【再録】ヤツらの交際事情について
「そんなもの処刑よ処刑」
「拷問して吐かせればいいだけの話ではないのか? 手伝うぞ。アンドラスの悲鳴など中々聞く機会がないからな」
「オイ誰だよコイツらに訊いたの!」
グラス片手に喚くクズの声が食堂に響くが、あんたも大概デカい声で吹聴してるじゃないのと思う。フラウロスがうっかり解剖の同意書にサインして(なんでしたのか謎、態々自分の身を危険に晒すような真似をするなんて完全にアホの間抜けだわ)、それを見つけて処分しないと遂に解剖されるらしいなんて、もうアジトの方々に知れ渡っている。目敏い連中は既に一週間以内でフラウロスが念書を破り捨てられるかどうかで賭けをしていた。オッズはどちら有利に出ていたかしら。ワンコイン賭けてみるのも悪くはないのかもしれない。
溢れんばかりの甘味とつまみと、三人分のグラスの乗ったテーブルに影が差した。カツン、と四つ目のグラスが置かれる。
私たちにクズの探し物のことを話した当の本人。
「ああ、私だ」とウヴァルが椅子を引いて掛ける。無表情なように見えて、よく見ると眉頭が少ししょぼくれている。「探し物があるなら、大人数で考えた方がいいかと思ったのだが……」
「ぐっ……余計なことを……!」
流石のクズもウヴァルには怒り辛いらしく、怒鳴り散らそうとした勢いを噛み殺して呻き声を上げた。いや人選んでんじゃないわよ、と思う。大勢に話して自分の不利になるリスクを警戒したんだろうけど、どうせなら形振り構わず聞き回りなさいよ。
それにしても、ウフフ、解剖されるまでにあとどれくらい猶予があるのかしら。楽しみだわあ。
フルカスも心なしか周囲に散らす花の量が多い。
「念書には拷問は入ってなかったのか? 手伝いたいのだが」
「ねーよ! 何ちょっと愉しみにしてやがる!」
クズに怒鳴られてもフルカスはめげない。ウキウキ、と体を揺らしながらボトルを開けてケーキを分ける。
さく、とフォークで掬い取られるショートケーキの飾りの苺。
「というか、それなら私はアンドラスを応援したいわね。あんたが情けない悲鳴を上げるの、聞いてみたいわあ……」
「ふ……ふざけんな⁉︎ オメェらだってアイツの治療がヤベーのわかんだろうが⁉︎」
一方鷲掴んで自分の分のケーキを頬張るクズの言はいまいちピンとこない。アンドラスの治療がヤバい? この間だって接続治療をされたばかりだけれど、自分も負傷してるっていうのに顔色一つ変えずに傷を診るんだから全然ちっとも愉しめやしない。あのふにゃふにゃの軟体生物みたいなゆるふわ男の治療の、何がそんなにヤバいのよ。
「何言ってんのか全然わかんないわ、バティンの治療の方が痛いじゃない。そっち嫌がんなさいよ、ねえウヴァル」
「…………いや、……痛さは問題ない」
ちょっと間があった。へえ、とフルカスと揃って見やる。やっぱりウヴァルでも痛いのだな、ええ、と目配せし合っていると、背後から「そこ、聞こえていますよ!」と喝が飛んでくる。
ゲッと振り返ると、噂をすればトレイを手にしたバティンが立っていた。上に並ぶのは温め直されたシチューとパンだ。
「あんたいたの⁉︎」
「失礼ですね、いたら悪いですか。……ご心配なく、昼食を取りに来ただけですぐ医務室に戻りますから。あなた方も、昼間からお酒なんてほどほどにしておかないと、肝臓をやってアンドラスに解剖されますよ。『やあ、これはまた、よくここまでの色にできたね。興味深いよ』……」
「あんたが痛めつけてくるのが先なんじゃないの」
「私は酔っ払いの相手は御免です。……まあ、泣いて頼むならやってあげてもいいですけど?」
バティンがフッと挑発的に笑って扉の向こうに消える。あの女、絶対おんなじ匂いがするわ……と思うが、あいにく私には痛めつけられる方の趣味はない。
当然だけど、治療は痛くない方がいいのよ。治療なんだから。
「バティンの治療は端から聞いている分には悦いのだがな。受けるとなると、集中できなくて構わん」
フルカスはフルカスで気ままに果実酒の瓶を開けて、グラスにドバッと注いでいる。意外と甘いものが好きよねと思う。私は何でもいけるがワインが好きだ。クズは高級そうな酒を好んで選ぶが、味が好きなのかは定かじゃない。他人にとって価値のあるものを飲んで調子に乗ってるだけなんじゃないのかしら。安くて強い酒の方が好きそうだけど。
ウヴァルはアルコールで勘が鈍るのが嫌なのかこういうときでももっぱらジュースだ。
「で、アンドラスの治療の何が嫌なのだフラウロス」
クズは話題が戻ってくるとは思わなかったのか、まるでハルマでも見るような目つきで私たちを見回す。何言ってんだコイツらおかしーんじゃねーの、という侮蔑が五割。マジで言ってんのかよ、の混乱が四割。
自分が理解できない未知の感覚への畏れが一割。
いいわあ、とゾクゾクする。
「いやなんか……嫌じゃねーか! じっと見られっとスッゲー居心地わりーし……いや、治療以外のときは悪くはねーんだけどよ……」
「それはまあ。医者なのだから診るだろう?」
「……アンドラスの治療は、早くて正確だ。戦場において、有用だと認識している」
「は……ハァ〜? すげー時間かけて診ようとしてくるし隙あらば解剖としか言わねーじゃねーかアイツ! こないだも起きたらこっち見てニコニコ嬉しそうにしてやがんの意味わかんねーし……挙句『内臓、綺麗な色してるね』とか抜かしやがるからビビって思わず叫ぶかと思ったわ」
「え。何。あんたそんな面白い悲鳴上げたりすんの。ちょっと聞かせなさいよ」
「だから叫んでねーって言ってんだろこのクソアマ!」
クズの悪態をBGMに、テーブルに並んだサンドウィッチの一つに手を伸ばして摘む。
私たちは、段々と会話が噛み合ってきていないことに気づいていた。つまり、私たちが考えるアンドラスの治療と、このクズが受けているアンドラスからの対応が根本的に違っているのだ。それって、アンドラスが特別あんたに執着してんじゃないの、という空気が薄々漂い始める。……まあ、別に何だって構わなかった。その治療を受けるのが私でないなら、クズがどんな治療をされていようと別に。
「だが、バティンのあれだって一種の愛だろう? 我々はヤツに愛されているのさ」
「ハ。愛ねえ」フルカスがモグモグとクラッカーを摘みながら言うのを適当に聞き流しながら、クズが残った中で一等良さそうなワインに手を伸ばす。「患者を痛めつけるイイご趣味がそう言って社会的に認められんなら、便利な言葉だよな」
「あら、あんたバティンの治療の方が好きなんじゃなかったの」
「マシってだけだろ。痛い方がまだ耐えれんだよ」
「……そうか。アンドラスの愛の方が重いか」
ウヴァルの言葉に、一瞬、注ぎ口が揺れた。
ふぅん。へえ。
「……ヤツも治療がドSってか? どっちかっつーと、アイツの性質はマゾのそれだろ」
「あら、そうなの?」
その言葉に、俄然興味が湧いてつい身を乗り出してしまった。縛って喜ぶつまらない人間を痛めつける趣味はないが、あのヌメっとした捉えどころのないイソギンチャクみたいな男がと言うなら話は別だ。マゾなの。そうなの。
勢い余ってかちゃんと肘にフォークが当たった。前のめりになる私と目が合ったフラウロスは、何かを言いたそうに口の端を歪めたが、結局苛立たしげにチッと舌を打つだけに留めた。
何よ、もっと聞かせなさいよ。
「……つーかよ、こっちは命が懸かってっから念書取り返してーんであって、テメーらに酒の肴提供するためにやってんじゃねーんだよっ! タダで面白がりやがって、そのくせ見つけるアイディアもねーの、どいつもコイツも使えねー間抜けばっかりじゃねーか⁉︎」
「あんたそれそっくりそのまま自分に返ってくるから気をつけなさいよ」
言いながらボトルを傾けるが、中身がもう僅かしか出てこなかった。そろそろこの突発お茶会もお開きだろうか。中々有意義な会だった。後でこのクズがアンドラスに解剖されるかと思うと痛快だ。
けれどあの表情を変えない医者を、このクズがマゾだろと評しているのも気になる。
だから一つ、ぼちゃんと池に放り込んで、水面を波立たせるように布石を打った。
「大体、あんたが一番時間かけてんだから見つからないならあんたの無能が悪いでしょ。自白剤でも何でも盛ればいいのに、ほんとに見つける気あんの?」
「ハァー? 誰が無能だ誰が……いや待て、自白剤?」
食いついた。
素知らぬ顔をして、フルカスに話を振る。
「ええ。何だったかしら、材料を仕入れられるようになって、デカラビアが確かそんなものを作ったとかなんとか……フルカス、あなたもアレ聞いたかしら?」
「うむ、聞いたような気もするが……そんなものを使わずとも、体に聞けばよくないか? 薬などまどろっこしくて敵わん」
「それはそうね」
アハ、と笑う。ウヴァルが「お代わりを貰ってくる」と席を立つ。どうせ薬なら、指先とか骨とかを溶かせるものの方が私たちの性には合っている。
でも理性を溶かす薬っていうのも、中々乙なものよねえ。
考え込むクズを横目に、さあてどう転がるかしらと私は一人ひっそりと満悦した。