、と。
産み落とされて以来、まるで宝物を扱うような、過保護な環境で過ごしてきた少年は、どうして他の子のように自由に出歩けないのか、とあまりの窮屈さに強い不満を感じており、その言い付けも真剣に受け取っていなかった。
外に出る為に化粧をする手間も堪らなく面倒で、どうにか化粧をせずに済まないかと、そんな事ばかり考えていた。
そんなある日
家の者が皆出払ってしまう時があった。
少年が素顔のまま部屋を出ぬよう監視の為の従者はいたが、家の主人の留守に気が緩んでいたのだろう。
部屋の前に置かれた椅子に座ったまま、ウトウトと居眠りをしていたのを扉の隙間から覗き見た少年は、好機と言わんばかりにそろりと部屋から抜け出したのだった。
素顔を隠せるのならば何でも良いのではないか、と
少年は玄関の壁に飾られた狐面を拝借し、人目を盗んで勝手口から表へと駆けていく。
視界は悪いが化粧道具を出す手間や、顔料臭いのよりよっぽどマシだ。
青い草木の匂い、暖かな日差しが白粉を塗られていない素肌を照らす。
言い付けを破った後ろめたさと、誰の目も気にせず駆け回れる解放感で少年は興奮していた。
だから、気付くのが遅れた。
面をして視界が悪かったのも相まって、少年は生垣の曲がり角で男と接触した。
少年は後方へと転倒し、その衝撃で面も外れてしまう。
からん、と
狐面が地面に落ちた音が嫌に響いた。
……それからの事は、断片的にしか覚えていない。
いつの間にか少年は自分の部屋に戻ってきていて
女性が、自分の化粧が崩れるのも構わず、泣きながら少年に𠮟責していた。
痛みに気が付いて右腕を見れば、強く握られたような赤黒い跡が残っていた。
以降、監視の目は一層厳しくなったのだが
少年は抜け出す素振りも無く素直に言い付けを守るようになった。
これは私を守る御呪い。
顔料の臭いが鼻につく度
冷たい筆先が肌をなぞる度に
心がしんと凪いで行く。
それでも
それでも何かの拍子に、記憶が鮮明に蘇ってしまう。
男の血走った目が
荒々しい鼻息が
折れんばかりに掴まれた腕の痛みが……。
あの大きな
おおきな、乱暴な手が
この腕を……。
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