オフ記録

【完売】ポートマフィア・イン・トワイライト

2018/02/25 00:00
太中R-18
2018/02/25 異譚レナトス6発行分
A5/88頁/R-18
追記
亜硫酸さんとのファミマフィア合同本です!!! やったー!!!
こちらはみなぎの分のサンプルページになります。

ファミマフィアの世界に迷い込んだあの二人の話。
性描写についてはファミマ太中×通常中也さんがあります。

完売│以下本文サンプル


  一.

 咄嗟に目の前の元相棒の腕を軋むほどに掴んだ。それまで涼しげだった太宰の顔が、驚きと痛みへの嫌悪で歪む。それも一瞬だ。背筋をぞわりと悪寒が駆け抜けていく。
 嫌な感覚だ。
 近くで異能が発動したと云う直感。
 体の警戒レベルを最大限に引き上げた。空気が微弱に震え、臓腑が滾るように熱くなる。骨の芯に伝わるのは、それまであった何かが強力な力によりずらされた違和感だ。必然的に覗き込むような形になった元相棒の瞳孔が、きゅっと開くのが見える。
 異能力とは、現存する世界の在り方を強制的に作り変える力だ。
 その力を行使した残滓が、独特の震えとなって二人の間に静かに落ちた。
「……何、今の」
 たっぷり数十秒待って、太宰が嫌々ながら切り出した。
 路地裏だった。狭くはないが、空高く昇った陽の光は此処までは届かない。薄暗く、両側の建物の室外機が動く音のみが響いている。余程のことが無い限り、人の立ち入らない場所だ。それ故に、太宰と中也はその場を選んで密会をしていた。人に見られたくなかったが故に。
 だから一瞬、露見したかと思ったのだ。そして警戒をした。太宰治と云えばポートマフィアの大罪人だ。四年前、組織の命に背いて姿を消した裏切り者。
 友人の死を切欠に。
 ポートマフィアの五大幹部が、友達一人亡くしたくらいで裏社会から足を洗うなどとんだ笑い話もあったものだと中也は今でも時々思う。たかが最下級構成員一人だ。台帳上で見れば些細な損失。こんな業界では何時死んでもおかしくはなかったし、こんな組織で幹部にまで成った男が心を動かすには不足があるようにも思えた。
 然し実際に太宰はマフィアを辞めたし、中也はそれを黙認している。
 そんな男とこうしてコソコソ会って――あまつさえ時折寝てすらいることが明るみに出れば、例え現五大幹部の中原中也と云えど裏切り者としての糾弾は避けられない。面倒なことだ。それが誰であろうと、目撃されたならば消さなければならない。
 油断無く路地裏の入り口を振り返り、懐に手を伸ばす。
 然し待てども一向に攻撃の来る気配は無い。
「……判んねえ。敵意は無えな。俺達に向けたんじゃねえのか?」
「然し相当な規模での発動だったように思うけれど」
 警戒を少し緩めた太宰は、ふと元相棒が自分の腕を掴んだままであることに気付いたようだった。にやにやと、砂色の外套に重なる黒手袋を指し示す。「おやァ中也。真逆ポートマフィアの五大幹部ともあろう男がビビっている訳じゃなかろうね?」「……訳無えだろ」この男の下らない挑発に激高するのは悪手だ。釣られて腕を離すのも。完全に異能の脅威が去ったことが確認出来るまでは離せない。殴って気絶させてでも持って帰りたいくらいだ。異能無効化。異能力を持つ敵を相手にするのには、この男の異能が一番適する。
 然しそのまま運ぶには口煩くて仕方が無い。矢張り首か顎を狙って脳震盪を起こさせるのが手っ取り早いだろうか。
 じい、と狙う場所を見定めていると、太宰が鬱陶しそうに手を払って視線を躱した。身の危険を感じたのかも知れない。
「そんなに熱烈に見詰められると照れてしまうね。……それで、先刻の続きだけど」
「見返り次第だ」
 懐からナイフの代わりに煙草を一本取り出し咥える。そう、態々こんな辛気臭い場所で人目を忍んで逢瀬しているのは何も仲良くやあ久し振り元気かいと互いの無事を確かめる為などではない。太宰も中也も、目的は情報の取引だ。
 ――この間、君の部署が逃した敵組織の異能力者の情報が欲しい。
 太宰の要求は一笑に付した。
「何の話だ?」
「この間一人逃したでしょう、何だっけ、クラッキングの得意な異能力者だ――私相手に惚けるのは無しでしょ」
 太宰の言葉は少し的確ではない。正確にはヤツの異能力は『波長を同期させる』ものだ――それを専ら無線通信回線のハックに使用していたに過ぎない。精々個人のネットワークを覗き見る程度に留めておけば善かったものを、マフィアの回線に手を出したから目を付けられた愚かな男。踏み込んだ自宅からは姿を消していたが、直に見つけて縛り上げられるだろう。如何せ死ぬ男だ、情報は呉れてやっても善いが。
 ふーっと煙を吐いて切り出す。
「この間手前んとこで捕まえた異能力者の護送が一週間以内にあるだろう。アレの情報を寄越せ」
 太宰が目を細める。
「……どれのことかな」
「惚けんのは無し、なんだろ? 他人の異能力を増幅させる異能を持った野郎だよ……此方の要求はその護送の、正確な日付と時間、護送人数とルートだ」
「残念ながら管轄外だなあ」
「ならこの話は無しだ」
「らーんぼう。ねえ君、もう少し私から情報を引き出そうって努力くらいしても善いんじゃないの? こう見えても私、情報の宝庫だよ?」
「だから云ってんだよ。これ以上はまからねえぞ」
「そう。私が逃げた例のクラッカーくんの潜伏場所を渡すって云っても?」
 煙草を吸う手を止めた。
 反対側の手に、するりと太宰の手が触れる。黒手袋越しの手は、それでも明確に、何かを思い起こさせる意図を持って中也の甲を撫で、指を絡め、爪の先で皮膚の薄い部分を擦ってくる。
 情事の最中によくそうするように。
 何時の間にか太宰を握っていた手は外されている。
「――中也。どう?」
「……そう云う手に訴えてくるならこの話は無しだ。まさか俺が絆されると思ってんじゃねえだろうな。……見縊んな」
「ふぅん? 特に訴えた心算は無かったんだけど……詰まりこの手は君に効くってこと?」
 するり、と手を頬に寄せられて口づけられる。恋しいなら、抱いてあげようか、とくつくつといやらしく笑う太宰の手をそれでも何故だか振り解けずにきつく目を瞑る。この男にとって、体を繋げることはその程度の意味しか持たないのだ。中也を繋ぎ止めておく為だけの手段。取り合うだけ無駄だ。
「……手ェ離せ。それと情報は後払いだ。それで善けりゃあ受けてやる」
 それ以上考えることが嫌になって、矢継ぎ早にそう告げた。未だ残っている煙草を思わず地面に叩き付けそうになる。耐え切れなかった。この男が自分達の関係を曖昧にしたまま気紛れのように中也を抱き、それに自分が甘んじている事実。
 こんな男が相棒だったなどと、と。
 思うことが出来ればどんなにか善かったか。
「善いよ。それで構わない」
 他人の気も知らず、太宰はぱっと手を離して朗らかに笑った。色よい返事をどうもありがとう、じゃあまたとひらひらと手を振って中也へと背を向ける。去り際の踵が描く軌跡は何時だって鮮やかだ。他者を誰も寄せ付けない。
 そのまま陽の当たる表通りに出て、姿を消す筈だった。
 何時も通りであれば。
「――中也」
 冷えた硬質な声が、ざりっと中也の耳を撫でた。一瞬にして瞼の裏に青がフラッシュバックする。遠い昔の夜の色だ。隣に居た相棒の声。中也が籠の戸を蹴り飛ばして、夜を謳歌していた頃の。
 目を開ければ太宰が路地裏の入り口で背を向けたまま、呆けたように何処か遠くを見ている。
「……何だよ」
 さっさと去って貰わねば、このままでは二人仲良く路地裏を出て行くことになる。それこそ他人に見られるとまずい。背中を蹴り飛ばす心算で、日向に二、三歩出て気付く。
 鼻先を掠める潮の匂いが、どこか異質だった。何時もより澱んでいるような、息がし難いような……街の色味が路地裏へ足を踏み入れる前とは少し違って見えて瞬きをする。一見変わらず建物が並立しているが、靄が掛かったようにくすんで見える。遠くのランドマークタワーの反射する光だけが妙に眩しい。
 云い知れない違和感。無意識に乾いた唇を湿らせる。肌で感じる空気の質が変わっている。
「……変だ。ねえ、あれ」
 釣られて指の先を見る。其処には何でもない、普通のテナントビルが聳えている。
 然し太宰の意図する処は言葉にせずとも判ってしまう。
「あすこはマフィア傘下の古物商が入っていた筈だけれど、スポーツ用品店に変わっているのは一体全体如何云う訳? 私達が此処へ入って出る一時間足らずで、夜逃げの計画でもあったのかい」
「……聞いてねえが」
 見回す。建物に入っているテナントが中也の知識の中の横濱と処々ちぐはぐだった。煙草屋が時計屋になっていたり。塾がマッサージ店になっていたり。中にはビル自体が別の建物に変わっているものもある。雑居ビルが小奇麗になっていたり。中には住宅があった筈が更地になっている場所もある。
 然し此処が横濱であることもまた確かだ。地形や道の形は変わっていない。石畳にカツンと靴音を鳴らし、人通りのある場所まで行けば話されている言語は日本語で、サイネージを見れば横濱の市内の天気が表示されている。曇りのち晴れ。二十一度。今日は穏やかな天気が続くでしょう。
 ある筈のものが無く、ただ玩具箱の中身だけが入れ替わってしまったかのような座りの悪さ。
「……ねえ」
「……ああ」
 視線も合わせず太宰と同時に携帯端末を取り出した。電話を掛ける。確認するのはただ一つ。
 此処は本当に自分達の知っている横濱か?
「……中原だ」
『あれ、中原さん!』予想に反して、見知った部下の明るい声が聞こえてきた。異常は無いのか?『お早いですね! 任務は終わられたのですか?』
「……任務?」その言葉に違和感を覚えて訊き返す。今日の予定は任務ではなく外回りの挨拶だと伝えてある。
 なのに部下は朗らかに云う。
『ええ。無断取引のがさ入れでしたよね――確か変な薬品がやりとりされてるとかで。……さんに云われて……』
「何――何だって?」
 顔を顰める。上手く聞き取れなかった。今、あり得ない名前が聞こえたのは如何考えたって聞き間違いだろう。
 そのとき、向こう側で低い声が聞こえた。遠い。然し聞き覚えのある声だ。
『おい。誰と話してる?』
『ああ、今お電話で中原さんと……あれ?』
 嫌な予感がした。反射的に指が伸びて終話釦を押す。
 つー、つーと電話口から響く無機質な音。
「……何だ?」
 じわ、と手汗が滲む。今、何か、聞いてはいけない声を聞かなかっただろうか。
 差した不安を追い払って振り返る。
「おい、そっちは」
「繋がりはしたけど……」
 通話の切れた端末を手にしながら、どこか上の空のまま太宰は肩を竦めて云う。
「誰、と云われてしまった。いやあ、二年以上も勤めた職場から『どなたですか』とは存外ショックだねえ」太宰はそう云いながら、にこやかに笑おうとした。口角が持ち上がり切らずに歪む。笑えていない。自覚があるのか、ふいと口を覆い隠して中也から視線を逸らす。「如何やら此処での私は、探偵社には在籍していないようだ」
「……」
 即座に踵を返して近くの珈琲チェーン店に入った。カウンターでメニューに見向きもせずに店員に訊く。
「悪い。今西暦何年何月何日だ」
 店員だって真逆今日の日時を注文されるとは思わなかったろう。不審な顔を露わにしながらも答えてみせる。
 ――××年×月×日ですけど。
 中也の認識と相違無い。
 如何云うことだ? 考え込んでいると、放心から返った太宰がひょい、と中也の肩越しにメニューに指を伸ばす。すみませーん、このストロベリークリームフラペチーノってやつひとつ下さーい。
「……いや何呑気に頼んでやがる」…

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