【再録】ダブルキャストにはなれない




 酒は飲むものでしょう、呑まれるなんて莫迦の極みだよと、普段から散々っぱら宣っていたのは一体誰だったのか。
「おら太宰、手前何を酔い潰れていやがる」
 肩に担いだ体、ふと横を向けば触れられそうな口からは、酒臭い吐息が溢れている。足元はふらふらと千鳥足だ。これが女で、それを家まで送っていく道中だったのであれば未だ可愛げが有るなと幾らか加点したかも知れないが、然しこれは太宰で、行き先は俺達二人の共有するセーフハウスだった。浪漫も糞も無い。減点がマイナスを突き抜けて見えなくなる。
 地を這う俺の機嫌に反し、夜の海の匂いのする風が随分と心地良い。俺達に中ってはゆるりと港を抜けていく。
 抗争の、祝勝会の帰り道だった。太宰の功績が大きかったことを理由に、周囲の人間は挙って太宰に飲ませたがった。未だ体の成熟していない幹部候補を酔い潰すことに依って、安心したかったのだろう。それくらいしか、太宰に勝てる要素が無かったから。
 太宰も止せば善いのに勧められるがままに飲み、最後には足腰が立たなくなっていたから仕方無く俺が連れ帰ることになったのだ。とばっちりもいい処だった。
 俺達は異能の特性上、已むを得ず相棒をしているだけだ。此奴に死なれたら俺の価値が薄れるから、渋々。なのに何で。
 そうしている間にも、太宰がふらりと足を滑らせる。ぐい、と太宰の側に重みが掛かる。その方向は港だ。暗い波の打ち寄せる。俺は慌てて太宰の体を引き寄せた。幹部候補ともあろう者が、この体たらく。
「おい、落ちるだろうが!」
「大丈夫だよぉ……」
「大丈夫じゃねえから云ってんだよ! 手前の立場も弁えず前後不覚に酔い潰れやがって、襲われでもしたら如何すんだ? 幹部候補の自覚を持ちやがれ……」
 大体手前は何時も何時も、と懇々と云い聞かせようとした俺の言葉は、然し太宰の一言で遮られた。
「善いでしょ、別に……」
「あ?」
 むにゃ、と漏らされた一言は完全に無意識だったんだろう。
 これほどまでに酒に酔っていなければ――或いはこれほどまでに夜も更けた時間帯でなければ、太宰治は正気を保っていた筈だったし、そんな言葉は吐かない筈だった。
 太宰が俺に隙を見せたのは、後にも先にもその一度きりだ。

 殻の剥がれた太宰の内心が、ぽろっと一言転がり落ちる。
「中也が居るから、善いじゃない……」
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