【再録】ヤツらの交際事情について
不死者は夜にねむらない。
だが世界は置いていかれる俺たちの哀愁なんか気にも留めずにひっそりと息を潜める。その様子を、アジトの石砦の窓枠に腰掛けてじっと眺めていた。太陽を無くして冷えた空気の肺に溜まる感触、ざわめくように葉を擦る遠く広がる木々の音、虫の吐息がよくとおる。月の呼吸を肌に感じる。そんな時間帯の散歩は中々悪くない。
しかしそう思う感性も俺が追放されて得たものなのだと思うと少し忌々しい。
それでも、俺が心穏やかでいられる数少ない時間だ。
ところがその日は安寧とは程遠いヤツの姿を見つけた。
「…………?」
一階だ。見下ろす視線の先で、倉庫へと繋がる扉にこそこそと入っていく人影が見えた。アジトには不死者も純正メギドも他にいるから、夜に活動している人間がいること自体は不思議ではないが、しかしどことなく後ろめたい動きをしていると不死者の勘が警告を放つ。
少し考えて、よっ、と三階分を一気に飛び降り、芝生に柔らかく着地した。追いかけて行って倉庫を覗くと、案の定誰にも見つかりたくない様子で何かをゴソゴソと漁っている。
「おい。何してる、フラウロス」
「ゲッ。その声、鎖ヤローかよ……」
振り返って目が合った。互いに警戒心を持って相対する。
だがそれも一瞬だった。
フラウロスは瞬時に思考を回転させて何事かを考えたかと思うと、苛立たしげな視線をくるりと一転させた。暗闇の中でヤツの目が、獲物を見つけた猫のように爛々と輝く。
何だよ。人魚のカノジョじゃねーが、嫌な予感しかしねえ。
そして次に吐いたセリフは予想通りに碌でもなかった。
「なあ調停者サマ、ゴム持ってね? さっき切らしちまってよ」
「はァ? オマエ何やってんの……」
思わず素で棘のある声を出してしまったが俺は全く悪くない。こちらがあからさまに口を歪めて呆れていると言うのに、フラウロスの野郎はどこ吹く風で構わず肩を組んでくる。いや馴れ馴れしすぎんだろ。「やーめろ!」と振り払う。
つーかこんな時間にわざわざ漁りにきてるってことは、さっき切らしてここで調達してまたヤろうと思ってんのかよ。いやそもそもアジトでヤんなよ。気まずすぎんだろバカ野郎。
「んだよ、持ってねーのかよ? ハァ〜〜〜つっかえねーな……じゃ、もういいか生で」
「待て待て待て」
聞き捨てならずに慌ててその半裸の肩を掴んで引き留めた。つか何で俺が相手しなきゃならねえんだ。頭が痛い。
やっぱジャラジャラ王に会う前に処分しときゃよかったか。
この男のことはもちろん軍団に入る前から知っていた。絵に描いたような小物のクズだ。盗みもするし暴力も振るう。ただ、人は殺さない。し、暴力はギリギリの一線を超えない。小物のクズだ、良くも悪くも。だから見逃してた。
それを今、ほんのちょっとだけ後悔する。
「いや、つーかちゃんと数準備しとけよ。ダサすぎんだろ」
「持ってたんだっつーの! ただ……」
「ただ?」
この男にしては珍しく、目を逸らして言葉を濁す。
何だ?
返ってきたのは独り言のような呟きだ。
「いや、アレ聞いちまったのほぼ事故だろ。俺が知るか……」
ガシガシと、後は苛立たしげに頭をかくだけで、それ以上は何も言わなかった。「で?」とニコニコと、頰に手を当ててマルバスが可愛こぶるときのようなポーズを取るだけだ。コイツ。
だがこのまま戻すのもマズいだろう。俺は最低限のことだけは確かめておく。
「合意なんだな? 無理矢理ヤってんじゃねーんだな?」
「おい、テメ〜俺をなんだと思ってやがる⁉︎ するわけねーだろそんなこと!」
「じゃ、無理矢理言うこと聞かせたりもしてねェんだな?」
「…………」
クズは何故かそこで黙ると、ん? と急に首を傾げて、ニコーッと満面の笑みを向けてきた。……おい。
しかしこの調子だとゴムやんねーとマジでなくてもやんだろうなあ。大丈夫なのかよ相手、とげんなりする。アレか? こういうところが過保護だとワカメ女に鼻で笑われる要因か? まあ、アジトにいる時点でジャラジャラ王以外はメギドなんだし、どいつも自分で何とかするか……後でそれとなく探ろ。
「しゃーねーな、ちょっと待ってろ……」
そう言って部屋に戻り、ついてきていたフラウロスを締め出して引き出しを漁る。ストックしてあったそれを一つ千切って持って戻る。
「ホラよ……」
「やりい! ありがとな、調停者! さっすがー!」
「オマエに褒められても全ッ然嬉しくねえな……」
「てか一つしかねーのかよ。ま、それで足りるんじゃしゃーねーか、ギャハハハ!」
「だからって貰うときにディスってんじゃねーよバカ‼︎」
他人にタカるときばっかチョーシこきやがるなコイツ。
呆れながら差し出して。
「……で? 相手誰だよ?」
受け取られる直前にスッと下げた。
フラウロスの手が空ぶる。
「……あん?」
「それくらい言っていきやがれ。貴重品分けてやんだから」
ハァ〜? とフラウロスの口が一瞬嫌そうに歪むが、その形がニヤリと性悪な笑みに変わる。ほんと口と頭はよく回るなコイツ。
「そのくれえ情報仕入れてねーの? 調停者の名が泣くぜ」
「オマエと違って俺は他人のプライバシーに首突っ込むほど無粋じゃねーの。あとオマエにそんな情報価値ないだけ」
「言っとけよ。で、くれんの、くれねーの? 別に俺、オメェがくれなくても困んねーんだけど」
「あっそ。俺だって、これだけ渡して後で勝手に根掘り葉掘り調べても構わないんだぜ、……その過程で色々出てくるだろうなァ? オマエがこの前、アミーの道具壊してたこととかさァ。アレカノジョ知ってたっけ?」
「チッ……」
拮抗状態だった。パチリと視線がかち合って、冷えた夜の空気に火花が散る。
だが俺は同時に不利を感じてもいた。どうしたって、ブツを受け取らなくても別にいいフラウロスの方が、受け取らせときたい俺より有利だ。俺も何やってんだか。
負けが込む前に場を降りる。
「……ま、やるよ。ホラ」
「おっ……? サンキュ、話がわかるじゃねーか!」
「ただし、相手にあんま無理させんなよ」
「ダイジョーブだって。ヤバかったら医者だし自分で治すだろ」
「ハ?」
言葉の意味を理解できずに固まる俺の耳元で、フラウロスがソイツの名前を耳打ちした。
……ハ?
「じゃなー!」
そういって手を振って、気まぐれな嵐のように去っていくフラウロスを見送りながら、俺はなす術もなく呆然と立ち尽くす。
いや。え?
我に返ったのは、しばらくして声をかけられたからだ。
「……オイ。邪魔だ、何を突っ立っている。首を落として廊下のオブジェにでもされたいのか」
「あ、妖怪ワカメ女」
言うといきなり斬撃が飛んでくるがギリギリ避けた。殺意が刃の形を取って髪を掠めていく。危ねえ。アジトぶっ壊すつもりかこの単細胞女。
だが、それでも俺はいまいち戦闘体制に身が入らなかった。いやいやいや。だって、オマエ、アイツがアイツと寝るほど軽率とは思わねーじゃん。
「なあ……オマエ、フラウロスとアンドラスが付き合ってたって知ってた?」
「知らん。豚の交尾に興味などあるわけなかろう、下らんことで私の耳を煩わせるな」
「だ、だよなあ……」
「貴様も戯言を吐いている暇があったら、幻獣の一つや二つでも倒してこい。ああ、その途中でくたばってくれても構わんぞ。明日はこれ以上なく爽やかな朝を迎えられる」
言ってワカメ女は食堂の方に去っていった。普段ならオマエのその陰湿さを吸ったから乾燥ワカメもブヨブヨに戻っちまったんじゃねーの、と悪態を吐いているところだったが、それにも思い至らないくらい気もそぞろだ。
いや、だって、あの真面目そうなアンドラスがぁ?
「……つーかアイツ今交尾って言いやがったか?」
『付き合ってる』としか言わなかったんだけど俺。
え? 何? あのクズの言ってたことマジなわけ?
俺は無人の廊下に呆然と立ち尽くす。
「だって……いや……アンドラスだぜ?」
マジで?