【再録】ダブルキャストにはなれない
三.
あまりにも唐突だった。――否、予兆は在ったのかも知れない。俺の知らない処で、太宰の日常が崩壊していく、その予兆。
例えば、坂口安吾の失踪だ。
マフィアが誇る情報員の失踪など、他の組織に知られれば弱みでしかない。最重要機密事項であっただろうそれを俺が知ったのは、偶然坂口への用事が有ったからに過ぎない。些細な不明点を確認する為に、探せども見付からない男の影を死んだだろうかと傘下の宿泊亭へそれとなく探りを入れただけ。常ならばそれだけで坂口の行方が判る筈も無かったが、このときばかりは太宰の情報網が役立った。
例えば『ミミック』と名乗る組織の出現を耳にしてはいたが、俺がそれを坂口の失踪と結び付けることは終ぞ無かった。その始末が太宰の管轄になると聞いて、途端風船から空気の抜けるように呆気無く興味が失せていたのもある。この世の大方の組織は凡そ太宰の敵ではない。程無く消える組織なら、覚えている方が無駄だと思ったのだ。
それに、俺は俺で単独での任務が入れられることが増えていた。セーフハウスに戻ることも、太宰と顔を合わせることも、少なくなっていた時期だった。
「あ、おい、太宰」
そんな中、一度だけ本部の廊下で太宰を見掛けた。
「……何」
呼び止めると、ぎろりと不機嫌そうな視線が蓬髪の下から覗いた。ひどく気の立っているようだった。
ああ、呼び止めるんじゃなかったと思った。特に用など無かった。ただ、最近見掛けなかったから調子は如何だよと、一言掛ける積りだっただけだ。相棒だからと云って、常に行動を共にしている訳ではない。
「何苛立ってんだよ」
「……苛立っているように見える?」
「それで苛立ってねえんだったら、俺は手前が人を殺したことなんざ有りませんと云っても驚かねえだろうよ」
「成る程、中也が平均身長だって云い張るようなものか」
「死ね」
今度こそ悪態を吐く。低身長など問題ではないが、此奴に論われるのは腹が立った。こんな腑抜けた状態の此奴に。
「坂口が失踪した件か」手前の上の空の原因は、と暗に問う。
「……何だ、知ってたの」
君、本当に無神経だな、と太宰は呟いた。その詰るような調子に、常であれば食って掛かっていただろう。然し苛立ちは不思議と潮のように引いた。何時だったか、聞いた言葉を思い出す。
自分より感情的になっている者が居ると、冷静になれる。
「若しかしたら、もう命が無いのかもね。まあ、これから私が殺すのかも知れないけれど。ふふ、愉しみだなあ……」
「太宰」
思わず咎めるように声を上げた。太宰が此方を見た。その黒い瞳には、無機質な光しか宿っていない。それが、空虚に俺を映す。
「マフィアに入った時点で、誰だってそれは覚悟の上だろう? 誰を殺すのも、誰に殺されるのも」
太宰は笑った。乾いた笑いだった。自分の声の悲痛さに、気付いていないようだった。
「願うだけでは如何にもならないことも在る。人の意志が、その一つだ」ぽつりと、俺を諭すと云うよりは、まるで自らに云い聞かせるように、太宰はそう口にした。「何もかも、君と居れば上手くいく訳じゃないんだ……」
そう呟いた太宰の表情は、ひどく精彩を欠いていた。
――太宰の側に居るのが、貴方みたいな人で良かった。
違う、と思った。俺達の関係は、あの男の望んでいるようなものでは、きっとなかった筈だった。
相棒なんてものは、所詮行く先を同じくしただけの道連れのようなものだった。何度生を、死を、その道行きで共有しても、その心の奥底の荷まで共に背負うことは出来ない。
否――出来たのかも知れないが、俺達は互いにそんなことを望みはしなかった。俺も、太宰も。
俺達は並び立つことで何処まででも強くなることが出来た。一緒に泥の中に沈むことが出来た。けれど、互いに弱さを見せて傷を舐め合う、そんな関係は死んでも御免だったのだ。
「……は。情けねえ面してんなァ」
だから沈黙は破り捨てた。ビリビリと、無遠慮に音を立てて今の会話の何もかもを細切れに裂く。
「は? 君こそ間抜け面晒して、こんな処で油を売っていて善いの」太宰も応じる。「今日から遠方での任務でしょう、首領から云い付けられた」
「ち、手前こそ俺の予定把握してんじゃねえよ」
「一丁前に私のこと心配している暇が有るなら自分の心配を……あ、君のは子供のお遣いみたいなものだから善いのか」
「ぶっ飛ばすぞ」
じゃあね、と莫迦にしたように手を振った太宰はもう、何時も通りのムカつく面をしていた。ケッと俺もその背に舌を出して背を向けた。
何時も通りの別れだった。
◇ ◇ ◇
その日は遠方で任務を二、三、終えた帰りだった。ピリリと車内に電子音が響いた。どうせ部下だろうとハンドルを握ったまま番号を確かめず、流れるように通話釦を押す。
「俺だ」
『中也君。君に一つ頼みたいことが有るんだけど』
心臓が口から飛び出た。
少なくともその錯覚が有った。聞き覚えの有るその声は、紛れも無くポートマフィアの首領――森鷗外その人のものだったからだ。番号の確認を怠ったのは此方の手落ちだったが、一構成員に組織のトップから直々に電話が掛かってくるなど、一体誰が想像できよう。
事故を起こしそうになりながら、何とか車を路肩に停める。
一呼吸。
「……首領。如何されましたか」
『私がこれから云う場所に行って、或る物を回収して欲しいんだ。如何やら君が一番近くに居るようでね』
「或る物?」
『銀の託宣』
ひゅっと喉を細く空気が通っていった。こんな処で気軽に話題に登場するべきでない名詞だった。けれど電話に出た瞬間の衝撃の方が大きかった分、頭は幾分か冷静に回る。
銀の託宣。
それを託した者が居る。
そして用済みになったと云うことか。確かに銀の託宣とは、良からぬ考えを持つ者に拾われでもすればその紙一枚でマフィア全体に多大な損害を与えることの出来る代物だった。
殺して奪え、なんて命令じゃねえといいな、とそのときの俺はぼんやりと思っていた。託宣の要るほどの任務だ、首領の為に命を張っただろう構成員を、口止めに始末するのは後味が悪かった。
然し命令ならば、実行しない訳にもいかない。
「……判りました。場所の御指示を」
聞きながらハンドルを握り直し、告げられた場所に向けて静かにアクセルを踏み込む。
もっと始末の悪い展開になっているとも知らずに。
指示された場所は洋館だった。林の中にぼんやりと浮かび上がるその建物の中に、踏み込む前から既に漂う火薬と血の匂いに顔を顰める。闘争の匂いは嫌いじゃあなかったが、勘の鈍るのは御免だった。
然し舞踏室に足を踏み入れた途端、そんな雑然とした思いは霧散する。
「……織田?」
最奥の大広間で、その男は眠っていた。
眠っていたとしか表現し得ないほど、その男はひどく安らかな顔をしていた。身体や衣服の毀損が激しく、胸部を銃弾が一筋貫通している。恐らく殺し合ったのだろう相手と共に沈む血溜まりは赤黒い。そんな状況にも拘らず浮かぶ満たされたような表情に、一瞬だけ目を奪われた。それから、腕の辺りに躙られた煙草を見付ける。最期の一服をしていたことが見て取れた。
行けば判るよ、と此処へ来る前に首領は云っていた。私が託宣を与えた相手なら、行けば直ぐに判るよと。どうもあの人は、俺に思考の余地を与えないのがお好きらしい。今日何度目かの衝撃を何とか噛んで飲み下す。
此奴ほどの男が、何でこんなとこで。
それに応える者は居ない。ただ沈黙が座すのみだ。だから俺も黙祷する他無かった。黙って脱帽して十字を切り、それから託宣を回収する。
洋館内の死体の回収は、入り口付近から順に行っているようだった。此処へ来る途中も、大勢の構成員と擦れ違った。だから俺が何かする必要は無かった。これで任務は完了だ。
然し、この場に離れ難い何かを感じていた。砕けたシャンデリアの破片が微かな光を反射し、足元で光っている。そう、もっと何か――すべきことが有るような。
ふと、足元に落ちた吸い殻が目に入る。織田の吸っていたものだ。何気無く始末しようとして――俺は動きを止めた。
織田の腕の辺りに落ちていたそれは、既に火を灯してはいなかった。十分な長さを残して、靴底で丁寧に躙られている。
おかしくはないか。
織田が起きて、吸い殻を躙り、また寝転んで死んだ訳では勿論ない。
織田以外の誰かが此処に立っていたのだ。死にゆく織田に寄り添って、煙草を吸う手を支え、男の死を看取り――火の始末をして立ち去った人間が。俺は呆然と立ち竦む。
――太宰。
ならば今、此処に彼奴が居ないのは何故だ。
敵への報復に走ったか? いいや、敵の指揮官は此処で既に死んでいる。それが判らない奴じゃあない。他に優先事項が在ったか? 男の名を呼ぶときの、緩み切った相棒の顔を脳裏に浮かべる。この男を放り出さねばならない用件など、彼奴にとっては在り得ない。
なら、織田にこんな満足そうな顔をさせて、彼奴は何処へ行ってやがんだ。
同時に浮かぶ、一つの可能性。
織田は云い逃げたのだ。
太宰に、手前の望みを。
「――織田。手前、彼奴に何を……」
「中原さん!」
唐突に、大広間に無粋な声が響き渡った。俺の思考はそこで中断される。構成員の声だ。然し俺の部下ではない。入り口で死体の回収を行っていた者の一人が、俺の名を呼んでいた。瞑目し――それから緩慢な動作で振り返る。
「お耳に入れておきたいことが」
「俺にか?」
「はい。五大幹部の太宰さんが」その名を聞いた一瞬眉根に皺が寄る。「我々が到着するより前に、此方に来ていたそうなのです。ですが現在行方が判らず――敵の残党に攫われたのではと、捜索を」
「――へえ」
短く返す。それだけだった。俺は俺の任務を既に仕果せていた。太宰が攫われていようが――或いは何処かへ姿を消していようが、関係の無いことだった。
芳しくない反応に、構成員が困ったように眉尻を下げる。
「如何されますか」
「……おいおい、俺に訊くんじゃねえよ。現場の責任者は俺じゃねえだろ。……それに」
それに。俺は祈るようにぎゅっと目を瞑った。
願うだけでは如何にもならないことも在る。
人の意志が、その一つだ。
俺はゆっくりと口を開く。
「――この状況で。この状況で、太宰が居ねえんなら、そうだな、手前の云う通り敵の残党に攫われたか、或いは――何時もみてえに、何処かで呑気に自殺でもしてんじゃねえの」
何方も違うと知りながら。俺は、敢えてそう口にした。
◇ ◇ ◇
現場では、引き続き死体の回収と太宰の捜索を行っていた筈だった。俺はその場を後にし、本部に戻って銀の託宣を首領の手に届け、その足でセーフハウスの一つに帰っていた。
「変わった様子は無かったかい」
「……いえ。特には」
本部を去り際、引き止めるように問うた鷗外と視線を合わせることは無かった。
「……」
ガチャン、と扉のロックを掛ける。ただの何の変哲も無いマンションの一室だ。ただ本部に近いからと云う理由で、太宰とお互い好きに利用していた部屋だった。その代わり防犯面に難が有り、時折襲撃されては笑いながら逃げたものだった。
玄関に太宰の靴は無い。
部屋に上がる。外套掛けに外套は無い。居間に向かう。クッションが半数無くなっていた。太宰の部屋の、扉を開ける。鍵は掛かっておらず、思いの外簡単に開いてしまった部屋に少し戸惑いを覚える。見ると、家具の一切合財が無く、壁紙とフローリングがその色を主張するだけのただの殺風景が在るだけだ。その様子は、俺の知っている太宰の部屋とは異なっていた。
太宰の居た気配の、何もかもが無くなっていた。
推測が、確信になって返ってくる。
もう二度と、太宰が此処に戻ってくることは無いのだろう。
「……。清々するぜ」
自然と台所に足が向かった。仕舞ってあった酒瓶を開ける。名前は何だったか、開けたのは兎に角一番高い葡萄酒だ。目出度え日にでも開けてやろうと、取っておいたものだった。どうせ食器棚の中にもグラスは一つしか残ってねえんだろう、そう思うと態々取り出すのも面倒で、酒瓶のまま乱暴に煽る。
味はよく判らなかった。
◇ ◇ ◇
翌日、俺に下ったのは太宰治の捜索令だった。態々相棒の俺にと云うのが、組織の考えを示していた。詰まり――太宰治が敵に連れ去られたのではなく、自ら姿を消した可能性をも視野に入れたのだ。であれば、その行動は相棒である俺の範疇内だろうと踏んだ。
「でしょう? 中也君」
「……そうでしょうか」
鷗外の問いに曖昧な笑みを浮かべる。相棒だからと云って、俺が彼奴の何もかもを理解していると思われるのは癪だった。
例えそれが、事実であろうとなかろうと。
「首領。一つ――二つ、お伺いしても宜しいですか」
目の前の上司が鷹揚に頷く。
「構わないよ」
「首領は俺が太宰を逃したとお考えですか」
そのときの俺の言葉は、きっと刃の形をしていたに違いない。鷗外が目を瞠る。直球で来るとは思わなかったんだろう。然し俺は少々疲れていた。この人を相手に、言葉遊びをする趣味は無い。
彼奴と違って。
じっと己の首領を見遣る。そう云う疑いが有るから、俺に任せるのですかと。
「――いいや」
一瞬の瞠目の後、鷗外は目元を和らげ、俺の問いを柔らかく絡め取るように口を開いた。
「君が太宰君の逃亡を――仮に逃亡だとすればの話だが――幇助したとは思っていない」ひら、と黒衣の裾が翻る。滔々と、まるで台本のように滑らかな声でそれが読み上げられる。「君は、太宰君がこの濁った汚水の中でしか生きられないと知っている。――陽の当たる清流では生きられないと。だから、君が太宰君を逃したとは思っていない。今はね」
今は、と鷗外は付け足した。見付けられなければ、連来責任を負わされることを匂わせるには十分な言葉だった。
面倒だなと思う心は、何時も通りだろうと宥める。任務の失敗が死に繋がるなんて、何時ものことだろう。
「却説、もう一つは?」
「太宰の生死を」促されるままに訊く。「問われますか」
「うーん……」今度は即答ではなかった。鷗外が迷う素振りを見せる。「出来れば生かして連れ帰って欲しいかな。無理なら善いけど」
そうですか、と俺は目を伏せて頷いた。判りました、と。太宰の失踪が鷗外にとって想定外であったなら、何が何でも生きて連れ戻せと命じる筈だったし――もっと冷酷に、慈悲も無く俺の退路を断つ筈だった。詰まり彼奴の失踪は、想定内なのだと理解した。
顔を覗かせたのは、この人のやや遊戯性を好む性質。
彼奴が戻ろうが戻るまいが、何方でも支障の無い状況で、制御を少し手放して事態が如何転ぶかを楽しんで――と云うよりは、興味深く観察するのだ。何処まで読めているのか、暗い瞳を細めて微笑む、その底は浚えない。
机上に見慣れない黒の封筒を認めながら、俺は黙って退室した。
◇ ◇ ◇
本部の自動扉を潜り、俺は路肩に停めてあった車に向かった。どっと疲れが押し寄せるのを感じながら、先程の命令を反芻する。俺に太宰を探せと云うことは、詰まり相棒として知った、あの男の習性、性質、思考を辿ってその足跡を追えと云うことだった。
「……」
出来ないことではなかった。伊達に長い間相棒を組んではいない。彼奴の行く先を推定するくらいなら、訳は無かった。
先ずこれは前以て用意していた失踪ではない。以前から計画していたのなら、もっと発覚が遅れても善い筈だ。ならば最低限の準備の為に、彼奴は拠点を用意する。これから何処に身を寄せるにしろ、それを確保するまでの、一時的な拠点。マフィア幹部としてではなく、太宰個人が使っているそれに幾つか心当たりが有った。
然し正直、あまり乗り気ではなかった。何だって俺が、あんな奴の思考をなぞって、その後を追わねばならない。彼奴ならこうするだろう、なんてそれを考えるだけでも辟易ものだ。それに。
車に寄り掛かり、煙草に火を付ける。目を閉じて煙を肺に沈める。
あの、太宰が自らの意志で組織を抜けたのだ。女学生が若気の至りで家出をするのとは訳が違う。歴代でも随一の頭脳を誇る最年少幹部が、その知略を駆使して組織を裏切るのだ。それだけのことをするべきだと判断した。それだけのことをする価値が、マフィアの外には在ると。
恐らくは、織田に背中を押されて。
あの聡い男が。
だったらそれを邪魔する道理は俺には無かった。邪魔をしようとしても、出来る筈が無かった。だから俺が出来るのは、若しあの男が不運と過怠で無様を晒して捕まるようなことがあれば、恙無く殺してやることだけだ。
あの男が駄目になったときに。陽の当たる場所から落ちてきたときに、一緒に泥の中に沈んでやることだけ。
然しだからと云って任務の放棄は出来ない。恐らく監視も付いている。妙な真似をしようものなら、中也も背信容疑を免れないだろう。
「……あーあ。如何にも面倒だね」
煙草の灰を落としながら、運転席に乗り込む。兎にも角にも、追う振りだけはしなければならない。向かう先の候補を考えながら、バン、と乱暴にドアを閉めた。
ピッと妙な音がした。
「あ?」
隣を見た。
時限爆弾のような物が其処には在った。
「……ッ 」
咄嗟に車外へ放り出そうと『それ』を掴む。一秒毎に数字を減らしていく表示盤から線が伸び、起爆装置に繋がっている。『爆弾のような物』ではない、爆弾そのものだ。ご丁寧に、微かに火薬の匂いまでする。
然し中々取り外せない。如何云う訳だかその物体は強固に助手席に固定されていた。表示盤の数字は後二十秒。短刀で座席ごと切り取るか? ――否。そんな時間は無い。
然し運転者の方が直ぐに脱出すれば死なずに済む仕掛けだ。
そう気付いた。多分、仕掛けた人間も判っている。本当に俺の命を狙う積りなら、もっと俺の死角となる処に仕掛けるべきだった。こんなものは、殺す積りの無いただの牽制だ。脱出する猶予を与えるなど。
けれど、そう気付きながら――俺は動かなかった。爆弾に掛けた手をゆっくりと離し、その手で煙草を再び咥えた。
そうか。これは好機だ。
ふーっと、紫煙を吐き出す。表示盤の数字はもう十も無い。
然し俺の心中は、海の凪いだようにひどく落ち着いていた。
相棒なんてものは、所詮行く先を同じくしただけの道連れのようなものだった。その心の奥底の荷まで、共に背負ってやることは出来ない。
然し、後始末くらいはしてやれる。
ピッ、ピッ、と無機質な電子音が車の中に響く。車内には、俺と爆弾の二人きりだ。
――そのポンコツな異能を、防御にも回せと何時も云っているでしょう。
不意に太宰の言葉が思い出されて、ふ、と笑う。今思い出すのが、選りにも選ってそれか、と云う自嘲。彼奴が芥川に善く云っていたことだ。
煙草を灰皿に躙る。ぎゅっと目を瞑る。
そうだな、防御は大事だ。自分でもそれは身に沁みてよく判っていた。これで失敗でもすれば命は無い。然し羅生門と違って俺の異能は頗る聞き分けが良かった。上手くやれる筈だった。だから。
「……手前も上手くやれよ。太宰」
どん、と地鳴りのような轟音が、真昼の横濱の街に響いた。目撃者に拠れば、黒煙を噴き上げ煌々と燃え盛る車の傍らに、血塗れの男が一人倒れていたと云う。
自分の状態は定かではなかった。爆風をまともに喰らい、車外に叩き出されたからだ。全身を鈍い痛みが襲う。爆音に聴覚がイカれていたし、破片で皮膚を切ったのか、目も上手く開かなかった。おまけに体中が焼けるように熱かった。
けれど朦朧とする意識の中で、俺が抱いた感情は、紛れも無く安堵に似たそれだった。