【再録】月酔い


○ 9:50 a.m.


「成る程、詰まり、完全に制御出来ない訳じゃないんだ」
 棚で強打した頭を擦りながら、太宰は状況を整理する。
 中也は未だふわふわと天井付近を漂ったままだ。彼の場合、異能の不調はそう云う形で表れ出たらしい。放っておけば、重力を無視してどんどんと上昇してしまう。今も開き直って椅子の背凭れを掴んで跨っているものだから、椅子も中也の体の道連れになって部屋の中をふわふわと浮いていた。
 然し、中也の傍に置いてある手帳やら書類やらはその影響を受けていない。一ミリも動かず静止している。帽子だって床に落ちたままだ。詰まり、不安定に異能が働くのは飽くまで中也自身の体に対してのみであり、その効果は空間の範囲で区切られるものではないらしい。
 そして。太宰がすいとその肌に触れると、無重力は霧散しがたんと椅子の脚が床に付いた。太宰の異能は健在だ。
「だから休みだって云ったろ」
 中也が呆れたように云うのを聞いて、「いや全然体調不良じゃないじゃない」と口を尖らせる。心配掛けさせてもう……と、そこまで口にし掛けて止めた。
 あれ? 私は中也のことを心配していたのだっけ。
「紛れも無え体調不良だ。こんな状態じゃ、どうせ使いもんになんねえ」中也は椅子の背凭れに頬杖を突いてて云う。「外出もままならねえんだ。手前の役には立てねえよ」
「いや、それこそ私と居れば問題無いじゃない」
 私なら君のことを正常にしてあげられるでしょう、と太宰は自分を指差した。ぱちりと中也と目が合う。
 太宰のそれは、自惚れでも何でもなかった。自分の『人間失格』があれば、中也は文字通り地に足を付け、普段通りの任務遂行が可能な筈だった。別に任務を休むのは構わないが、然し日常生活の面でも異能の不調は嘸や不便だろう。そう思っての提案だ。太宰がずっと中也の体に触れている必要が有るものの、この不調が恒久的なものでないのであれば一日二日は問題が無い。
 なのに、中也は半目でじっとりと太宰の目を見て。
「この件に関して、手前の力を借りる積りは無え」
 はっきりと、云い切った。
「……何それ」
 予想外に低い声が出た。詰まり、私とは一緒に居られないってこと。視線で回答を促すが、中也はただ黙って目を伏せるだけだ。その仕草に、かちんと来た。
 私ばっかり、莫迦みたい。
「あ、そ。じゃ、勝手にすればァ?」太宰はふい、と座っていた椅子から立ち上がる。がたん、と椅子の背が揺れて、太宰の手を離れた中也がふわ、と無重力に攫われる。太宰は止めない。中也は椅子から手を離し、表情を消したまま単体、その体を宙に浮かべるだけだ。「今夜如何するのかは知らないけどさあ。どうせその様子じゃ上に報告してないんでしょう、パーティの欠席、首領に何て云うの」
 ぐ、と中也が言葉に詰まる様子を見せる。彼にとって、首領の存在は絶対だ。例えば白い虎も首領が黒と云えば黒に染まる、それほどまでに。だから首領の命令に背ける筈も無かったし、背かない為に太宰を利用することだって吝かでは無い筈だった。
 それでも中也は、太宰に対して何も云わない。
 助けて呉れとも。――傍に居て呉れとも。
「……ねえ、一緒に行ってあげようか」
 先に折れたのは太宰だった。一縷の望みを賭けて、中也の漂う指先に触れる。途端、ふっと重みを取り戻した中也の体が太宰の腕の中に落ちて来た。どさくさ紛れに抱き留める。
 珍しく、中也からの抵抗は無い。
「要らねえ」
 ただか細い応えが返るのみだ。
 太宰は少し迷って――精一杯戯ける手段を取った。
「まァまァ、遠慮なんて私達の間には要らないでしょう、水臭いなァ! 一緒に行ってあげるって、ほら、怖くありましぇんからねー」
「要らねえっつってんだろ!」
 至近距離から中也の拳が腹にめり込んだ。うぐ、と呻く。本日二回目。散々だ。それでもそれ以上の追撃は来なかったし、中也が黙って背を向けたから随いて行って善いものだと判断した。太宰の目は、中也の肩の僅かな震えを見逃さない。
 語調の荒さに反して、中也の語尾だって微かに震えていた。太宰自身も、上手く笑えている自信など無い。
 怖いのだ。
 不可抗力とは云え、結果的に首領を満足させる結果を得られないかも知れないのだ。それはひどく二人の恐怖を駆り立てた。死ぬことは怖くない、殺されるなら抵抗してみせよう、けど。それでこの相棒が存在意義を否定され、傷付くのであれば、それは矢張り太宰にとっては恐ろしかった。
 殺されるにしろ、除籍のみに留まるにしろ。
 それは相棒が自分の手の届かない処に行ってしまうと云うことで。太宰にそれに抗う力が有るのか如何かは判らない。
 結局は、組織としての枠組みから抜けられないのだ。
 駆け落ちの算段でも立てておこうかしら。中也の小柄な背に随いて行きながら、太宰は惘乎と窓の外を見遣った。何てことの無い、麗らかな朝の日差しが差し込んでいる。


○ 10:10 a.m.


「え? 出れば善いじゃない。パーティ」
 然し自分達の首領――森鷗外の口から出た言葉は驚くほど軽く呆気無かった。故に飲み込むのに時間を要した。
「然し、私の異能が」
 一瞬早く我に返ったのは中也だ。首領に向かって云い募る、その足は今は地に付いていた。如何云う仕組みかは知らないが、完全に制御出来ない訳ではないから無理矢理加重をしているらしい。じっと見ていると力む首筋にじわりと汗が滲んでいて、太宰は呆れる。太宰に触れていれば当面は解決する問題なのに、それは嫌だと云い張るし、況してや首領の前でそんな見っともない姿を見せるなんて以ての外だと意地を張る。そして実際、尤もらしく振る舞えているのだから太宰としては面白くない。気合とか根性とか精神論の有効性なんて、そんな非論理的なものは認めたくなかった。
 鷗外も、中也のその様子で大したことは無いと判断したのかきょとんと事も無げに掌を上向ける。
「マァ、いざとなれば太宰君が居るでしょう?」
 ほら、と後ろに控えた太宰を示す鷗外。柔らかな目元とは裏腹に、底冷えする視線が太宰を射抜く。太宰は返す反応を、僅かに肩を竦ませるに留めた。
 詰まり、太宰の責任で見ろと云うことだ。太宰は、別に構いませんよと思った。私は別に構いませんよ、相棒は如何かは判りませんが。ちらと見遣っても、太宰からは前に立つ中也の表情は見えない。ただ、その小柄な背中が強張ったのが見えた。そこに追い打ち。
「一応、今回のパーティの目的は主要な地位の子の挨拶も兼ねてるから。……君が出ないことの方が損失だよ、中也君」
 ゆっくりと、幼児に優しく云い聞かせるような声音に、何故か執務室の気温が一、二度、下がった錯覚が有る。ひや、と首筋に氷を中てられる感覚さえ有って、太宰は微かに嫌悪を示した。此方の同意を得る形を取りながら、その本質は絶対的な強制だ。判っていながら逆らえない。
 僅かな沈黙の後、中也は「……わかり、ました」と重々しく返答を絞り出した。その様子を見て、鷗外がんん、と顎に人差し指を中てて考え込むような仕草を見せる。それから、にこ、と向けられる笑顔。
「……まあ、今回は私も日程の設定を誤ったからね。そこまで格式張ったものではないし、それに紅葉君も太宰君も居るから。最初に顔を出すくらいなら、大丈夫でしょう?」
 中也が頷くのを後ろから眺めながら、うへ、と太宰は顔を顰めた。安い飴と鞭だ。
 それでこの話はお終い、とでも云う風に鷗外がくるりと背を向けたものだから、その後頭部に向かって、太宰はさらっと最後に質問を投げ掛けた。「そう云えば、首領は大丈夫なんですか」と。ちょっとした、嫌がらせの心算で。
「私? ……ふふ」
 鷗外が、黒衣の裾を翻して振り返った。その瞳に宿るのは、好奇と悪戯心に溢れた猫のような光だ。数秒後、太宰は世間話のような気楽さでその話題を振ったことを後悔する。
「――見たいのかい、太宰君」
 その瞬間、ぞわ、と背筋に蛇が這い回る、ような悪寒。胃の腑を掴まれ拗じられる感触。太宰の体が藻掻く間も無く執務室から乖離した。意識を奈落の底に叩き落とされる。
 中也だけでも無効に、と手を伸ばした先は既に闇一色だ。何も見えなくて、視界がブラックアウトして、ぐんにゃりとした空間の歪みに全身から嫌悪の汗が吹き出して、体の節々が悲鳴を上げる、頸回りには何も無いのに気道が塞がって息が出来ない。脳に茨が絡まって直接ずたずたに締め付けられる感覚に目が飛び出そうで、然し逃れられない閉塞感が意識を支配して、駄目だ嫌だこんな仕打ちからは一刻も早く脱しないと気が狂って――。

 ぱちん、と軽快に指を鳴らす音一つで、殺気は跡形も無く霧散した。はっと執務室に意識を戻した太宰が見たものは、鷗外の柔らかな笑みだけだ。それが、悪戯ぽく唇に弧を描く。
「……なんてね。あ、そうそう、太宰君、この後少し話が有るんだ。今夜の警備の件で。残って呉れる?」
 異常を感知した中也が振り返って、「如何した、太宰」と唇の動きだけで不審げに問うてくる。如何したも何も。青褪めながら食って掛かろうとして、太宰はハッとする。中也には、今のは見えなかったのか? 鷗外がただ戯れに、太宰に向けただけだったのか。息を浅く吸って鷗外を見遣るが、薄笑いの底の真意は読めない。
 歯を食い縛っていないと今にも倒れ込みそうだった。然し弱みは見せられない。鷗外にも、中也にも。「判りました」と、不本意ながら弱く首肯する。鷗外が、満足そうに頷く。
「うんうん。中也君は夜まで休んでて呉れて善いよ」
 その様子だと外出は辛いでしょう、と鷗外はひらと手を振った。太宰の傍らで、ちら、と中也が視線を寄越す。そちらは見ずに、口元に笑みを貼り付けた。そんな目で見なくとも。体調不良で休むと云い出したのは中也だし、太宰の力を借りる心算は無いと、最初に云い出したのも中也だ。だったら少し離れるくらい、何の問題も無い筈だった。
「……中也。じゃあ、また夜に」
 目を合わせず、鷗外の前へと歩み寄る。中也も太宰の意図を了解したのか、「……ああ。判った」と頷く声がし、背後で「失礼します」とばたんと扉の閉まる音がした。出口に向かう最後の二、三歩は、跫音がしなかったように思えた。矢っ張り無理してたんじゃないか。鷗外の了解も得られたことだ、パーティでは適当な理由を付けて四六時中引っ付いてやろう。太宰は決心する。
 相棒の無防備な姿を、誰にも晒す心算は無かった。


○ 7:15 p.m.


「――なあんて意気込んで来たけどさあ」
 太宰は遠巻きに中也を眺めた。場所はホテルのパーティ会場。今朝方に任務で強襲したのとは、勿論別のホテルだ(今朝のホテルは宿泊客が殺されたと云うことで、今頃大わらわの筈だった)。マフィアの権威を見せ付けるように費用を掛けて豪奢に飾り付けられた会場、内装、調度品の数々。裏業界のVIPがこの場には犇めき合っていて、少し見回しただけでも、例えば与党の政治家だとか、著名企業の重役だとかの顔が其処彼処に見受けられる。表向きは、何だったか、何処かの企業の懇親会と云う名目になっている筈だった。但し交わされるのは親交ではなく金と権益の匂いのする情報だ。懇親とは名ばかりの、腹の中が真っ黒な人間ばかりなのだろうなあと思うと、食事の味があまりしなくて、太宰は早々に手持ちの皿を放棄した。吐瀉物の横で食事をする趣味は無い。
 少し暗く落とされたシャンデリアの灯りの下で、幾つも歓談の輪が形成されている、その中の一つに。一際小柄な影が在る。太宰の相棒の姿だ。
「聞けば御社は、例の――『あの』商材を、取り扱う企業とのパイプを持っているとか」
「ええ、存じ上げておりますよ。宜しければ紹介を?」
 その代わり、此方も少し便宜を図って頂きたい事柄が。そうグラスを揺らして答える中也は、常からは考えられない柔らかい物腰で終始穏やかに歓談していた。時折鋭い目元を緩めてふふ、と笑い、それを隙と見做して気を良くした相手の懐にするりと上手く入り込んでいる。臭い演技だ、と太宰は独り言ちるが、大抵の人間から見れば今の中也は好青年そのものなんだろう。年齢の割に物怖じせず、不自然なほど自然に溶け込んでいる。
 ただ一点、その脚が強張っていることを除けば。
 地から脚が離れないから周囲に見咎められることは無い、然し、中也が一瞬たりとも気を緩める様子も無い。今朝方に首領の執務室で見せたときと同じく――気合で如何にかしているようだった。
「いやいや、気合って、おかしいでしょ……」
 半ば自棄のようにグラスの中身を一気に煽る。アルコールだった気がしたが、良く見もせずに飲んだから、何の液体だったか忘れてしまった。こんな状態では、味もさっぱり判らない。
「……あんな必死な顔するなら、私に同伴頼めば善いのに」
 中也が如何してそこまで頑なに太宰を拒むのか、太宰には到底理解が出来ない。
 中也が太宰のことを嫌いだ、と云うのは知っている。公言していることだし、中也からしてみれば、自分が身を捧げている組織の業務を投げ遣りにやって、それでも戦果を上げて、にも拘らず死にたい死にたいと身投げをするような、そんな男は理解の範疇外なのだろう。彼の感情が其処に辿り着くまでの変遷を、容易に思い描くくらいの想像力は持ち合わせている。
 然し仕事に私情を挟むべきではないし。それに。
 好悪とか、そう云う次元で語られるものではないのだ、自分達の間柄は。好きだとか、嫌いだとか、そう云う感情は関係が無い。隣に居る、ただそれだけで精神がこれ以上無く高揚する。世界が色付き、死んでいた景色が息を吹き返す。
 その筈なのに。
「……意味判んない、ほんと」

 そのとき、ちら、と中也が此方を見た気がした。一瞬だ。ぱちりと瞬く間に、中也は他の聴衆の方に向き直っていた。ほぼ無意識の行動。それから、ちらと時計に目を遣り、手を上げて断りを入れている。きっと、「少しお手洗いに」とか何とか。それで此方に来るのかと思えば、太宰には目も呉れずに本当に手洗いの方に行くものだから、太宰は一つ溜め息を吐いて集団を離れる中也にそっと忍び寄る。
 そのまま偶然を装って、とん、と中也の肩に触れた。二人だけに判る軽い衝撃が有る。中也の脚が地に付いたのだ。擦れ違いざま、囁く。
「……面倒臭過ぎ」
「頼んでねえだろ」
 じろ、と睨まれて太宰は立ち止まった。中也は手洗いへと入っていく。巫山戯ないでよと後を追いたい気分だったが、然し今は中也と連れ立って手洗いに行く気分ではない。
 其処へ。
「おお、太宰殿!」
 恰幅の良い壮年の男性が、愛想良く笑いを振り撒きながら太宰の方へと近寄って来た。ぽんぽん、と肩を二回ほど叩かれる。誰だっけ、と太宰はがさっと記憶を漁った。太宰への触り方に厭らしさは無くて、かつマフィアに好意的であるとすると、ええと。ああ、この前取引した企業の重役さん。
「ヤァ、これはこれは、山中さんじゃないですか!」
「いやあ、この間は助かりましたよ! ……で、如何です? 今度も美味しい話が有るんですが……」
「ええ、聞きましょう?」
 そう、太宰にだって幹部候補の仕事が有る。中也の様子見に託けてサボっているのがバレたら、それこそ首領に叱られてしまう。太宰はその場を離れ、歓談の輪の中に入っていく。

 がしゃん、と突然大きな音がして、挨拶回りと商談を幾つか終えて寛いでいた太宰は、騒動の元にぐるりと目を向ける。テーブルが引っ繰り返って、グラスや皿がしっちゃかめっちゃかに割れた音だ。見れば、ゆら、と夜叉の巨体が顕現している。その見慣れた和装の異形は、尾崎紅葉の金色夜叉だ。
「姐さん」
 咄嗟に駆け寄ろうとしたが、然しその必要は無いようだった。パニックになり掛けた周囲の人間を、素早くマフィアの人間が落ち着かせて回っている。鷗外自らが出向いているのも見えて、動揺は大きくなる前に既に収束の気配を見せつつあった。騒ぎの中心である紅葉も、下手に取り乱すことはせず、「済まんの」と周囲の人間に軽く謝りつつ酌をして回っている。夜叉は唐突に顕現したにしては至極大人しく、もう暴れ出す様子は無い。紅葉が、相当な精神力を以って抑えていることが見て取れた。
 今更だけど、助けが必要だろうか。まあ姐さんに恩を売っておくのも悪くないかな。それにサボっていると思われるのは御免だし。そう思ってかたりとグラスを手近なテーブルに置き、紅葉の元へ向かおうとした、その瞬間。
 太宰の服の袖を、ぎゅっと掴む手が在った。
「ッ、だざ」
 息の切れた声。振り返る。中也だ。
「如何したの、中也」
「『如何したの』じゃねえよ」中也は少しだけ青褪めて、胃の腑の底から唸り声を漏らした。「手前、何処行く積りだ」
「やだな、何処でも善いでしょ?」
「善くねえよ」
 離して、と中也の手を振り解くと、その手は案外、簡単に解けた。太宰は中也に向き直る。中也はらしくなく動揺していた。それで、息を切らして太宰の腕を掴んでいる。
 太宰は首を傾げた。
「なんで? 私が居なくったって、君一人で十分でしょう」
「そんな訳」あるか、と口にし掛けて、漸く中也は自分が何を口走っているのか判ったようだった。口を噤んだ隙を見て、太宰は更に続ける。
「君に私要らないじゃない。私が傍に居る必要、有る?」
 中也は驚いたように口を薄っすらと開いた。それから何かぱくぱくと云い掛け――それから、何もかも飲み込んだようにその口を閉ざした。最後に漏れたのは一言だけ。
「……そうだな」
 中也が太宰の手を離す。ふわ、とその体が宙に浮く。あ、と太宰が思ったときにはもう遅い。
「そうだな、悪い」
 とん、と太宰は突き飛ばされた。然し中也に重さがないものだから、何の衝撃も有りはしない。ただ、上昇し掛けていた中也の体がふっと地に落ち、そのままくるりと踵を返す。
「アッちょっと中也、何処行くの!」
「煙草だよ。随いて来んな」
 太宰に背中を向ける、その一瞬。ちら、と垣間見えた中也の表情に、何故だか太宰の心臓がひどくざわついた。血管が、きゅうと締まって何だか苦しい。慌てて中也の後を追う。

 そんな、傷付いたような顔を見せて。随いて来るなと云う方が、無理な話だった。
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