2015.05.17 文豪傑作選無配

(2015/05/18)


探偵社編
「慰安旅行だ!」
 誰共作しにそう云ったのが、国木田独歩の受難の幕開けだった。
「予算内であれば、宿の選定はお前に一任する。国木田」
 そう、福沢社長に名誉ある任務――武装探偵社の慰安旅行における宿泊先選定――を任され、手帳を片手に各々の希望を聞いて回ったところ。
「自然の豊かな処が良いですねえ」
「出来れば、その、虎化してしまったときの為に念の為ペット同伴可の処にして頂けると……」
「えっじゃあミィちゃんも連れて行っても善いですか!?」
「はいはーい! 僕とっておきの難事件が起きそうな処が良い!」
「妾も乱歩さんに賛成だ。出るのが死人じゃなく重傷人ならもっとイイよ」
「温泉は男女混浴が良いですわ」
「寝所は男女別の処でお願いします国木田さン! 後生ですから!」
「あら兄様、普通寝所は別でしてよ?それともそんなにナオミと……兄様ったら、何も旅行先でまで……♡」
「出来れば男子部屋と女子部屋の間に先生の部屋を挟ンで下さい!」
「修学旅行か」
「……湯豆府」
 皆好き勝手なことを云う。思わずツッコミも入ると云うものだ。
「……ふふふ」
 然し国木田独歩はそんなことでは挫けない。伊達に武装探偵社員を長くやっている訳ではないのだ。
 開いたのは或るウェブサイト。
「見付けた」
 探し当てたのだ。山中で、動物同伴可で、『黒死荘』等と云う凡そ営業には向いていなさそうなおどろおどろしい名前の、夜の食事のメニュウに湯豆府の出る宿を、予算内で! 殺人事件は――時の運に任せるしか無い。否、起きないに越したことは無いのだが。
 会心の心持ちで電話を掛ける。
『来週ですか? 申し訳御座いません。その日は団体の御客様がいらっしゃってて、満室でして……』
 国木田独歩は敢え無く撃沈した。
「無理だ……」
 そのとき、崩れ落ちた国木田の前に颯爽と現れる人物が居た。太宰だ。
「酷いよ国木田君、私に宿の希望を訊きに来て呉れなかったでしょう! 皆で楽しそうなことして! あ、因みに私は一緒に心中して呉れる若い女将さんの居る宿が良いな♡ 見付かった?」
「……お」
「お?」
 国木田は、キレた。
「お前も探せ――っ!」



マフィア編
「いやあ、然し一週間前だったのに、善くこんな良い宿が取れたねえ」
「チュウヤえらい。褒めてあげる」
「光栄です」
 そんな慰安旅行先の宿内で――立原道造は立ち尽くしていた。何しろ便所周りの電灯が選りにも選って凡て切れていると云うのだ。こんな不運は無い。
「夜だから本当こえーんだって!」
「然し私は酔い潰れたこの男を部屋まで連れ帰らねばなるまい? それとも自立出来るか、梶井君」
「出来ます! 紡錘型なら! ヒック」
「恐らく無理だろうな」
 ジイさんは駄目かと立原は舌を打つ。誰か他に小便に連れて行けそうな奴は。
「銀の野郎は何処行ったんだよ!」
「銀君なら樋口君と共に女風呂だが」
「……はァ!?」
 ――結局一人で便所へと向かったが、立原の頭は恐怖より疑念で一杯だった。
 銀が女風呂? 男が女風呂を訪れる理由等一つしかない。覗きだ。あの野郎、そう云うの興味無い振りして実はむっつりだったのか。然し姐さんなら止めそうなものだ。あのひとは芥川の兄人の事以外には冷静だから、……真逆。
「芥川の兄人が……実は女……!?」
「恨めしや……」
「のわぁっ!?」
 脇から聞こえてきた怨霊もかくやの声にびくりと体を震わせる。女の声だ。恐る恐る廊下の隅を覗き込むと。
「鏡花が居らぬなど……恨めしい……」
「……」
 怨霊のように蹲る尾崎紅葉が居た。
 聞かなかったことにした。
 まぁホームシックは誰にでもあることだし。
「て云うか怖過ぎだろ……」
 真っ暗な中を手探りで進む。便所は何処だ。そろそろ尿意がヤバい。然し先刻から暗過ぎないか? まるで廊下の先が別世界に続いているような――。
「きゃああああ!!」
「あああああ今度は何だよ!?」
 正面からぶつかってきた生き物を咄嗟に抱き留める。危うくチビる処だったが辛うじてセーフ。触る。子供か?
「あうう……立原さぁん……」
「なんだQかよ……」
 然しどうも様子がおかしい。普段の生意気な面は鳴りを潜め、ぱくぱくと涙目で廊下の向こうを指差している。
「ん? 其処になんかあんのか――」
 云いながら角を覗き込んだ。
 のっぺりとした大男が其処には居た。
「……あ?」
 その男の黒々とした目から。
 にゅっと人ならざるものの手が生え、此方に手招きするのを目にし――。
 立原道造は今度こそ気を失った。 



組合編
「遅かったじゃないか、ラヴクラフト」
「子供に……泣かれた……」
「What?」
 帰って来るなり何故か悲しげなラヴクラフトの肩を、スタインベックは「?」と思いながらもぽん、と叩く。一方で宴会場は対照的な賑わいを見せていた。
「今日は凡て俺の奢りだ! 慰安旅行だからな、存分に食べて飲み給え諸君!」
「でも団長ぉこれお酒じゃなくない?」
「良い質問だトウェイン君! 凡てオレンジジュースにした! 何故なら明日車を運転する俺が飲めないからだ!」
「僕等巻き添えじゃないか! 横暴!」
 ま、僕は良いケド~とトムとハック用のコップを出すトウェインの頭をホーソーンが軽くはたく。
「良い訳無いでしょう。フィッツジェラルド様、貴方真逆これで我々の労が労えると、真逆本気でお思いで?」
「おや牧師殿の目が珍しく据わって」
「当たり前でしょう! 此度の遠征でどれほど心的負担があったと!? 飲まなければやっていられませんよ!」
「Wow、ウォッカが無いと荒れる彼を思い出す暴れっぷりだ! 良いな!」
 遠く離れた露西亜の地で、地下組織の頭目がくしゃみをしていたことは彼等には知る由も無いことである。
「あら、そう云えばポオさんは何方に?」
 珍しい対戦カードの乱闘の脇で、モンゴメリはその質問をミッチェルへと向けた。良かった。彼女は普段通りだ。
「明日も早いとお休みに。未だ九時ですのにとんだご老体ですわ!」
 ふだ……普段通り? 見ればオレンジジュースをぐいと煽るその仕草は完全に麦酒を煽るときのそれだ。ぎろりと睨みに凄みがある。「おかわりは未だかしら!?」触らぬ神に祟り無しだ。
 そう肩を竦めたモンゴメリに、ぐったりと眼鏡の女性が寄り掛かって来る。
「オルコットさん? 如何かして?」
「ふへへ……ルーシーちゃん……無理ですぅ私アルコール弱くってぇ……」
「入ってないわよアルコール!?」
 唯一普段通りそうなメルヴィルに一声断って、モンゴメリは何故か酔っている彼女を連れ出す。ええと、夜風に中れる場所は。探そうとしたその途中。
「やあ美しいお嬢さん方! 如何だろう、私と心中しては呉れないだろうか!」
 ばたりと不審過ぎる男に遭遇した。なぁにこの人、お薬でもやっているのかしら。胡乱げに見た、その後ろから。
「太宰さんってば、他のお客さんに迷惑掛けちゃ駄目ですよ……」
 そう云って姿を現したのは、見覚えの有る虎の少年だった。思わぬ再会に「あ」と二人の声が重なる。
「君は!」「貴方は――!」
1/1ページ
    スキ