匙一杯の糧






「お疲れ様です、隊長」

「アァ」

「夜通しの作業を咎めはしませんが、
食事くらい摂ってください」

「アァ」

「此処に置いておくんで、
必ず召し上がってくださいね」


椅子を回転させて振り返ると、
阿近が目の前にあった書類を退けて膳を置いてきた。
膳の上には茶碗一杯の白米、漬物、根菜の味噌汁と蓋をされた湯呑みが乗っている。
味噌汁から出汁と具材の豊かな香りが立ち、
マユリはそれに少し目を細めた。


「口煩い奴だヨ、一体何処の誰に似たのやら」

「…あそこまで煩いとは思いませんけどね」


互いに同一人物を思い浮かべては失笑する。
このやり取りも、もう数えきれないくらい交わしてきたが、不快に思った事は一度たりとも無い。
ヤレヤレと口では言いながらも膳を突き返したりはしないマユリを見て、
阿近は口角が上がるのを隠すように踵を返した。


「それじゃあ俺は持ち場に戻ります
食器は後で回収に来ますんで隅に置いててください」

「…お前も」


一緒に食べていけ、
どうせ二人分作っているのだろう

そう、言おうとして
いつも喉に引っ掛かってしまう。


「何です?」

「…自分の管理を怠るんじゃあないヨ」


自分の目の下をトントンと軽く叩いて濃い隈の事を指摘してやれば、
阿近はバツが悪そうに笑いながら「わかってます」と言って出て行った。

静けさが戻った部屋で一人、マユリは膳を手元に引き寄せる。
作業に没頭したマユリが億劫に感じないように考えられた主食と汁物、漬物だけの簡素な膳。
朱塗りの椀を手に持ち口を付けると、
麦味噌の香ばしさと牛蒡と人参の甘さが口内に拡がり、汁の温かさが喉を通って全身に染み渡っていく。
炊き立ての白米は粒が立って艶があり、噛む程に増す甘味を漬物の塩味が更に引き立てた。


愛しいと、思わずしていられるだろうか。

炊事場に立つその背中に、
遠いあの日の姿を重ねずにいられるだろうか。

空になった茶碗と箸を置き、湯呑みの蓋を取る。
今日はほうじ茶らしい。
焙煎の香ばしさが湯気と共に立ち昇り、
その甘みに思わずほっと息が漏れた。

部下としての心遣い、
としては些か程度が過ぎる気もする。

そしてこの心中も、
ただの部下に向けるものでは無いと、自覚している。

今はまだ、まだその時ではないと
先延ばしにして早百年。
ただ、このもどかしさも心地が良いのだ。


ぐいと湯呑みを煽れば、一気に流れ込んだ思いやりが
腹の内を熱くさせた。



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イイネ!