Lorelei






「そのお化粧って、
何か意味があったりするんスか?」


宵の口、
研究室にて一人作業を続けていたマユリの手が、その一言で止まった。

正確には、溜まりに溜まった書類仕事からエスケープしてきた十二番隊隊長、浦原喜助もいて研究室に二人きりの状況だった。
押し掛けてきたかと思えば疲れただの、甘いものが食べたいだの、副隊長が厳しいだの愚痴を垂れ流す浦原を半ば無視してマユリは研究に没頭していた。
放置していれば飽きて何処かへ行くだろう、猫でも相手にしているような気分になる。
こんなのが自分の上司なのかとうんざりする気持ちにもなるが、
同時にそれを拒み切れない理由もあった。

それはつい先日、
浦原から熱い視線を向けられている事に気が付いてから。

一瞬の隙、次の瞬間にはいつものへらへらとした調子に戻っていたのだが、
見間違いだと思い込むには無理がある程の熱烈な、慈愛の籠った表情は確かにマユリに向けられていた。
それを気色悪いと突き放すのは簡単だろう。
ただ、こんな容姿の自分に好意を向けてくる浦原に対し、他の者とは違うのでは、と特別な感情を抱きつつあった。


しかし、それは許される事ではない。

悲し気な声が、脳内で反響する。

淡い期待だけに突き動かされて、
容易に受け入れてはならない。

今までの努力が、全て水の泡になる。

全てが台無しになる……。

故にマユリは必死に、悟られまいと取り繕っていたのだが
浦原の発した言葉で、
マユリの意識は一瞬のうちに遥か昔の情景へと飛ばされてしまう。



部屋中に漂う、独特な顔料の臭い。

自分の頬をなぞる、柔らかく冷たい筆の感触。

優しくも、悲し気な眼差し。


己の腕を乱暴に掴む、男の黒い影。



「涅サン?」


呼び掛けにハッとして顔を上げると、直ぐ傍らには不安げな表情の浦原が立っていた。

動悸がする。
胃の内容物が込み上げてくるような不快感。
呼吸も浅くなり、額には脂汗が滲む。

浦原が懐から手拭いを取り出し、その汗を拭おうとしてきたのだが、
マユリは咄嗟にその手を振り払った。


「触るなッ!!」


そんな事をされたら、化粧が……。

浦原に背を向け、その場から一旦立ち去ろうとしたマユリだったが、
動揺のあまり、足が縺れて激しく転倒してしまう。

ガシャン!と机上に置かれていたガラスの容器が転倒の衝撃で倒れ、
中を満たしていた真水が、
容赦なくマユリに降り注いだ。



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イイネ!