Love marginal
(2014/10/19)
遥か眼下に広がるのは、吸い込まれそうな青だった。太宰は思わずふらりと一歩、宙へ踏み出そうとした己の誘惑を何とか裡へと押し留める。その胎内に多くの生命を孕んだ足元の水の名は海と云う。ゆったりと凪いだそれが、降り頻る太陽の光を浴び、きらきらときらめきを空へと散らしている。空もまるで海の青をほんの少し分けて貰ったかのように一色、薄青で、雲がその軽さを示すようにふわふわと泳いでいる。
ずっと橋を地続きに歩いてゆけば在るだろう都会の喧騒も、ぬるい空気に吸い込まれて此処までは届かない。音の無い潮風が、ゆるく頬を撫でて行く。
今、太宰の視界には、目いっぱいに広がる空と海、そして頭上で柔らかく輝く太陽。それしか存在しなかった。
「嗚呼、佳い天気だねえ。ねえ、君もそう思わない!」
太宰は両手を広げ、満面の笑みで振り返った。
線路の上で、がたがたと震える男を。
「た、た、助け……頼む、助けて呉れ……」
太宰はその言葉に首を傾げ、ひらりと今乗っていた鉄道橋の縁から線路の側へと飛び降りた。途端、広がっていた海と空は鉄のワイヤーやら柱やらに遮られ、太宰の体の上に無数の影が落ちる。すいと目を横に向けると、線路のずっと向こう側に、横浜の街が微かに見えた。
「助けて呉れ? おかしなことを云うね」太宰は男に向き直って微笑した。「君は命を賭して、組織の金を持ち逃げした。そして私は、そんな君に敬意を表して潔くその命を散らしてあげるんだよ。この私に幕を引いて貰えるなんて、こんな素晴らしい人生の終わりって無いでしょう?」
男の瞳孔が、恐怖の為に開かれる。汗が滲み、体はぶるぶると小刻みに震えている。そのまま必死に拘束を解こうとするが、手足をぎちりと縛っている縄はその程度ではびくともしない。太宰がそのさまをぼんやりと眺めていると、そのうち体力も段々尽きて来たのか、地を這う芋虫のように藻掻く男の動きが鈍くなる。
太宰はそれを待って、男の頸に掛けられた縄をぐいと引いた。線路の反対側に回り、手頃な突起に縄の一端を括り付ける。体を引き倒された男の悲鳴が聞こえたが、潮風に邪魔されて聞こえない振りをし、ふんふんと鼻歌を一つ歌った。まったく、叫んだってこれからの展開は何も変わりはしないのに、無駄が多くて嫌になる。
そうして縄を固定すると、太宰はふむ、と一つ頷いた。男の頸がちょうど線路のレェルの上に乗る位置だ。これが一寸でもずれるといけない。轢かれる部位が大きくなればなるほど、車輪に引っ掛かった死骸がぐちゃぐちゃになる可能性が高くなる。どのみち死ぬのだからその体が如何潰れようが太宰にとっては如何でも良いことだったが、後片付けが面倒臭いのだけはいけなかった。ホームに滑り込んで来た特急列車の車体が血塗れだなんて、それを見た子供などは確実に泣いて了うだろう。知り合いの、子供五人を養っているお人好しの男の姿を脳裏に思い描きながら、太宰は自分の想像に駄目出しをした。首は一瞬で飛び、血は飛沫が散る程度が好ましい。「善し、」これなら好いだろう、と太宰は最終的な位置取りを確認し、時計を見る。特急列車が此処を通るまでには、もう少し時間が在るようだった。
その間にも、男はずっと見苦しく喚き続けている。
「い、嫌だ――死にたくないッ! あれはほんの出来心で――」
「ほんの出来心? ほんの出来心で死ねるなんて、ラッキーだね、君」太宰は再び鉄道橋の縁へひらりと飛び乗った。後は特急列車の来るのを待つだけだ。
ああ、一瞬の苦痛を感じる暇も無く首を飛ばして死ねるなんて、この男は何て幸福なんだろう! 太宰の脳内にちらりと、このまま一緒に心中して了おうか、なんて考えが過る。然し此処で二人仲良く寝転んで列車を待った処で、何方か一方の体が車輪に引っ掛かってもう一方が死に切れない、なんて事態になったら悲惨極まりない。太宰はその考えをそっと胸中に仕舞った。きっちりこの世界から抜け出すのであれば、先ずその確実性を検証すべきだ。今回のこれは、その実験の意味も兼ねていた。
太宰は喚く男を尻目に、ふと眼下に広がる海を見下ろす。遥か下だ。細やかに輝く波の皺も視認出来ないほどに。少なくとも、ポートマフィアの事務所に用意された太宰の部屋から見下ろす地面よりもずっと遠い。太宰と海との間には、それだけの窒素と酸素と二酸化炭素の隔たりが在った。だから、此処から飛び降ることでも、着水の衝撃で頚椎を折るなり、その後に水を呑んで溺れるなりで、容易に命を落とせそうだった。
一歩、踏み出すだけで。このセピア色の乾いた空間から、あんなにも澄んだあおいろに内包される命の一つになれるのなら。
それなら、それも悪くないのかも識れない。
「あ、そうだ」ふと、思い付いたように男を振り返る。「持ち金した金。あれを預けた貸金庫の番号? かな、それを教えて呉れたら、助けてあげても善いよ」
ぷわぁん、と遠くに列車の迫る音がする。線路を伝って轟音が鳴り響く。レェルを伝って直接脳にその音と衝撃を流し込まれる男の目には、迫る車体がギロチンの刃のように映っていることだろう。太宰は列車に煽られて落ちないよう、柱にしっかりと獅噛み付き、もう片方の手を男へと伸ばした。
男は迫り来る列車から目を逸し、その一縷の望みに賭け、四桁の数字を絶叫した。
「――ッ!」
太宰はその唇の動きを読み、至極満足気ににこ、と嗤い――空いた手を、己の耳へと中てた。
「え? 何、聞こえない」
その太宰の仕草から、自分が助からない事実を正しく認識し、男の顔が絶望に染まったのは一瞬だった。
列車が男の頸を覆った。ばしゃ、と血が飛び散った。
太宰は車体が纏う爆風に全身を曝しながら、その音、匂い、男の顔の余韻を噛み締めるように目を閉じた。ばたばたばたと、まるで生き物のように黒色の外套が暴れる。男の体が跳ねて転がる。嗚呼、さようなら幸運な君。せめて違う世界では、莫迦な真似をせずに天寿を全うし給えよ。
ご、と云う音とも付かない音を残し、列車は一瞬の後に通り過ぎた。後に残るは静寂。鴎の声の残響だけが空に返る。
「……嗚呼、本当に佳い天気だ」
そう呟くと、太宰は徐ろに携帯電話を取り出した。
「ああ、もしもし、私。うん、そう。銀行のね、貸金庫。番号は――」先刻、男の口から漏れた番号を伝える。「しくじらないでね。次は無いから」それだけを告げ、ぴ、と終話釦を押す。それから、男――男だったもの、に向き直った。弾き飛ばされ、橋の隅に転がった体は、頸の断面が荒く削り取られている。摩擦の所為か出血はそれほどでもないが、如何せん綺麗とは云い難い。見回すと、処々に肉の欠片が散らばっていた。
「うーん、轢死と云うのも考えものだな」太宰は死骸を突付いて考える。もし自分が線路に寝転がったら。「楽には死ねそうだけど、あんまり綺麗じゃないし。それにとても、煩そうだ」
「そうだな」
突然聞こえた肯定の声に、死体を覗き込んでいた太宰は弾かれたように振り返った。この場に、自分以外の声などする筈が無い。
けれど、其処に静かに立っていた人間を見て、太宰は妙に納得した。自分が気付かなかったことも、その人物が此処に居ることも。
織田作之助。マフィアきっての何でも屋が、相変わらずの茫洋とした表情で其処に立っていた。故意にではないだろうが、彼の経験からだろうか、存外存在する気配が薄い。今にも潮風に混じって、ふっと霧散して了いそうだ。ただ、今、太宰の視界にその姿が入った瞬間から、織田作之助と云う男は強烈な光を放って其処に存在し始めた錯覚が在った。それはまるで、海面に反射した太陽のようなきらきらとした光。眩しさに、太宰は一瞬目を眇める。
その鳶色の瞳が、じっと此方を見ていた。太宰も織田を見た。暫く、互いに無言だった。波の音をBGMにした静寂が流れる。
「如何して君が此処に居るの、織田作?」
先に口を開いたのは、太宰だった。後ろに止められた単車を指し示す。「そんなものまで持ち出して」
「おかしなことを云う。お前が呼んだんだろう、太宰」
「呼んだ? 私が君を?」
覚えが無かった。仮に友人と待ち合わせをするにしても、酒の在る場所か、少なくとも此処よりはもっと交通の便の好い処を指定するくらいの感性は持ち合わせている。
「ああ――」そんな太宰の疑問を気にした様子も無く、織田がこくんと頷く。「正確には、玩具を派手に毀損すから、片付けに人員を一人寄越せと。そう指令が入ったと聞いた」
「それで態々君が来たの」その指令ならば覚えが在った。何しろ死体を片付けたり持って帰ったりだとかはひどく面倒だったから、本部に手配を頼んだのだ。然してっきりもっと下っ端の人間が来るものだと思っていたから、それが織田だったのは意外だった。そこまで考えて、太宰は苦笑する。肩書上は、織田は立派な下っ端だ。「別に、寄越すのは君ほどの男じゃなくとも善かったのに」
「幹部殿の命令だからな」
太宰の不満をさらりと流し、織田は『片付け』を始めた。単車に積んでいた布を下ろし、死骸をぐるっと包んで乗せる。それから眉一つ動かさず、散らばった血糊を拭き取り始める。流石に手際が良い。不殺の主義主張さえ無ければ、この男は本当に何だって、手際良くやってのける筈だった。
「困った」その織田が、微かに眉尻を下げる。「首が見付からない」
「列車に張り付いて行っちゃったんじゃない? 若しくは海に落ちたかだ」
そうかもな、と橋の縁から身を乗り出し、淡々と海を覗き込んだ織田の背中に、太宰は微かに目を細めた。
若し、と太宰は思う。若し、自分がこの場から飛び降りたとしたら、この男はどんな反応を見せるのだろう、と。何時もの冷静さを捨てて、焦って呉れるかな。そうして手を伸ばして呉れるだろうか。
きっとこの愛しい友人は、太宰を助けようとするだろう。太宰にはその確信が在った。そうする織田の姿は、想像に難くない。冷静なように見えて、その実誰よりも熱い感情を内包した男だ。その姿は、瞼の裏に容易に描くことが出来る。セピア色の空間の中で、織田だけが鮮やかな色を纏って太宰へと手を伸ばす。そして足を踏み出した死の淵から、ぐいと引き戻して呉れるのだ。なんて輝かしい未来なんだろう。
「……あれ、」
輝かしい、未来。その言葉を唇に乗せ、初めて太宰は驚愕した。
この褪せた世界から逃げ出す為の手段としてではなく。
未来を夢見る手段として、自殺を試そうとした自分に。
その事実に気が付いた瞬間、ぐら、と眩暈がした。ぐるりと世界が反転する。白が黒に、青が赤に引っ繰り返る感覚が在り、蹌踉けて思わず柱に手を付く。抑え切れない、ひどい吐き気がした。
「……太宰?」
太宰の異変を感じ取ったのか、織田が振り返った。
その瞳に滲むのは、優しい優しい気遣いの色だ。そうして訝しげに眉根を寄せ、此方に手を差し伸べて来る。
「大丈夫か、だざ……」
「来るな!」
気付けば、叫んでいた。此方に手を伸ばす織田を、精一杯ぎろりと睨み付ける。織田は少しだけ驚いたようだったが、それで傷付いた様子は無かった。そのことがまた、太宰の内蔵をぐるりとかき回す。太宰の拒絶を、そうやって何でも無い風に受け入れるのだ、この友人は。
「ごめん、でも、来ないで」その優しい手に触れられたら、自分が如何なって了うのか。それが今は、とてもおそろしかった。「……頼むから、織田作。今は近寄らないで」
出来ることなら、今直ぐにでも真下の海へと飛び込んで了いたかった。海の青に、溶けて無くなって了いたかった。愚かしい夢を抱いた自分を嫌悪した。このまま透明になって、消えて了いたい。けれどそれをすれば、夢を現実へと映すことになる。ぐるぐると纏まらない思考のまま、太宰は首を横へと振る。嫌だった。目の前の男に、浅ましくも救いを求めて了った自分に、如何しようもない吐き気がした。
「……判った。近寄らない」織田が誠実さの滲み出る声で、太宰に云い聞かせるようにこくりと頷いた。太宰を安心させる為か、両手をホールドアップをしている。太宰の乱暴な物云いや拒絶に、腹を立てる素振りも見せない。ただただ、織田は太宰の心配をしていた。それが、判って了うのだ。「だから、太宰、お前が此方に来て呉れ。其処は危ない」
何かを考えられる余裕が無かった。織田に云われるがまま、太宰はよろよろと柱から手を離し、今立っている鉄道橋の縁からひらりと飛び降りた。
いや、飛び降りようとしたのだ。
突風に、足を取られなければ。
「あ、」
自分の体が、宙に投げ出される感覚が在った。
「太宰!」
焦った織田の叫びが聞こえ、咄嗟に声のした方に手を伸ばす。織田と目が合った。それも一瞬だけだった。二人の手が、交差することなくすり抜ける。
太宰はその一瞬で、潔く自分の生を諦めた。助からない。その事実を、すっと抵抗無く受け入れる。きっと罰が中ったのだ。死ぬことではなく、生きることに。織田に救い上げられることに一瞬でも夢を見て了ったから、だから私は死ぬんだろう。嗚呼、この世界は一体何処までいじわるなのか。
けれど、最期に自分の望んで了った光景を見ることが出来て、不思議と満たされた気分だった。太宰は静かに目を閉じる。
落ちて行く中で、友人にぎゅうと抱き締められた感覚が在った。それが現実なのか錯覚なのか、終ぞ確かめることは出来なかった。程なくどぼん、と海に落ち、体と共に意識が沈んだ。
◇ ◇ ◇
次に目の覚めたのは、知らない部屋の中だった。太宰は寝台から身を起こす。
頭と体の節々が、割れるように痛かった。けれど如何してそうなったのか、起きて直ぐには思い出せない。意識がぼんやりとしていて、記憶がひどく曖昧だ。ええと、私は何をしていたのだっけ。
その答えを呉れそうな人物の姿を同じ部屋の中に見つけ、太宰はおださく、とその名を呼んだ。その声に気付いた織田が、驚いたように太宰を振り返る。
「太宰」
表情の変化の乏しい友人が、その一瞬で顔いっぱいに安堵を湛えたことに、太宰はあれ、と首を傾げた。何かそんなに、嬉しいことが在っただろうか?
「ねえ、此処何処? 今何時?」
「此処は俺の部屋だ。今は」織田はちらりと壁にかかったカレンダーを見遣る。「あれから二日と五時間経った、十六時だ」
「私、如何なっちゃってたの?」
「……列車の突風に煽られて、海に落ちたんだ。目が覚めて良かった」
成る程、列車の突風に煽られて。太宰は一人、納得する。
織田がそう云うのであれば、列車の通り過ぎた後の、あれは夢だったに違いない。
目の前の友人に抱いてしまった、あの感情も。
「死体の片付けは?」
「終わった。上に報告もしてある。俺一人だと手が足りなかったから、少し部下を借りた」
「……そう」
我ながら、莫迦な失敗だ。上手く行った轢死体を見て、はしゃぎ過ぎていたに違いない。見られて、そうして回収して呉れたのが、織田作で本当に良かった、と太宰は独り言ちる。これが部下などに見られていようものなら大変だ。
「太宰」
太宰を思考の淵から引き戻すように、織田が名を呼んだ。
「なあに、織田作」
「もう、近寄っても構わないか」
「……如何してそんなこと訊くの? 当たり前じゃない、私たち、友人だろう?」
「……そうだな」
織田が寝台に腰掛ける。ぎしりとスプリングが軋んだ。太宰がぎゅうと目を閉じると、心得たように織田が手を伸ばし、ゆっくりと頭を撫でられる。
労るようなその仕草に、満たされると同時に夢の中の光景と自分の切望が蘇って、何故だかずきりと、胸が痛んだ。
「太宰ッ!」
伸ばした手をすり抜けて、太宰の体が宙に踊った。そのときの私の心情は、云い表すべくもない。背中どころか心臓に、直接氷を差し込まれたようだった。ひやりと全身が冷える。
鉄道橋から落ち、私の視界から消える一瞬前。私が見た太宰の顔は、奇妙に笑っていた。
何時もの、ポートマフィアの幹部としての酷薄な笑みではない。目を閉じたその顔は、まるで希望を胸に抱き、この世に満足したかのような――そんな柔らかな笑みだった。
それを目にした瞬間、決心する。
此処で死なせてなるものか。
「くそッ」
私はジャケットを乱暴に脱ぎ捨て、縁に飛び乗り地面を蹴った。目の前に広がる青に飛び込んで行く。重力に従い落下する太宰より、私の方が少しだけ落ちる速度が早い。何とか太宰の華奢な体を抱き寄せ、抱え込んだ。少しでも着水の衝撃を和らげるよう、空中で藻掻く。せめて、太宰だけでも。そんな私の思考などお構いなしに、どぼん、と叩き付けられるように水に沈んだ。ごぼ、とその衝撃で、肺から空気が零れ出る。
私は水を掻き分け、水面に向かって浮上した。途中、きらきらと透明な水を通って差し込む太陽の光に一瞬目を眇める。その輝きに向かって太宰を押し上げ、次いで自らの息を確保する。服が、包帯が水を吸って重い。絡み付く海水に、体力の奪われる予感がする。
「太宰、」
そう呼び掛けると、げほり、と太宰の口から水が吐き出された。良かった、生きている。このまま岸まで泳げば、太宰を助けることは不可能ではない。
そうして目的地をじっと捉える私の耳に、ぽつりと譫言が聞こえた、気がした。
「……太宰?」
意識が在るのだろうか。波に揉まれながら、私は太宰の薄い唇にそっと耳を寄せた。
「……ごめん、ごめんなさい……」
か細く、幼子のような声が、太宰の口からぽろりと零れ落ちた。私は一瞬、息を詰める。
「望んで了って、ごめんなさい」
その小さな呟きが、一瞬の後に波の合間に溶けて消えた。聞いてはいけない言葉を聞いて了ったかのような、奇妙な罪悪感が私の胸の裡に芽生えた。華奢な体を抱える手に、思わず力が入る。
「……誰も。誰も、お前が何かを望むことを阻害したりしないんだ、太宰」
それを伝える為に。
必ずこの男を助けなければならない、と。私は気力を振り絞り、一際大きく水を掻いた。
遥か眼下に広がるのは、吸い込まれそうな青だった。太宰は思わずふらりと一歩、宙へ踏み出そうとした己の誘惑を何とか裡へと押し留める。その胎内に多くの生命を孕んだ足元の水の名は海と云う。ゆったりと凪いだそれが、降り頻る太陽の光を浴び、きらきらときらめきを空へと散らしている。空もまるで海の青をほんの少し分けて貰ったかのように一色、薄青で、雲がその軽さを示すようにふわふわと泳いでいる。
ずっと橋を地続きに歩いてゆけば在るだろう都会の喧騒も、ぬるい空気に吸い込まれて此処までは届かない。音の無い潮風が、ゆるく頬を撫でて行く。
今、太宰の視界には、目いっぱいに広がる空と海、そして頭上で柔らかく輝く太陽。それしか存在しなかった。
「嗚呼、佳い天気だねえ。ねえ、君もそう思わない!」
太宰は両手を広げ、満面の笑みで振り返った。
線路の上で、がたがたと震える男を。
「た、た、助け……頼む、助けて呉れ……」
太宰はその言葉に首を傾げ、ひらりと今乗っていた鉄道橋の縁から線路の側へと飛び降りた。途端、広がっていた海と空は鉄のワイヤーやら柱やらに遮られ、太宰の体の上に無数の影が落ちる。すいと目を横に向けると、線路のずっと向こう側に、横浜の街が微かに見えた。
「助けて呉れ? おかしなことを云うね」太宰は男に向き直って微笑した。「君は命を賭して、組織の金を持ち逃げした。そして私は、そんな君に敬意を表して潔くその命を散らしてあげるんだよ。この私に幕を引いて貰えるなんて、こんな素晴らしい人生の終わりって無いでしょう?」
男の瞳孔が、恐怖の為に開かれる。汗が滲み、体はぶるぶると小刻みに震えている。そのまま必死に拘束を解こうとするが、手足をぎちりと縛っている縄はその程度ではびくともしない。太宰がそのさまをぼんやりと眺めていると、そのうち体力も段々尽きて来たのか、地を這う芋虫のように藻掻く男の動きが鈍くなる。
太宰はそれを待って、男の頸に掛けられた縄をぐいと引いた。線路の反対側に回り、手頃な突起に縄の一端を括り付ける。体を引き倒された男の悲鳴が聞こえたが、潮風に邪魔されて聞こえない振りをし、ふんふんと鼻歌を一つ歌った。まったく、叫んだってこれからの展開は何も変わりはしないのに、無駄が多くて嫌になる。
そうして縄を固定すると、太宰はふむ、と一つ頷いた。男の頸がちょうど線路のレェルの上に乗る位置だ。これが一寸でもずれるといけない。轢かれる部位が大きくなればなるほど、車輪に引っ掛かった死骸がぐちゃぐちゃになる可能性が高くなる。どのみち死ぬのだからその体が如何潰れようが太宰にとっては如何でも良いことだったが、後片付けが面倒臭いのだけはいけなかった。ホームに滑り込んで来た特急列車の車体が血塗れだなんて、それを見た子供などは確実に泣いて了うだろう。知り合いの、子供五人を養っているお人好しの男の姿を脳裏に思い描きながら、太宰は自分の想像に駄目出しをした。首は一瞬で飛び、血は飛沫が散る程度が好ましい。「善し、」これなら好いだろう、と太宰は最終的な位置取りを確認し、時計を見る。特急列車が此処を通るまでには、もう少し時間が在るようだった。
その間にも、男はずっと見苦しく喚き続けている。
「い、嫌だ――死にたくないッ! あれはほんの出来心で――」
「ほんの出来心? ほんの出来心で死ねるなんて、ラッキーだね、君」太宰は再び鉄道橋の縁へひらりと飛び乗った。後は特急列車の来るのを待つだけだ。
ああ、一瞬の苦痛を感じる暇も無く首を飛ばして死ねるなんて、この男は何て幸福なんだろう! 太宰の脳内にちらりと、このまま一緒に心中して了おうか、なんて考えが過る。然し此処で二人仲良く寝転んで列車を待った処で、何方か一方の体が車輪に引っ掛かってもう一方が死に切れない、なんて事態になったら悲惨極まりない。太宰はその考えをそっと胸中に仕舞った。きっちりこの世界から抜け出すのであれば、先ずその確実性を検証すべきだ。今回のこれは、その実験の意味も兼ねていた。
太宰は喚く男を尻目に、ふと眼下に広がる海を見下ろす。遥か下だ。細やかに輝く波の皺も視認出来ないほどに。少なくとも、ポートマフィアの事務所に用意された太宰の部屋から見下ろす地面よりもずっと遠い。太宰と海との間には、それだけの窒素と酸素と二酸化炭素の隔たりが在った。だから、此処から飛び降ることでも、着水の衝撃で頚椎を折るなり、その後に水を呑んで溺れるなりで、容易に命を落とせそうだった。
一歩、踏み出すだけで。このセピア色の乾いた空間から、あんなにも澄んだあおいろに内包される命の一つになれるのなら。
それなら、それも悪くないのかも識れない。
「あ、そうだ」ふと、思い付いたように男を振り返る。「持ち金した金。あれを預けた貸金庫の番号? かな、それを教えて呉れたら、助けてあげても善いよ」
ぷわぁん、と遠くに列車の迫る音がする。線路を伝って轟音が鳴り響く。レェルを伝って直接脳にその音と衝撃を流し込まれる男の目には、迫る車体がギロチンの刃のように映っていることだろう。太宰は列車に煽られて落ちないよう、柱にしっかりと獅噛み付き、もう片方の手を男へと伸ばした。
男は迫り来る列車から目を逸し、その一縷の望みに賭け、四桁の数字を絶叫した。
「――ッ!」
太宰はその唇の動きを読み、至極満足気ににこ、と嗤い――空いた手を、己の耳へと中てた。
「え? 何、聞こえない」
その太宰の仕草から、自分が助からない事実を正しく認識し、男の顔が絶望に染まったのは一瞬だった。
列車が男の頸を覆った。ばしゃ、と血が飛び散った。
太宰は車体が纏う爆風に全身を曝しながら、その音、匂い、男の顔の余韻を噛み締めるように目を閉じた。ばたばたばたと、まるで生き物のように黒色の外套が暴れる。男の体が跳ねて転がる。嗚呼、さようなら幸運な君。せめて違う世界では、莫迦な真似をせずに天寿を全うし給えよ。
ご、と云う音とも付かない音を残し、列車は一瞬の後に通り過ぎた。後に残るは静寂。鴎の声の残響だけが空に返る。
「……嗚呼、本当に佳い天気だ」
そう呟くと、太宰は徐ろに携帯電話を取り出した。
「ああ、もしもし、私。うん、そう。銀行のね、貸金庫。番号は――」先刻、男の口から漏れた番号を伝える。「しくじらないでね。次は無いから」それだけを告げ、ぴ、と終話釦を押す。それから、男――男だったもの、に向き直った。弾き飛ばされ、橋の隅に転がった体は、頸の断面が荒く削り取られている。摩擦の所為か出血はそれほどでもないが、如何せん綺麗とは云い難い。見回すと、処々に肉の欠片が散らばっていた。
「うーん、轢死と云うのも考えものだな」太宰は死骸を突付いて考える。もし自分が線路に寝転がったら。「楽には死ねそうだけど、あんまり綺麗じゃないし。それにとても、煩そうだ」
「そうだな」
突然聞こえた肯定の声に、死体を覗き込んでいた太宰は弾かれたように振り返った。この場に、自分以外の声などする筈が無い。
けれど、其処に静かに立っていた人間を見て、太宰は妙に納得した。自分が気付かなかったことも、その人物が此処に居ることも。
織田作之助。マフィアきっての何でも屋が、相変わらずの茫洋とした表情で其処に立っていた。故意にではないだろうが、彼の経験からだろうか、存外存在する気配が薄い。今にも潮風に混じって、ふっと霧散して了いそうだ。ただ、今、太宰の視界にその姿が入った瞬間から、織田作之助と云う男は強烈な光を放って其処に存在し始めた錯覚が在った。それはまるで、海面に反射した太陽のようなきらきらとした光。眩しさに、太宰は一瞬目を眇める。
その鳶色の瞳が、じっと此方を見ていた。太宰も織田を見た。暫く、互いに無言だった。波の音をBGMにした静寂が流れる。
「如何して君が此処に居るの、織田作?」
先に口を開いたのは、太宰だった。後ろに止められた単車を指し示す。「そんなものまで持ち出して」
「おかしなことを云う。お前が呼んだんだろう、太宰」
「呼んだ? 私が君を?」
覚えが無かった。仮に友人と待ち合わせをするにしても、酒の在る場所か、少なくとも此処よりはもっと交通の便の好い処を指定するくらいの感性は持ち合わせている。
「ああ――」そんな太宰の疑問を気にした様子も無く、織田がこくんと頷く。「正確には、玩具を派手に毀損すから、片付けに人員を一人寄越せと。そう指令が入ったと聞いた」
「それで態々君が来たの」その指令ならば覚えが在った。何しろ死体を片付けたり持って帰ったりだとかはひどく面倒だったから、本部に手配を頼んだのだ。然してっきりもっと下っ端の人間が来るものだと思っていたから、それが織田だったのは意外だった。そこまで考えて、太宰は苦笑する。肩書上は、織田は立派な下っ端だ。「別に、寄越すのは君ほどの男じゃなくとも善かったのに」
「幹部殿の命令だからな」
太宰の不満をさらりと流し、織田は『片付け』を始めた。単車に積んでいた布を下ろし、死骸をぐるっと包んで乗せる。それから眉一つ動かさず、散らばった血糊を拭き取り始める。流石に手際が良い。不殺の主義主張さえ無ければ、この男は本当に何だって、手際良くやってのける筈だった。
「困った」その織田が、微かに眉尻を下げる。「首が見付からない」
「列車に張り付いて行っちゃったんじゃない? 若しくは海に落ちたかだ」
そうかもな、と橋の縁から身を乗り出し、淡々と海を覗き込んだ織田の背中に、太宰は微かに目を細めた。
若し、と太宰は思う。若し、自分がこの場から飛び降りたとしたら、この男はどんな反応を見せるのだろう、と。何時もの冷静さを捨てて、焦って呉れるかな。そうして手を伸ばして呉れるだろうか。
きっとこの愛しい友人は、太宰を助けようとするだろう。太宰にはその確信が在った。そうする織田の姿は、想像に難くない。冷静なように見えて、その実誰よりも熱い感情を内包した男だ。その姿は、瞼の裏に容易に描くことが出来る。セピア色の空間の中で、織田だけが鮮やかな色を纏って太宰へと手を伸ばす。そして足を踏み出した死の淵から、ぐいと引き戻して呉れるのだ。なんて輝かしい未来なんだろう。
「……あれ、」
輝かしい、未来。その言葉を唇に乗せ、初めて太宰は驚愕した。
この褪せた世界から逃げ出す為の手段としてではなく。
未来を夢見る手段として、自殺を試そうとした自分に。
その事実に気が付いた瞬間、ぐら、と眩暈がした。ぐるりと世界が反転する。白が黒に、青が赤に引っ繰り返る感覚が在り、蹌踉けて思わず柱に手を付く。抑え切れない、ひどい吐き気がした。
「……太宰?」
太宰の異変を感じ取ったのか、織田が振り返った。
その瞳に滲むのは、優しい優しい気遣いの色だ。そうして訝しげに眉根を寄せ、此方に手を差し伸べて来る。
「大丈夫か、だざ……」
「来るな!」
気付けば、叫んでいた。此方に手を伸ばす織田を、精一杯ぎろりと睨み付ける。織田は少しだけ驚いたようだったが、それで傷付いた様子は無かった。そのことがまた、太宰の内蔵をぐるりとかき回す。太宰の拒絶を、そうやって何でも無い風に受け入れるのだ、この友人は。
「ごめん、でも、来ないで」その優しい手に触れられたら、自分が如何なって了うのか。それが今は、とてもおそろしかった。「……頼むから、織田作。今は近寄らないで」
出来ることなら、今直ぐにでも真下の海へと飛び込んで了いたかった。海の青に、溶けて無くなって了いたかった。愚かしい夢を抱いた自分を嫌悪した。このまま透明になって、消えて了いたい。けれどそれをすれば、夢を現実へと映すことになる。ぐるぐると纏まらない思考のまま、太宰は首を横へと振る。嫌だった。目の前の男に、浅ましくも救いを求めて了った自分に、如何しようもない吐き気がした。
「……判った。近寄らない」織田が誠実さの滲み出る声で、太宰に云い聞かせるようにこくりと頷いた。太宰を安心させる為か、両手をホールドアップをしている。太宰の乱暴な物云いや拒絶に、腹を立てる素振りも見せない。ただただ、織田は太宰の心配をしていた。それが、判って了うのだ。「だから、太宰、お前が此方に来て呉れ。其処は危ない」
何かを考えられる余裕が無かった。織田に云われるがまま、太宰はよろよろと柱から手を離し、今立っている鉄道橋の縁からひらりと飛び降りた。
いや、飛び降りようとしたのだ。
突風に、足を取られなければ。
「あ、」
自分の体が、宙に投げ出される感覚が在った。
「太宰!」
焦った織田の叫びが聞こえ、咄嗟に声のした方に手を伸ばす。織田と目が合った。それも一瞬だけだった。二人の手が、交差することなくすり抜ける。
太宰はその一瞬で、潔く自分の生を諦めた。助からない。その事実を、すっと抵抗無く受け入れる。きっと罰が中ったのだ。死ぬことではなく、生きることに。織田に救い上げられることに一瞬でも夢を見て了ったから、だから私は死ぬんだろう。嗚呼、この世界は一体何処までいじわるなのか。
けれど、最期に自分の望んで了った光景を見ることが出来て、不思議と満たされた気分だった。太宰は静かに目を閉じる。
落ちて行く中で、友人にぎゅうと抱き締められた感覚が在った。それが現実なのか錯覚なのか、終ぞ確かめることは出来なかった。程なくどぼん、と海に落ち、体と共に意識が沈んだ。
◇ ◇ ◇
次に目の覚めたのは、知らない部屋の中だった。太宰は寝台から身を起こす。
頭と体の節々が、割れるように痛かった。けれど如何してそうなったのか、起きて直ぐには思い出せない。意識がぼんやりとしていて、記憶がひどく曖昧だ。ええと、私は何をしていたのだっけ。
その答えを呉れそうな人物の姿を同じ部屋の中に見つけ、太宰はおださく、とその名を呼んだ。その声に気付いた織田が、驚いたように太宰を振り返る。
「太宰」
表情の変化の乏しい友人が、その一瞬で顔いっぱいに安堵を湛えたことに、太宰はあれ、と首を傾げた。何かそんなに、嬉しいことが在っただろうか?
「ねえ、此処何処? 今何時?」
「此処は俺の部屋だ。今は」織田はちらりと壁にかかったカレンダーを見遣る。「あれから二日と五時間経った、十六時だ」
「私、如何なっちゃってたの?」
「……列車の突風に煽られて、海に落ちたんだ。目が覚めて良かった」
成る程、列車の突風に煽られて。太宰は一人、納得する。
織田がそう云うのであれば、列車の通り過ぎた後の、あれは夢だったに違いない。
目の前の友人に抱いてしまった、あの感情も。
「死体の片付けは?」
「終わった。上に報告もしてある。俺一人だと手が足りなかったから、少し部下を借りた」
「……そう」
我ながら、莫迦な失敗だ。上手く行った轢死体を見て、はしゃぎ過ぎていたに違いない。見られて、そうして回収して呉れたのが、織田作で本当に良かった、と太宰は独り言ちる。これが部下などに見られていようものなら大変だ。
「太宰」
太宰を思考の淵から引き戻すように、織田が名を呼んだ。
「なあに、織田作」
「もう、近寄っても構わないか」
「……如何してそんなこと訊くの? 当たり前じゃない、私たち、友人だろう?」
「……そうだな」
織田が寝台に腰掛ける。ぎしりとスプリングが軋んだ。太宰がぎゅうと目を閉じると、心得たように織田が手を伸ばし、ゆっくりと頭を撫でられる。
労るようなその仕草に、満たされると同時に夢の中の光景と自分の切望が蘇って、何故だかずきりと、胸が痛んだ。
「太宰ッ!」
伸ばした手をすり抜けて、太宰の体が宙に踊った。そのときの私の心情は、云い表すべくもない。背中どころか心臓に、直接氷を差し込まれたようだった。ひやりと全身が冷える。
鉄道橋から落ち、私の視界から消える一瞬前。私が見た太宰の顔は、奇妙に笑っていた。
何時もの、ポートマフィアの幹部としての酷薄な笑みではない。目を閉じたその顔は、まるで希望を胸に抱き、この世に満足したかのような――そんな柔らかな笑みだった。
それを目にした瞬間、決心する。
此処で死なせてなるものか。
「くそッ」
私はジャケットを乱暴に脱ぎ捨て、縁に飛び乗り地面を蹴った。目の前に広がる青に飛び込んで行く。重力に従い落下する太宰より、私の方が少しだけ落ちる速度が早い。何とか太宰の華奢な体を抱き寄せ、抱え込んだ。少しでも着水の衝撃を和らげるよう、空中で藻掻く。せめて、太宰だけでも。そんな私の思考などお構いなしに、どぼん、と叩き付けられるように水に沈んだ。ごぼ、とその衝撃で、肺から空気が零れ出る。
私は水を掻き分け、水面に向かって浮上した。途中、きらきらと透明な水を通って差し込む太陽の光に一瞬目を眇める。その輝きに向かって太宰を押し上げ、次いで自らの息を確保する。服が、包帯が水を吸って重い。絡み付く海水に、体力の奪われる予感がする。
「太宰、」
そう呼び掛けると、げほり、と太宰の口から水が吐き出された。良かった、生きている。このまま岸まで泳げば、太宰を助けることは不可能ではない。
そうして目的地をじっと捉える私の耳に、ぽつりと譫言が聞こえた、気がした。
「……太宰?」
意識が在るのだろうか。波に揉まれながら、私は太宰の薄い唇にそっと耳を寄せた。
「……ごめん、ごめんなさい……」
か細く、幼子のような声が、太宰の口からぽろりと零れ落ちた。私は一瞬、息を詰める。
「望んで了って、ごめんなさい」
その小さな呟きが、一瞬の後に波の合間に溶けて消えた。聞いてはいけない言葉を聞いて了ったかのような、奇妙な罪悪感が私の胸の裡に芽生えた。華奢な体を抱える手に、思わず力が入る。
「……誰も。誰も、お前が何かを望むことを阻害したりしないんだ、太宰」
それを伝える為に。
必ずこの男を助けなければならない、と。私は気力を振り絞り、一際大きく水を掻いた。
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