【再録】When They Were There.



 からん、とベルを鳴らして、俺は物静かなバーへと足を踏み入れた。この街へ来てから一週間、別に毎日酒場へ入り浸ってる訳じゃあない。然し今日は一人で考え事がしたかった。
「マスター。一杯、強いやつを」
 見れば、客は未だ俺しか居ないようだった。寡黙な壮年の店主が柔らかく、「畏まりました」と頷く、その雰囲気が俺は気に入っていた。初日に足を踏み入れたあの酒場の、大衆食堂のような雰囲気も好かったが、俺が次の支部長だとバラして以来、やれ胴上げだの何だの、隙在らば担ぎ上げようとするものだから、中々に足を踏み入れ難くなっていた。悪感情を持たれていないのは助かるが、好かれ過ぎているのも困りものだ。今日はそう云う気分じゃなかった。
 それに面倒な仕事は全て部下に投げて来た為、屋敷に居ても俺のすることは無い。ここ一週間、頭を失った支部の体制を整えようと様子を見て来たが、幸いにも前任が確りしていたようで、俺が手を加えるまでもなく組織運営は順調だ。俺のしたことと云えば、街中でのトラブルの処理について、二、三、指示を出しただけ。それで良かった。俺のような『責任者』は、何事か在ったときの判断をし、その責任を取り、そして荒事の前線に立てば善いのだ。適材適所。地道な事務仕事は、俺には向かない。
 そうしてその三つのうちの一つについて考える。俺が判断を下さなければならない『何事か』は、今まさに現実に起こっていた。鉱山資源を狙う不逞の輩が、事在るごとにマフィアに襲撃を仕掛けているのだ。俺の前任者が死んだのも、その煽りを受けて殺されたのだと云う。
 そもそもこの街に於けるマフィアとは、街を守り、健全な運営を手助けする代わりにその恩恵を受けている訳だが、如何やら敵は税金を払うのもそこそこにマフィアに成り代わろうとしているらしい。今まではちまちまとマフィアの損耗を狙っていたようだが、マフィアの頭の暗殺に成功した今、調子に乗ったのか町の所有する鉱山の権利書ごと今のマフィアの地位をごそりと奪えると踏んだようだ。攻撃は、日に日に過激になっていた。
 此処でさっさと鏖にしてしまえれば善いのだが、敵は莫迦の癖に逃げ足だけは妙に早く、一人二人は殺せても巣を潰すまでには現状至っていない。然し如何にかして、舐めた真似をして呉れたツケを奴等の薄汚れた血で贖って貰わねば、此方の――前任を慕っていた者達の気が済まなかった。
 却説、如何したものか。ふぅと一つ溜め息を吐く。
「何かお悩み?」
 するりと隣から滑り込んで来たその低く甘い声に、どく、と心臓が震えた。平静を装って振り返る。
「手前は、この間の」咄嗟に名前が出ず、言葉に詰まる。「……首吊り男。無事だったのか」そう呼ぶ他無かった。
「首吊り男とは非道いな。これでも、君と同じマフィアの一隅だよ」
「マフィアだァ?」これ幸いと、俺は不躾に男を見遣る。ふわふわと地に足の着いていない出で立ち。飄々とした涼し気な目元。薄暗い店内で、間接照明に照らされて浮かび上がる、透き通るような白い肌。支部に居る構成員の顔は全員覚えていたが、こんな男は屋敷には居なかった。それに何より、黒くない。男がその身に纏うのは、何時か見た伽羅色の外套と、青い留め具のループタイだ。「手前の面は初めて見たが」
「じゃあ、君の処の所属じゃないんだ、きっと」男はまるで他人事のように、至極如何でも良いと云った風に呟いた。「マフィア組織なんて、何も世界に一つのみじゃないんだし」
「ふぅん」俺はじとりと頷く。「で? そのマフィア様が、一体何が悲しくて首吊ってたんだよ。うっかり商品のヤクでも海にばら撒いたか?」
「ばら撒くくらいのヤクが在るなら是非ともハッピーに死にたいね」然しジャンキーは見苦しいからなあ、と男が嘯く。誰もそんな、死に方の講評なんぞ訊いてない。「あれは私の趣味の一つなんだ。自殺趣味って云うか」
「自殺趣味」
「うん」
 そのときの俺はきっと、海鼠を飲み込んだような顔をしていたに違いない。男の云っている意味が判らなかった俺は、取り敢えず男の手にしていた蟹缶を指した。
「死にてえなら、何も食わなきゃ良いじゃねえか」
「餓死はいけない」蟹缶を俺からさっと隠すようにして、男は口を尖らせた。「餓死だけは嫌だなあ。だって、考えてもみなよ、お腹が空いて、寒くなって、結構長い間ひもじい思いしなきゃいけないでしょ。辛いじゃない。もっとこう、ぱーんって、飛べるのが好い」
「……贅沢な奴」
 俺はぼんやり、呟いた。死に方を選ぶなんてのは、贅沢なことだなあと思った。マフィアなんて組織に在れば尚更だ。俺の前任は腹を刺されて死んだ。頭を撃ち抜かれて死ぬことも在る。一息に死ねれば未だ良い方で、拷問の末惨殺なんてのもざらに在る話だ。だから、贅沢だな、と思った。
 そんなこと、初めて云われた、と男はからからと笑った。それで、俺の意識は漸く、その男を現実に在るものとして認識した。俺と男の距離が、ぐっと近くなる。くらりと感じた眩暈は、もうしない。
 男は蟹缶を食べ終わると、食後の一服であるのか、とんとんと箱から煙草を一本取り出した。緑灰色に、金の蝙蝠をあしらった箱だ。と、その箱を此方にも差し出してくる。
「吸う?」
 要らねえ、と俺は断る。
「煙草は好かねえんだ」
「……そ? 残念」
 男は少し考える素振りを見せ、咥えかけた煙草を箱に戻した。俺はきょとんと、その動作を見守る。止めた訳ではなかったのに、男は妙な処で義理堅いようだった。俺の視線に気が付いたのか、男は「ま、屋内だしね」と笑う。俺は何となく目の遣り場に困って、男の手の中の箱に視線を落とした。
「……然し、随分と古い銘柄だな? それ、大分昔に廃盤になっちまったやつじゃねえのか」
「えっ、そうなの?」何故か男の方が驚く。「うそ、何時の間に……買い占めておけば良かった……。て云うか、吸わない割に詳しいね?」
「そんなもん、マフィアなんて稼業やってりゃ嫌でも覚えるだろ?」
 下積み時代は良く、取り入りたい幹部等にパシられて、煙草を買いに走ったものだった。それには誰が何の銘柄を飲むかなんて知識は必須だったし、それで目上のご機嫌取りとか、そう云うの、しただろ? そう云う意図を込めて発した質問に、「まあ、そうだね」と予想通りの頷きが返って来て、俺は少しばかり落胆した。俺の知らない処で、この男が、俺の知らない男に媚を売っていた、その事実に何故だかひどく理不尽な苛立ちに襲われる。
 でも多分、此奴は煙草なんぞ買いに行かされたことは無えんじゃねえか、ともぼんやりと思う。そう云う可愛がられ方は、何となく、されていないような気がした。
 俺は頬杖を付いて男の端正な横顔をじっと眺め、男は店内の照明をじっと見る。沈黙の中で、かちゃ、とマスターがグラスを片付ける音だけが殊更大きく響く。
「なあ、手前、名前は?」
 男は不思議そうな顔をして、此方を振り向いた。黒髪がふわふわと揺れる。まるで、そんなことを訊かれるとは思わなかった、と云った風な顔だ。何でだよ。訊くだろ、普通。
「太宰治」
「だざい。おさむ?」
 俺はその、不思議な響きを口にする。
「ええと、ちょっと待って」
 『だざいおさむ』は、胸に手を宛て、外套に手を突っ込み、ペンが無いことを確認すると、すいと俺の手を取った。
 あのときと同じ、ほっそりとした手だ。触れた感覚が薄く、その温度はひんやりと冷たい。
 それが、俺の手の平をゆっくりとなぞって行く。
「漢字はこうで……太、宰。治。だよ」
 つい、と俺の手の上を踊る人差し指は、グラスの縁をなぞるのと同じ手付きをしていた。手の平とは別の場所が、ぞわぞわと刺激される。俺は意識のぼうっとするのを堪えて歯を食い縛り、その名を頭に叩き込むことに徹した。
 太宰。太宰、治。

「却説。此処で出会ったのも何かの縁だ。同じマフィアの誼で、君に一つ、助言をしようか」
 ぱ、と俺の手を解放し、太宰はくるりとスツールを一回転させた。「助言?」と俺は首を傾げる。
「明日、奴等は町長の元に踏み込む積りだ。鉱山の権利書を寄越せと来るのさ。護衛でも付けた方が良い」太宰はまるで、未来から視て来たことのように、その事実を淡々と俺に告げる。「……町長は護衛を断るかもしれないけど、アレは弱みを握られてるだけだから、気にしなくて良いよ」
「弱味ィ?」
「昔愛人と、一夜の過ちが在ってねえ」
「ああ、それは」俺は抑揚の無い声で呟く。「そいつは可哀想にな」運が悪かったとしか云い様が無い。
 隣から注がれる、太宰の面白そうな視線に振り返る。
「然し手前、何でそんなこと知ってんだよ」
「? さあ、何となく」
 ふぅん、と頷いてその日の会話は終わった。奴等への対抗策と云う点で手詰まっているこの状況で、様子を見る価値は在るかもな。そのとき抱いたのは、その程度の感想だった。

 結果的に云えば、町役場の前で張っていたのは正解だった。車を覆うスモークガラスの向こう側に、黒服の男達が見える。奴等は今まさに、町役場に乗り込もうとせん処だった。太宰の云った通りになったな、と俺はちらと男の薄笑いを思い出しながら、無線機を取り出す。
「おい、そっちに行った。叩き出せ」
『りょーかいです』
 数分後、這う這うの体で建物から逃げ出す奴等の姿が在った。あの調子だと、暫くは弱味を握って脅迫しようなんて元気は出ないだろう。俺は素知らぬ振りをして、その背中を見失わないよう車を徐行させた。このまま巣まで案内して呉れるなら万々歳だ。
 太宰の云うことを、全て信じた訳ではなかった。然し、太宰の発言が信頼に値するものなのではないかと、そんな錯覚を抱かせるには、この一件で十分だった。

 それからも、俺は太宰とちょくちょく会った。
 会った、と云うよりも、太宰が自殺を試みている処に偶然出くわした、と云う方が正しい。
「……ったく、手前も懲りねえな」
 川に浸かって全身ずぶ濡れのまま、俺はその躰を引き上げた。突き抜けるように青い空の下で、くしゅんと一つくしゃみが響く。かと思うと、起き上がって直ぐに「煙草煙草……」と外套のポケットをひっくり返す、その姿に俺は一つ溜め息を吐いた。此奴も俺と同じく濡れ鼠であるのに、煙草など湿って使い物になる訳が無い。そのことが判らない筈も無いのに、立ち上がる気配を見せない太宰に付き合って、俺はぼんやりと、空を眺め行く雲を眺めていた。
 程無くして聞こえた、「ラッキー、火、点いた!」などと云う信じ難い馬鹿げた発言に、俺は思わず目を剥いた。此奴のポケットは密封性なのか?
 それでも確かに火は点いていて、一人分の煙が、細く青空へと立ち上って行く。それを二人で眺めていると、何と無しに太宰が口を開いた。
「……君と居ると、昔を思い出すなあ」
「昔?」
「そう、昔」ふーっと太宰が煙を吐く。「こうやって、一緒にのんびり煙草を吸ってたような気がする」
「気がする? ……誰とだ」
 随分と曖昧な物云いだ。それに目の前の男の『昔』なんて、想像も付かなかった。俺とそう歳の頃は変わらず、太宰だって未だ二十代の半ばだろう。それが、海を越えた遥か昔を懐かしむように、じっと遠くを見つめる。そしてそれ以上は喋る積りが無いのか、無言でゆっくりと煙草の煙を燻らせるのみだ。こうなってしまっては、俺が聞き出す術は無い。
 あーあ、このずぶ濡れの服は如何すんだよ、と屋敷に帰ってから部下にする云い訳を考えていると、じっと隣からの視線を感じた。俺は仕方無く一瞥を寄越す。太宰はそんな俺の顔を見て、ことんと首を傾げた。
「うーん、ねえ、君本当に煙草吸わないの」
「吸わねえな」
「なんで」
「何故って。味が好かねえんだよ」
「美味しいよ?」
 不意にぐっと腕を引かれ、俺はバランスを崩した。ばしゃん、と全身ごと浅瀬に突っ込む。「ってめ、何す……」るんだ、の声は吸い込まれて消えた。太宰に食べられた、の方が正しいかも知れない。唇に、ゆっくりと柔らかい感触が在る。
 すぐ近くに、太宰の顔が在った。濡れた瞳と目が合う。口付けられたのだ、と判るまでに数秒。触れるだけのキスを、角度を変えて何度か。啄むようなそれに、求められるままに唇をうすく開くと、べろ、と舌を押し付けられた。生温さに思わず身を竦める俺を、太宰は逃しては呉れない。引ける腰を捕らえられ、ざら、と舌を舌で撫ぜられる。ぐちゅ、と川の水だか唾液だかが交わり、快感に脳がぞくりと痺れた。
 唾液を交え、歯列をなぞり、じっくりと互いの腔内を味わいあった後、微かなリップ音を立てて太宰は俺を解放した。
「……如何?」
 何がだ、と訊こうとして、あまりの気持ちの良さにぼうっと浮いていた思考を慌てて沈める。先刻太宰は何と云った。『美味しいよ?』。味なんて判る訳無えだろうが、と吐き捨てたい衝動を何とか堪える。「……不味い」、顔を顰めて一言。
「そ? 残念」
 太宰はけらけらと無邪気に笑う。その裏には、何の意味も情愛も無く、接吻はただの戯れであったようだった。俺はその気紛れな笑みに、何故だかひどく心がざわついていた。何も、接吻が初めてと云う訳ではない。それこそ女と幾らだってしたことが在る。それでも、全身を余すこと無く弄られたようなその感覚に、俺はぶるりと体を震わせた。
「あ、そうだ」そんな俺の内心を知りもせず、俺に口付けたその唇が、弧を描いたまま薄く開く。
「今夜は、奇襲に気を付けなね」

 その太宰の言葉を、俺は死体の山のど真ん中で思い出していた。つい先刻までは生きていて、襲い掛かって来て、そうして俺が殺した死体だ。じわじわと血が石畳の道に染みこんで行く。夜の静けさの中で、俺以外の息の音はしない。
 彼奴は予言者か何かなのだろうか、と昼間の太宰の笑みを脳裏に描きながら、俺は考え込む。が、面倒臭くなって直ぐに思考を放棄する。別に何だろうと構いやしなかった。目の端で死体が微かに動いた気がして、俺は念入りにもう一度、それを撃ち抜く。黒い塊はびくりと跳ねて、それきり動かなくなった。
 太宰の正体が何であろうと、俺にとって有益であることに変わりはなかったのだ。

「……今日こそは、駄目かと思った」
「ふふ。今日こそは、成功するかと思ったのに」
 その日は、今にも空が落ちて来そうな、どんよりとした曇りの日だった。海の青が、何時もより鈍色だった。そしてその鈍色の中に、見慣れた明るい外套が、まるで海月のようにふわふわと漂っていたものだから、俺は慌てて海へと飛び込んだのだ。その痩躯を引き上げるのはもう慣れたものだった。
 口に入った水を吐き出す。ぐずぐずに濡れた衣服が気持ち悪くて、俺は靴と靴下を脱ぎ捨てた。誰が洗濯すると思ってるんです、と怒る部下の顔がありありと脳裏に浮かぶ。煩え、濡れちまったもんは仕方無えだろうが。
 素足に海水が程良く染みた。じわじわと、足裏が沈む濡れた砂の感覚が心地良い。
 太宰は相変わらず、ぼんやりと海を眺めて座ったままだ。
「おい」魂が抜けたか、と思うくらいに呆けていたものだから、若しかして今日は此奴を担いで帰らなければならないのだろうか、なんて思ってしまう。そして其処まで考えてふと気付く。「……そう云や手前、何処住んでんだっけ?」
 太宰は足を抱えて座ったままきょとんとしていたが、軈て俺の意図が伝わったのか、「うーん。ないしょ」と小首を傾げるだけだった。俺は「そうかよ」、と一言、何でもない風に云ってその会話を切り上げる。
 常ならば会話は其処で終いの筈だった。然し俺の拗ねた声音を耳聡く聞き付けたのか、珍しく太宰の方から、付け足すような呟きが漏れた。
「……知らない人に、無闇矢鱈と家を教えちゃいけませんって云われてるから」
「ガキじゃねえんだから」誰にだよ。その言葉は飲み込む。
「んー、正確には」太宰は口を抑えて考え込む。「知らない人を誰彼構わず部屋に連れ込んではいけません、だったかな」
「ああ……。確かに手前、節操無さそうだもんな……」
 俺は一人、妙に深く納得した。普通、余程の尻軽でもない限り、付き合っても好き合ってもいない同性を相手に接吻なんぞしないだろう。出会って間も無い俺にさえ、太宰はその辺りの観念が、ひどく緩いような印象があった。
 そのときの生々しい感触を思い出し、俺は何やら後ろめたい気持ちになって、「ほら、取り敢えず立てよ」と半ば強引に太宰の手を引っ張った。驚くほど質量の無い体が、ふわりと俺の手に支えられて持ち上がる。
 その手に、何だか違和感が在った。
「ん……。今日はあったけえんだな?」
「そう?」太宰は鉛色の空を見上げる。「曇りだけど」
「莫迦、天気の話じゃねえよ」
「?」
 意味が判らない、と云った風に首を傾げる太宰に、俺は何も云わず、その手をぎゅっと握り締めた。
 珍しく太宰の手が、人並みの体温を持っていた日だった。

     ◇ ◇ ◇

 却説、何も俺はここ一ヶ月、呑気にお散歩三昧していた訳ではない。屋敷の武器庫には、奴等の尽くのドタマをかち割って、タップダンスを躍らせるのに十分な火器が一揃え。そうこうする内に、奴等の情報はアジトの位置も戦力規模も、余すこと無く手に入れた。泣く子も黙るポートマフィアに歯向かう奴等を、骨も残さず殲滅する準備は整いつつあった。
「首尾は如何だ」
 町役場の一室を借りた作戦会議だ。俺は椅子ごとくるりと体の向きを変え、整然と並ぶ部下の一人に目を向けた。
「罠の準備は出来てます。奴等、明日、日の沈む頃に裏の丘から屋敷の方へ侵入して我々を叩く積りのようですから、其処を返り討ちにして海に沈めてやりますよ」
「ああ」
 部下の返答を聞き、上機嫌で俺はくつくつと喉を鳴らした。自分の縄張りで好き勝手に動く鼠ほど、踏み潰したくなるものは無い。「奴等としては、マフィアの頭が死んで、町長を抱き込める絶好の機会だったろうからな。好機を潰されりゃ、功を焦るのも仕方の無えことだ」
 まったく、堪え性の無い奴等だよなァ、と俺は口の端を歪めた。直接俺達にちょっかいを出して来なけりゃ、もうちょっと長生き出来たかも知れねえものを。
「却説」
 俺は革張りの椅子に腰掛けたまま足を組み直し、手を組んで、深く長く息を吐く。遂にこのときが来たのだ。
「……弔い合戦だ。手前等、気ィ引き締めてかかれよ」
 ぴり、と途端、空気が張り詰めた。是の声は返らない。然し、部下の誰も彼もがその目に決意を宿らせている。彼等にとっては、念願の仇なのだ。
 俺には、その返答だけで十分だった。
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