犬兎之争
「俺、副局長にお渡ししたいものがあるんです」
「何かネ?」
後悔の念からキリっと立ち直った阿近は懐から一つの包みを取り出した。
ずっと持ち歩いていたのか、風呂敷は少し皺になっているが、阿近はそれをマユリに差し出す。
受け取って包みを開けてみれば、そこには一冊の本が入っていた。
「これは…!
絶版故に入手困難となった薬物大全集じゃあないかネ!」
マユリが震える手で持つこの本は、内容に問題があるとして遥か昔に絶版となった大全集。
研究者ならば喉から手が出る程欲しい代物で、
以前マユリに頼まれた浦原が血眼で探し回っても手に入れる事が出来なかったのだが、
阿近は流魂街にある古物商で見つけたという。
「お誕生日おめでとうございます、副局長」
決して安くはなかっただろうし、何より自分自身が所有したいものではないだろうかと思うが、
照れ臭そうに祝いの言葉を口にする阿近を前にその話は無粋だろう。
「ありがとう、阿近…
時間が許すなら今から少し一緒に読まないかネ?
それと私の自室の本棚に置いておくから、いつでも好きな時に読みにおいで」
純粋無垢な心に触れたマユリは己の中の淀んだ何かが晴れていくのを感じながら、
阿近を自分の隣の席へと招く。
そんなマユリの優しさに驚き遠慮がちに席に着く阿近だったが、
頁を捲るにつれきらきらと目を輝かせながら本に夢中になっていった。
…
「う…うう…僕の苦労は一体…マユリさぁん…」
「き、喜助ェ…これどないなっとんねん…助けて…うっ」
一方、そんな二人の世界に没入したマユリと阿近の傍ら。
膝を抱え込んでしくしくと泣く浦原に、平子は痛みに悶え這い蹲って助けを求めようとしていた。
彼らは知らない。
この後般若顔のひよ里が資料室に怒鳴り込んでくることを。
その手に、浦原宛の高額な請求書が握られていることを。
八つ当たりにひよ里が平子を蹴飛ばすことで、
暫く平子の尻が使い物にならなくなることを。
まだ、知らない。
end
