【再録】イオンクロマトグラフィー
2.ノームリデーカン
シンクがわけもわからず火山の奥底から連れ出されてから、ひと月が経とうとしていた。
むせ返るような森の匂いを、極力吸い込まないように息を潜める。昼間だというのに陽の光はほとんど地に届かず、鬱蒼とした木々に遮られていた。冷えた空気が土の匂いを含み重く滞留する。それをかき混ぜるように歩くと、静まり返った森の中にぱきぱきと小枝の折れる音が響いた。途端、周りの人間から非難の目が殺到する。静かにしろよ、ここをどこだと思ってるんだ。そんな言葉が聞こえてくるようで、シンクはチッと舌を打ちそうになった。どいつもこいつも肝が小さくて嫌になる。言われなくてもわかっている、ここは魔物の巣のすぐ近くだ。
ローレライ教団が保持する軍隊、神託の盾騎士団の構成員としてシンクが魔物の討伐任務に臨むのは、今回が初めてではなかった。とは言ってもシンク自身はどこの部隊にも所属していない身で、言わば部隊のお荷物状態だ。役に立つから、よかったら連れて行ってよ。イオンが導師という教団の最高指導者という地位を濫用して発したその『提案』に、一体誰が逆らえただろう。ダアトを発ってからもちくちくと刺さる冷えた視線は、魔物のそれではなく同じ部隊の人間のもので、素性の知れない人間への不信感や怯え、排斥感に溢れていた。それはそうだ、今のシンクは実力主義らしいこの騎士団の中に、特別待遇でねじ込まれた得体の知れない人間だ。そんな人間に対する態度としては至極妥当な反応だろう、とイオンは笑っていた。シンクにはいまいちよくわからない感覚だ。
シンクは他人の視線に耐えられるよう身に付けた仮面がずれていないか、それだけをそっと確認する。鳥の形を模したその仮面はイオンに渡されたものだ。仮にも教団の最高指導者と同じ顔をしているところを見られるわけにはいかないための処置だったが、それもシンクの薄気味悪さに拍車をかける一因となっているようだった。イオン曰く、人間とは『画一的な集団において異質な個がいれば、それを排除しようとする』習性を持つものらしい。研究機関で散々体をいじり回されていたときの、研究者たちが出来損ないを見る目に比べればそれは遥かに可愛らしいものだったが、それでもシンクにはその視線が鬱陶しくてたまらなかった。
「……あなたもアリエッタと一緒なの」
いつの間にかシンクのすぐ隣に、人影がゆらりと立っていた。シンクは身動ぎこそしなかったものの、僅かに取り乱し息を呑む。その少女の接近に、シンクはまったく気付けなかった。森の中だというのに音も立てず忍び寄る少女の気配を、完全に捉え損なっていた。
目線だけを動かし、警戒しながら相手を観察する。アリエッタというのはどうやら少女自身の名前らしく、そう言えば出発前にシンクとともに紹介されていたことを思い出す。普段は導師を護衛する導師守護役に従事しているが、シンクと同じく今回のみ特別にこの討伐任務に同行すると、そう呼ばれて前に進み出た途端、何もない所で躓いて転び大泣きしていて心底うんざりした女だ。これでこの体――導師イオンより年上らしいというのだから恐れ入る。
女は他に聞こえないように、ひっそりとシンクに言葉を向ける。
「アリエッタ、森から来た。イオン様に拾われた。イオン様じゃない人たちはみんな、アリエッタのこと、きもちわるいって言う。けものくさいんだって」
「アンタと一緒にしないでくれる」
その幼い物言いに苛立ったシンクがそう言い放つと、柔らかい髪色をした少女は困ったようにシンクをちらりと見遣った後、持っていたぬいぐるみをぎゅうと抱き締めて音もなく任務の配置についた。その影は木々の間に完全に溶け込んでおり、出発前に転んで泣いていたか弱い少女の面影はまったくもって見当たらない。導師守護役はお飾りか弾避けだと聞いていたが、あの女に限ってはどうやらそうではないらしい。
鬱蒼とした森の中、奥に潜んでいるであろう魔物の微かな息遣いを捉えながら、討伐部隊は突撃の合図を待っていた。今回のターゲットである魔物はひどく凶暴で、人里にも被害を及ぼしているという。手強い敵を前にして、ぴり、と空気が張り詰める。
その緊張感の中で、シンクはぐるりと思考を巡らせる。『イオン様に拾われた』。アリエッタのその言葉だけが妙に引っかかった。シンクもイオンに拾われた身だが、人間というものはそうそう落ちているものではないし、慈善事業でもなければほいほいと拾うものでもないはずだ。
あいつには何か、人間を拾う趣味でもあるのだろうか?
結局、シンクはイオンに拾われた――と言っていいのだろう。
自分のオリジナルだと名乗った子供は、一時はシンクの体を意気揚々と抱え上げたものの、自分と同じ質量の物体をその細腕で運び切れるはずもなく、ものの数分で音を上げシンクの体を地面に放り出した。シンクはなけなしの力で歯を食いしばり、地面との激突をやり過ごす。そんなシンクの苦労を知ってか知らずか、イオンは持ち運びを早々に諦め、そのままシンクの両足を持ってずるずると入り口まで引きずり、なんとかシンクの体の運搬に成功した。いや、果たして成功したと言ってよかったのだろうか? 出口に辿り着いたとき、シンクの体はぼろぼろで、その様を見るイオンはいやに楽しそうだった。
「何をなさっているのです」
火山から出ると、髭面の男が二人の元に駆け寄ってくた。シンクはぐたりと体を横たえ、ぼんやりとした意識の中でその声を聞いていた。咎める色を多分に含んだ厳しい声音だ。それを聞く者は周りに誰もおらず、静まり返った部屋に厳しい声が響き渡る。なんてことはない、少し広めの普通の部屋だった。書籍が多く収められているから、きっと図書室なのだろう、とシンクは以前ぼんやりと認識したことを思い出す。そうだ、ここは火山に廃棄される直前に通った部屋だ。
シンクの傍らに立つ子供が、小さく「……ヴァン」と口にした。それが男の名なのだろう。男はもう一度「何をなさっているのです」と、今度は幾分か語気を強めて詰問した。
「だって」
「『だって』ではありません。勝手に動き回られては困ります」
「はいはい、わかってるよ」
「はいは一回!」
まったくあなたという人は、いつも勝手ばかりして……。ヴァンと呼ばれた男は、幼い子供のように口を尖らせるイオンを叱る。イオンは「ごめんなさい。悪かったって」と殊勝に目を伏せるが、その声音からはどう聞いても反省の色は見られなかった。ヴァンはまるでブウサギにでも言い聞かせるかのように懇々とイオンの行動の非を説いた後、ようやくシンクの存在に気付いたとでもいった風に、「で、コレは?」とひどく冷たい目でぐたりと崩れ落ちている体を見下ろした。
「拾ってきた」
「元あった場所に戻してきなさい」
「……ねえ、ヴァン?」
イオンはヴァンの言葉には答えず、急に満面のにこやかな笑みをヴァンに向けた。気怠げに受け答えが、甘ったるい猫撫で声になる。シンクはその声音に本能的な薄気味悪さを感じ取った。それはイオンの前に立つ男も同じだったようで、ヴァンは警戒するようにじり、と一歩後退る。
イオンはその様をうっすらと目を細めて笑い、二歩距離を詰め、人差し指でヴァンの胸をそっとなぞった。
「モースに、これ廃棄していいって言ったの、お前?」
毒を含んだ、まとわりつくような甘い声だった。それまで図書室を満たしていた静謐な空気が、その一声で一気に沈殿する。重苦しい沈黙が、両者の間に落ちた。
「……知りませんな」ヴァンが鈍重な空気を払うように、腹の奥底から答えを絞り出す。「モースの独断では?」
「……そう? ならいいけど」
そんなヴァンの受け答えに満足したのか、あるいは早々に興味が失せたのか、イオンはそれ以上追求することはせず、シンクの体を捨て置いたまま踵を返した。ねっとりとした嫌な空気が消え、ひらりと導師服の裾が舞う。
「ヴァン、そいつ使えるようにして」
「しかし」
「いいだろ? お前の『僕のレプリカを作る』という目的が無事達成されたのは、一体誰のお陰だと思う? ……安心しろ。僕の身代わりは当初の予定通りあの個体でいく。これはほんの余興だ」
イオンは振り返り、今度こそ本当に華やぐような笑顔を見せた。
「ねえヴァン。これは僕の、一生のお願い、だよ」
それを見たヴァンは、やれやれといった風に盛大な溜め息を吐き出し、「……承知致しました」と重苦しい声で答えたのだった。
そこからのシンクの記憶は、ひどく曖昧だ。
覚えているのは真っ白い部屋に閉じ込められ、来る日も来る日も音機関の中に入れられ苦痛を与えられる自分の体だった。曰く、レプリカは生物として劣化しているため様々な補強が必要であるらしい。そう言って研究者たちはシンクの体を裂き、あるいは内蔵を抉り、その様子を淡々と記録していた。研究者たちはその行為を『調整』と呼んだが、シンクにとっては拷問に等しかった。日々使用される音機関が別であったり、苦痛の種類が違ったりはするものの、与えられる痛みは一貫して同じだ。脳を、内臓を、生きたまま解体される苦痛。最初の何日かは苦痛に耐え切れなくなるたびに絶叫したが、やがて声が潰れて悲鳴は出なくなった。そんなシンクの姿を、研究者たちはまるで実験動物を見るような目でつぶさに観察していた。実際、彼らにとってシンクは実験動物以外の何物でもなかったのだろう。何もかもが無機質な空間で、シンクは己の体が擦り切れていくのを感じていた。体も、精神も、何もかもが疲弊していた。使えるようにするにも、もっとマシな方法はなかったのか。これでは火山にいたときと同じだった。火山の中で、生きながら焼かれていたあの地獄にいたときと。
そうして日付の感覚も曖昧になってきた頃、シンクの眼前に再び光明が差し込んだ。その日は足の『調整』の日だった。その光が、今は憎くてたまらなかった。いっそ火山で一思いに殺してくれればこんな思いをせずに済んだのに、わざわざ引っ張り出してこんな目に遭わせる、その子供が憎くてたまらなかった。
「どう、やってる?」
扉が開き、イオンが髭面の男を伴って研究室に足を踏み入れた途端、導師、何故このようなところに、導師御自らいらっしゃらずとも……と研究者たちが皆一様に慇懃な態度を取る。『調整』で得た知識によると、『導師』とはこの宗教集団の最高指導者だ。両足に走る激痛から意識を逸らし、なんとか自我を保つ。
「あれ? まだ『調整』とやらをしてるのか? 僕は『使えるようにしろ』と言ったはずだけど」
「ははっ……それがですねえ……。劣化レプリカのため、少し時間がかかっておりまして」
調整? シンクは眼鏡の研究者の言葉に唾を吐く。生体実験の間違いじゃないのか。いっそ拷問だった方が、死という終わりが見える分まだマシだ。シンクが虚ろな視線を向ける中、イオンは「ふーん? まあいいけど」と興味なさげに頷いた。
イオンは研究施設自体には目もくれず、無造作にシンクに歩み寄り、しゃがみこんで膝に肘を乗せ、足を縫い止められたように倒れるシンクに向かって、小首を傾げてにこりと優雅に微笑んだ。
「少しは動けるようになったか?」
「なんで、助けた……」
朦朧とした意識の中で口をついて出たのは、泥のような呪詛の言葉だった。ぱちりと一つ瞬きをしたイオンと目が合う。緑の目に映った自分の姿は、想像以上に肉が落ち、痩せ衰えていた。
「そんなにどうでもいいなら、なんで助けた。こんなことなら、火山で死んでいた方が、まだマシだった……」
「なんでって。僕に無断でお前たちを廃棄した、モースのクソ野郎への当て付けだけど」
それだけだった。たったそれだけの理由で、こんな。シンクはそのとき、自分がどういう表情でそれを聞いていたのかを覚えていない。ただ、目の前がぐらりと暗くなる中で、イオンがぽつりと、お前、レプリカのくせに随分と人間じみた顔をするんだね、と呟いた声だけは妙にはっきりと聞こえていた。
「なんだ、それ以上の理由が必要だったか? お前が必要なんだと言って欲しかったか? そんな理由で救われたかったか」
イオンは嫌味でなく、心底疑問に思う口ぶりで首を傾げた。
「残念ながら、お前はただの出来損ないだよ」
その言葉は、ひどく冷ややかにシンクの胸を打った。
「お前を拾ったのはただの僕の暇潰しだ。お前が生きてるのも全部そう、別にお前が必要なわけじゃない。自分が世界に望まれて生まれてきた存在だなんて、考えない方がいい。使い道のあるやつだけが辛うじてお情けで息をしてるような世界だよ、ここは」
けど、とイオンは呟くようにその言葉を放った。
「生きてるだけで、儲けものだろ?」
それからイオンは、まるでシンクに一切の興味を失くしたかのように背を向けた。ヴァン、報告聞いておいてね。そう言い置いて、ふわりと導師服の裾を翻して去る。その場には、研究者たちに遠巻きにされるシンクとヴァンだけが残された。
シンクはボロ布のように打ち捨てられた自分の体を冷ややかに見下ろす視線を感じ、ぽつりと縋るように懇願した。
「……殺せよ。頼むから、殺してくれ。あいつの道楽のためだけにこんな苦しいまま生かされるなんて、耐えられない……」
「ふん」
途端、腹部に衝撃が走った。シンクの体が後方に吹き飛び、背中から壁に叩き付けられる。蹴られたのだと一瞬遅れて認識した。加減したのだろうが、ブーツの先に仕込まれた金属が容赦なくシンクの腹を抉る。痛みを堪えようにも「あ、ぐ……」と潰れた声しか出ず、シンクは必死に歯を食いしばった。苦痛にはいい加減慣れたと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
「残念ながら、私は貴様を殺してやるほど親切ではない。死にたければ、勝手に死ぬことだ」
気絶し損なったシンクの意識に、低い声がするりと入り込んできた。同時にがっ、と目の前に剣が突き立てられる。少しでもずれていたらシンクの目を裂いていただろう冷えた金属の光が、昏く濁った緑色の瞳を映し出す。
「ああ~! ちょっとヴァン、貴重なサンプルになんてことを!」
眼鏡の研究者の悲鳴にも似た叫びが、やけに遠くに聞こえた。その手前ではどくどくと何かノイズのような音がなっていて、それが自分の鼓動の音だと遅れて気付く。呼吸が荒い。目が霞む。いつか聞いた死の気配が、体にねっとりとまとわりつく。
目の前に、この苦痛から脱する方法がある。
「どうした。死なないのか」
剣の柄を無意識に握り込み、それを支えに上体を起こす。これを自分の体に突き立てれば、この肉体の苦痛からは解放される。それはひどく魅力的な誘惑だった。
それと同時に、何かがひやりと背中を撫でた。その気配はあの火山で死んだレプリカのものだった。生気を失って濁った目が、途端脳裏に鮮明に浮かび上がる。瞬時に色濃い死の匂いに絡め取られ、体が思うように動かなくなる。ひゅっと吸う息が掠れた。
「……ボク、は……」
剣を引き抜き、腹に構える。しかしそれ以上は動けなかった。じわりと手汗が滲む。虚ろな緑の目。嫌だ。嫌だ。死にたくない。
「……ふん。所詮口だけか」
苛立った様子のヴァンに、強引に剣を奪われる。待って。その言葉を発することは出来なかった。喉が引き攣る。
「与えられた状況を受容するしか脳のない人間が無駄に吠えるな。何を成すでもなくただ息をするために生きているような人形が、無駄に権利を主張するな」
ヴァンが吐き捨てるように言い放つ。
「現状に納得が行かないなら、自ら現状を変えてみせろ。……それができないなら、さっさと死という安息に逃げることだ」
その去り際の言葉は、今にして思えば嫌味や皮肉などではなく、ヴァンの精一杯の同情と慈悲だったのかもしれない。
その言葉を聞いた数日後、シンクは『調整』で得た第七音素の力をもって研究施設を破壊し尽くし――そして、脱獄に成功した。
「総員、かかれーッ!」
その声が耳を打った。シンクの意識が森に引き戻される。
ぐるりと魔物の巣を取り囲むように包囲し、今の合図で一斉に攻撃する。そういう手筈だった。しかし。
「う、うわあああ!」
「こっちにも来たぞー!」
にわかに右方の隊列が乱れる。突撃前に、横合いから魔物の群れに急襲を受けている部隊がいた。シンクはチッと舌打つ。不意打ちをするつもりで、不意打ちをされていては世話がない。本丸は別部隊に任せることにし、シンクは目標を変更した。「『雷雲よ、我が刃となりて敵を貫け』……」詠唱とともにバリ、と第三音素をまとう。
「雑魚が、鬱陶しいんだよッ!」
魔物の群れに突っ込むと同時に広範囲の雷撃を放つ。「サンダーブレードッ!」バリバリバリと空気が裂け、一瞬で生き物の焼ける匂いが充満する。この際人も魔物も区別をつけてなどいられない。なおも向かってくる個体に拳を叩き込む。
「シンク、後ろ!」
その声を受け、咄嗟に前方に跳躍する。体を捻りつつ着地すると、いつの間にか背後から襲いかかってきていた魔物が見えた。動きが明らかに他の魔物とは異なる。四足の獣で、その巨体に反して動きが素早く隙がない。間違いない、今回のターゲットだ。他の奴らは取り逃がしたのか。
見れば、最初に突撃した部隊が軒並みなぎ倒されて倒れていた。負傷者は多数か。シンクが一旦距離を取ろうと視線を戻した瞬間、信じられないほどの速度で距離を詰められた。魔物の凶爪がシンクに迫る。しまった。腕の一本は持っていかれることを覚悟して防ごうとした瞬間、「ネガティブゲイトッ!」第一音素が爆散し、シンクは辛うじて目標から飛び退る。飛び退る瞬間、目の端にちらりとぬいぐるみを抱えた少女が映った。あの導師守護役。
しかし感心している余裕はない。シンクはだん、木々を蹴って跳躍した。譜術に怯んだ魔物は、その動きに咄嗟についてこられない。魔物の頭上に位置取り、体中の第七音素を開放する。じわ、と脳が熱さを持った。『調整』で得た絶対的な力だ、多少体に負担が掛かろうが構うことはない。この一撃で終わらせる。
「アカシック・トーメント!」
そうして圧倒的な第七音素の光が、直下の魔物を刺し貫いた。
忌々しい研究室と音機関を粉々に破壊し尽くし、研究者共を適当に痛めつけた後、シンクはその足で導師の執務室へ向かった。『調整』で必要な知識は植え付けられていたため、目的地への道のりを迷うことはなかった。扉を蹴り開ける。
そこにはイオンが幾多の兵を侍らせ、王のように鎮座していた。
「ボクを使えよ、オリジナル」
突然の乱入者に何事かと浮足立つ周囲の教団員たちを意に介さず、イオンはただじっとシンクを見ただけだった。
「折角拾ったんだ。拾うだけ拾ってあの臭いブウサギ小屋にぶち込むだけなんて、飼い主としてはちょっと無責任なんじゃないの。責任は取ってくれないと」
何者だ、取り押さえろ! 護衛の兵士たちの声がシンクの神経を逆撫でる。構わない、命が惜しくないならいくらでもかかってくればいい。今のシンクなら、何人でも殺せそうだった。そんな殺気立った気配を察したのか、イオンが兵士たちを制止する。そう、雑魚に用はない。シンクが待つのは、イオンの答えのみだ。
そのイオンは、シンクを見つめた後、ふっと目を閉じた。
「……図々しいな、劣化レプリカ」
落ち着いた口調だった。「モース、」と横にいる合図を送る。
「はっ……ひ、被害状況は!」
「フォミクリー用の音機関が全て、それと研究室が全壊! 研究者たちに死人はいないようですが、重傷を負っており、当分は研究を進められないかと!」
「な、なんだとぉ……!」
顔を怒りで真っ赤に膨らませるモースと呼ばれた男を尻目に、なるほど、とイオンはひとつ大きく頷いた。
「いいだろう。丁度人手が足りなかったところだ。出来損ないは出来損ないなりに使わせてもらう。モース、彼に階位と私室を。それから、今度の第六師団の遠征に同行させろ」
「し、しかし……」
「モース。まさか僕の言うことが聞けないわけじゃないな?」
有無を言わせぬ口調だった。モースはその巨体をびくりと揺らし、項垂れてすごすご引き下がった。部下に何事かを耳打ちする。
イオンはすっと執務机の引き出しを開けると、その中に入っていたものを投げて寄越した。それはからん、と渇いた音を立て、シンクの足元に転がる。
「お前の勝ち取った地位だ。……好きにするといい」
イオンから与えられたそれは、鳥の形を模した仮面だった。
魔物の討伐任務は、存外呆気なく終わってしまった。雑魚モンスターは今回の標的であるモンスターが煽動していたようで、一匹が死ぬと蜘蛛の子を散らすように引いていった。負傷者は多数出たが、死人はゼロ。任務としては、まずまずの成功具合だった。
そうして神託の盾本部に帰還し、与えられた自室に戻る道中、ばたりとイオンに出くわした。
「……なんだ、アンタか」
「なんだ、お前か」
イオンは相変わらず我が物顔で神託の盾本部の廊下を闊歩しているようだった。事実、教団の最高指導者なのだから当然だが。
「随分と肉がついてきたな? その調子でよく働けよ」
「そういうアンタは、会ったときからガリガリだね。骨と皮しかないんじゃないの」
いや、初めて会ったときよりもむしろ、細くなっている気がした。折れる、と思った。シンクが少し力を込めて握れば、折れる。
「そうだな。それでもお前を殺すことくらいなら、僕にとってはわけもないことなんだぜ。シンク」
