【再録】ヤツらの交際事情について




「おおっ……?」
 昼時のアジトの庭で食べられそうな野草を探していると、少し遠くに珍しい人の背中を見つけた。
 いや、彼をアジトで見かけるのは別に珍しくない。多分、軍団のメンバーの中では比較的アジトに滞在している時間は長い方だ。タダでお酒が飲めてラッキーって言ってたし。ヴェルドレの姉貴にもそう唆してたし。
 レアだったのは、こんな曇りの日に中庭に出て、どこかの部屋の窓の周りを何かうろうろと探している姿だった。勢いよく駆け寄って、その背中に声をかける。
「フラウロスのにーいちゃんっ‼︎」
「……っバカ、声がでけーよ!」
 フラウロスのにーちゃんは、風を切る勢いで振り返ってシーッと人差し指を口に当ててみせた。オスカーもかくやの焦りように逆にこっちが驚いてしまう。肩越しに覗き込んで、にーちゃんが中の様子を窺っていた窓の向こうに視線を送ると、見えるのはクリーム色のカーテンと草色のシーツのベットが数台。そっか、ここは医務室の並びだと気づく。あれ、でも医務室なら別にいつでも開放されてるから、堂々と入ればいいのに。
「どしたの? 何か探し物ー?」
 にーちゃんが気まずそうに目を逸らす。
「ああ……っと、そうだな……いや、お前も一応シゴトはトレジャーハンターなんだっけか?」
「そうっ。今のあたいは冒険家だよっ!」
 聞かれて思い切り胸を張った。ちょっと前までは食事処で給仕係をしたり、漁師のおっちゃんと一緒に網を引いたり、お金持ちのおっちゃんと一緒にギャンブルしたり、キャラバンの荷運びをしたり……って色々してたけど、今はもっぱら遺跡に森にお宝探しだ。たまにメギストスのおっちゃんのフィールドワークに連れ回されたりもしてるけど。
「……あっ、もしかしてフラウロスのにーちゃん、あたいだけ先にフリーターから転職したから羨ましいとか……? 仕事紹介しよっか⁉︎」
「いやオメェ、そもそも俺フリーターじゃねーし、転職したってそんなチマチマしけた宝なんざ漁るわけねーだろ! ……でもま、でけえお宝一発当てる話があったらそれには一枚噛んでやってもいい。つーか噛ませろ。あったら絶対誘えよ!」
「あいあいさー! ま、そう言う一発逆転ものは、ロマンはあるけど有名だから、大体全部持っていかれてるか大体みーんな死ぬ罠が張られてるかだけどねえ! アッハッハ!」
「チッ、んなもんクソ雑魚ヴィータどもが死んでるだけだろ。俺なら楽勝だっての」
 フラウロスのにーちゃんが根拠なく自信満々に言う。
 確かに、実際フラウロスのにーちゃんはこと戦闘においてはめちゃくちゃ強い。単純な力の強さというよりも、戦闘センスがいいのだ、あれは、と思う。相手を翻弄して、その隙を突くのがうまい。ボスがいなくても幻獣の相手ができるくらい強かったはずだから、いてくれれば百人力間違いなしだ。問題は、フラウロスのにーちゃんがいたらそれこそ働いた百人分の報酬よこせーって分け前で揉めそうってとこなんだよなー。……ま、難しーことは今考えなくてもいっか!
 うんうん、と頷いていると、不意にフラウロスのにーちゃんが足を大股に開いてその場にしゃがみ込んだ。ちょいちょい、と下から手招きされて、あたいもしゃがんで閉じた両膝に肘をつく。
 こそこそと、二人で耳と口を近づけて話す。
「なになに、どしたのフラウロスのにーちゃん?」
「なあ、お宝ってどーやって隠してることが多いだろうな?」
「お宝? そりゃあ、遺跡の奥に置いてあることが多いかなあ……あとさっき言ったみたいに、トラップ仕掛けられてたりとかね!」
 この前も、うっかり踏んだスイッチで一緒に行ったおっちゃんが死にかけてそれはもう大変だった。
 そう言うと、フラウロスのにーちゃんはガシガシと頭をかく。
「いやそーゆーのじゃなくて。……それだとアイツの性格からして多分、手間がかかりすぎてやんねーと思うんだよな……同じとこ何回もしつこく見に行く趣味もねーだろうし」
 あの性格からして、とフラウロスのにーちゃんが繰り返し呟く。アイツって誰だろ。わかんないけど、フラウロスのにーちゃんはどうやら誰かのお宝を見つけたいらしい。
「確かに、遺跡に隠そうーってのはよっぽどの物好きだよね、例えば死にかけのおじーちゃんとかが多いし、あとお宝探しにきた人間を全員殺そーって感じの性格の悪いやつとか……あれはもう呪いみたいなモンだねー、あはっ!」
「は。呪いねえ……」
 フラウロスのにーちゃんが自嘲気味に呟く。
「ま、確かに俺が取りにいける場所に置いて罠張る可能性はあるけどよ……罠って死体グッチャグチャになるんじゃねーの? 落石とか、ギロチンとか」
「うん、大抵はね! でも毒ガス系だと綺麗なままかなあ?」
「あー。そういうのもあるか」
 フラウロスのにーちゃんが地面に視線を落とす。
 釣られてあたいも地面を見た。
 あ、ダンゴムシ。
 野草の隙間を眺める。ダンゴムシはじゃりじゃりしてるしぶっちゃけ結構不味いけど、そのまま食べられるのが手軽でいい。
 草より毒の心配しなくていいし。
「でもあんま、アイツに直接的に殺されるとは思わねーっつーか……まあ毎回律儀に同意取ろうとしてきやがんのは鬱陶しいんだが、なんつーか……」人差し指で突いていると、にーちゃんの声がダンゴムシみたいに丸まって小さくなっていく。「多分、アイツはなんでかそうしねーんだよな……いや、だからなんだっつー話だけど……」
「???」
 にーちゃんはその後も何かブツブツ呟いてたけど、全然わかんないからとりあえずまあいっかとスルーする。
 それよりお宝の隠し方法だ。
「でも遺跡じゃないとすると、やっぱり肌身離さず持っとかないかなあ? 前雇ってくれてたお金持ちのおっちゃんも、部屋の額縁の裏に金庫隠してて誰にも触らせてなかったし。あ、あと地下室とか。引き出しの隠し底とかねっ」
「だよなあ。でも見つかんねえんだよな……」
 言えばにーちゃんもブツブツから戻ってきてうーんと唸ったが、正直その辺はあたいの専門じゃない。お金持ちのおっちゃんの家でお金探して貰うとかだと、オレイのにーちゃんとかの方が得意じゃないのかな。
「そういえば、オレイのにーちゃんが同業者の話をしてくれたことがあったなあ。そこに隠せば絶対に見つからないって、例え牢屋に捕まっちゃったときの手荷物検査だって擦り抜けられるって」
「へえ。どこに隠すんだよ」
「その隠し場所は……ズバリ‼︎ 尻の穴だよっ‼︎」
「…………」
「………………」
 あ、あれ?
 結構いい線いってると思ったんだけどな。
 ぐっと握り締めた拳がやり場をなくしてふらふらと彷徨った。フラウロスのにーちゃんからの視線がなんだかじとりと冷たい。
「……いや、アイツそんなことしてんの。引くわ」
「いやっ、オレイのにーちゃんの名誉のために言うけど、本人がやってるってわけじゃないよ⁉︎ そういう方法があって、やってる人もいるーってだけで……」
「それ友達の話〜ってやつじゃねーの?」
 あーっまずい、と胡乱な目のフラウロスのにーちゃんを前に頭を抱える。このまま誤解を放っておくとオレイのにーちゃんに締められる。ていうかオレイのにーちゃんが許してくれるかは五分だけど、その後のサタナキアのにーちゃんの白い目が怖い。
 コンマ一秒であたいはガバリと地面に伏せた。
「いやー、今のはやっぱり聞かなかったことに! 後生ですっ! このとーり‼︎ ねっ‼︎」
 何卒ー、なにとぞー、と平身低頭して地面に額をびたりとつけていると、フラウロスのにーちゃんがいよいよもってアホらしと肩を竦める気配があった。
「別にいーけどよ。ま、でもそれはねーよ」
「ほっ…………えっ。ない?」
「ねえな」
「……にーちゃん妙に断言するねえ……? まさかもう確認済み……って、んなわきゃねーか!」
 他人の尻の穴を覗く用事なんて普通ないもんねえ!
 アッハッハと自分のありえない考えを笑い飛ばす。まず普通、他人のパンツなんて脱がせないし、パンツを脱がしたって尻の穴は丸見えにはならない。確かにオレイのにーちゃんの助言は正しくって、そんなところに隠せばいくら厳しい検査でも見つけられっこないのだ。
 あれ? じゃあなんでないってわかるんだろ。
 思うが、フラウロスのにーちゃんのじっとりとした微妙な表情が妙に肌に刺さって非常にキビしい。
「………、いや、ブタ箱に持ち込むならちょっとの間で済むけどよー、俺が探し回ってる間中ずっと隠し持ってるわけにもいかねーだろ。ウンコどーすんだよ」
「それもそーっすね! じゃーあたいにはわかんねえや!」
 アッハッハ! と一際大きく笑う。途端、エネルギーを消費したのかぐう、とあたいのお腹の音が鳴った。そうだ、食糧を探していたんだった。アジトのどこかからは昼食の匂いが漂ってきていて、あと半刻ほどでお昼ご飯だとアリトンのにーちゃんに告げられたことを思い出す。
 けれどあたいは昨日の昼から何も食べていないので、それまで食い繋がなきゃならねえ。
 ダンゴムシを拾って立ち上がる。
 ぐっ、として見せるのは気合のポーズ。
「ま、手伝えないけど頑張ってね、フラウロスのにーちゃん! あたい、応援してるから……!」
「おい、ボロガキ」
「ほえ?」
 立ち去ろうとしていた足を止めて振り返ると、キャッチボールの要領で何か柔らかいものが飛んできた。おわ、と受け止めると、それは手のひら大の小さな革袋だ。
 中を覗くと、入っていたのはナッツやスルメやお酒のつまみ。
「えっ、はッ、何⁉︎」
「やる」
「ほあーっ……」感動のあまり、魂が抜けたような声が漏れ出た。そのぶっきらぼうな言葉は、まるで神様の一声だった。寝耳へゴルド、天からの福音!「フラウロスのにーちゃん……いやっ、フラウロスの旦那ぁ! 一生このご恩は忘れませんぜ……! ありがたやー、ありがたやー……!」
「うるっせえ、拝むな! 昼飯まだでも台所行きゃ何かしらあんだろ、草とか虫とか食ってんじゃねーよ!」
「いやー、今ご飯の準備中ってことだったから、入ったら悪いかなー……って……」
「オメェはちったああのカンチョーのガキの図々しさでも見習えっ!」
 そう吐き捨てて立ち去るフラウロスのにーちゃんの心遣いがじーんと胸に沁みる。
 フラウロスのにーちゃん、優しいなあ。
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