匙一杯の糧





ふと、とある匂いが鼻を掠め、思わず視線を上げる。

通常隊長格が業務を行う為の隊首室。
だが他の隊とは違い、
壁際には薬品棚やホルマリン漬けが所狭しと立ち並んでおり、普段からまるで病室を彷彿とさせるような独特な臭いが充満していた。

そんな中、何処からともなくふわりと柔らかく、
まろやかな香りが漂ってきた。
凡そこの部屋には似つかわしくない、出汁の香り。

壁に設置されたモニターの前で軽やかにキーボードを叩いていた指先は止まり、
マユリは天井付近にある換気口を見上げる。
この換気口はダクトを通じて給湯室にも繋がっている事を、当然マユリは知っていた。
恐らく何者かが給湯室で何かを拵えているのだろう。
隊舎内の給湯室なのだから誰が何をしようと構わないのだが
誰が、何をしているのかすらも、
マユリは知っていた。

だからこそ、体が、意識が、
無意識にその存在を認識しては、思い出してしまう。

小さく不格好な塩辛い握り飯。
片方が繋がったままの油揚げが浮かぶ薄味の味噌汁。
火傷や切り傷だらけの未熟な手。

もう百幾年も前の事だが、
目を閉じればつい先日の事のように、
瞼の裏に映し出される。

口煩い元副隊長が居なくなって、
幾月も経たないうちに真似事を始めた。
当の本人も、以前は食に関しては全くの無関心だったというのに。
どういうつもりなのかと尋ねれば、幼さを残した彼は手元を弄りながら視線を落とした。


「今の隊長に、必要だと思ったので」


当時は、その身構える小さな頭を軽く撫でてやる事しか出来なかったが、
きっとその不器用さは今も変わらないだろう。

溜息を吐いて肩の力を抜いたマユリは
キーボードから手を離し、椅子の背凭れに身を沈めた。

背後にある部屋の扉が叩かれる。

部屋の主の返事を待たずに
開かれた扉から入ってくる者など、見ずとも分かる。



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イイネ!