無色透明の恋
(2015/03/21)
「入るぞ」
かつ、と靴音を鳴らし、無遠慮に扉を開けた。ノックはしない。したってどうせ、うんとかすんとか、そう云った有用な応えが返ってこないことはここ数日の経験上判り切っている。
部屋に入ると案の定、部屋の真ん中には蹲る黒い塊がまんじりともせず存在していた。自分の部屋なのだから中原が無断で入ったことに対し抗議の一つでもして見せれば善いものを、それを咎めるどころか気に留める様子さえ見せない。ただ茫洋と、その黒衣の真ん中から覗く黒玉の瞳が宙を彷徨っている。
「芥川」
その名を呼ぶ。すると中原の声に呼応するかのように、黒い目玉がぎょろりと此方を向く。その視線に覇気は無い。ただ中原を見るだけだ。見て、それからその男が自分の上司に中る人間だと認識したのか、しゅるしゅると全身に纏っていた黒衣を解く。後には濡れた鼠のように、嵩の収まった痩身がひとつ。部屋の光を奪っていた黒の割合は減ったものの、それでも部屋全体がまるで梅雨時の地下室のようにじめじめとしていて、中原はあからさまに顔を顰めた。湿度が一定以上を超えると、人間の不快指数は跳ね上がる。
濡れた鼠――芥川が、口を開いた。
「中原さん……。何用か」
数日間、口を利いていない人間の声だった。上手く発声が出来ないのか、嗄れ、喉に引っかかったように引き攣れたその言葉は、何度かのごほごほと云う咳と一緒に億劫げに吐き出される。
「いや、『何用か』じゃねえよ。任務だ」
にんむ、と。ぽつりと言葉を覚えたての子供よりも辿々しい声音に、苛々と神経が掻き乱される。中原はばさ、と持っていた資料を乱暴に床に叩き付けた。紙を追って下へと向けられたその目は、何処までも暗く淀んで濁っている。生気がまるで感じられない。打っても響かないし、話し掛けたって反応が無いのだ。幾らマフィア一の温厚を自称する中原とて、我慢の限界が有った。
「……何時まで呆けてやがる。もう二週間だぜ」
太宰が、居なくなってから。
中原はそう、揶揄するように吐き出した。皮肉、或いは遠回しな嫌味だ。だと云うのに、芥川は言外に少しだけ元上司の存在を見出したのか、目に幾分かの光を取り戻して中原を見上げた。もう二週間。そろそろ、あの人が帰ってくる頃なのではないですか、と。
そんな訳が在る筈も無いのに。
現実を受け入れずに都合のいい世界にばかり引き篭もる。
だったらその幻想を叩き壊すのが中原の仕事だった。「おら、起きろ。こんなとこで燻ってても彼奴はもう戻って来ねえよ」乱暴に腕を掴んで立ち上がらせると、明らかな落胆の色が見えた。その細腕は骨が軋んで今にも折れてしまいそうだ。何も食べていないような感触。実際そうなんだろう。太宰が居なけりゃ満足に飯も食えないなんて如何かしている。生まれたての雛でもまだ積極的に生きているってのに。
「僕は起きております」
「屁理屈はいい。目が開いてても動けて使えなきゃ死体と同じだ」
「……動く気分ではありません」
「そうか? なら生きていたい気分でもねえだろ? もう死んじまえよ」
その強い語調に、芥川はぎょっとした様子で中原を見た。その目に、はっきりと中原を捉えた。その仕草がなんだかひどく可笑しくて、中原は口元を歪めて笑う。芥川の硝子のような目の中に映った自分の顔が、思いの外疲れて見える。今のささくれ立った気分にはなんだかそれさえ可笑しい。「気分で手前の行動の凡てが決まるんなら、手前は今から其処の窓をぶち破って飛び降りなきゃならない」その筈だ、と半ば云い聞かせるように口にする。掴んだ手首を握り締めると、「いたいです」と芥川は顔を顰めた。痛い? 未だ痛みを感じる余裕が有ったらしい。いいことだ。中原は笑った。痛いと云うことは生きてると云うことで、生きてると云うことは死ねると云うことだ。
「彼奴の大好きな自殺だ。若しかしたら手前のことを棄てて行った彼奴でも、焼香くらいは上げに来て呉れるかも知れねえぜ」
若しくは墓石を蹴っ飛ばしに来て呉れるかも、だ。さんざ彼奴が死にたい死にたいと願っていた自死に、この子供が先に成功してしまったら、果たして彼奴はどんな顔をするだろうか? 芥川のことを出来が悪い出来が悪いと罵っていた彼奴のことだ、きっと怒り狂って墓を暴いて、ねえ君一体誰の許可を得て私より先に死んでいる訳、と芥川の残骸を掻き抱くんだろう。しおらしく焼香なんぞ上げるより、そっちの方が余程しっくり来た。それはそれで愉快な嫌がらせだ。
マフィアを抜けた、彼奴への最高の嫌がらせ。
「我ながらいいアイデアだ。なんだったら俺が自殺に見せかけて殺してやろうか」
云いながら、骨と皮で構成されているその細い頸に手を掛ける。とくとくと、微かに波打つ鼓動に芥川が未だ生きていることを中原に訴える。抵抗するでもなく、然し苦しげに歪められる顔が滑稽だ。絞める必要も無く、ぽきりと折ってしまえばそれで済む。一発だ。
然し芥川は、その言葉を聞いてなどいなかった。もう中原の方を見もしない。中原の殺意を、意にも介さない。
「……僕は、棄てられたのでしょうか」
その目は、ただ一点、太宰治のみを追っていた。太宰を追いながら、その手は中原へと縋ってくる。頸に這わせた腕に、芥川の体温の無い指が絡まってくる。求めているのはその手の中のものではないのだろうに、鬱陶しいことこの上無い。
「僕が、使えないから、太宰さんは此処を出て行ったのでしょうか……」
「自惚れんな」
ぴしゃりと云い放って芥川の体を投げ棄てる。今から自分を殺そうとしている相手を見ようともしないとはどう云うことだ。
愚の骨頂。気が変わった。殺す気がすっと失せてしまう。代わりに苛立ちは刺のような悪意として次の言葉に含ませる。
「彼奴がマフィアを裏切った理由に、手前はこれっぽっちも入ってねえよ」
云いながら瞑目する。
そう。
中原も、芥川も。
関係が無い。
次の瞬間、中原の立っていた位置に羅生門が突き刺さった。不意打ちに、中原は一歩下がってその攻撃を交わす。
見れば芥川は、怒りにかっと頭に血が上らせたようだった。反射的に羅生門を発動させたらしい、病人よろしく青褪めていた白い頬が鮮やかに紅潮している。
然しそれも僅か一瞬のこと。
「あ……」
やってしまった、とその表情がありありと物語っている。
「……へえ。いーい度胸だ」
敵意を示すなら容赦する積りは無かった。間髪入れず拳を握り込み、芥川の腹に叩き込む。防御する暇も無かったろう、蛙の引き潰れたような声が漏れ出た。少し遅れて今度は身を守る為に発動された羅生門を、重力操作で歪めて潰す。外套を操る能力だろうが、空間を断絶する能力だろうが、空間自体を歪めれば呆気無いほどにその威力を失くす。羅生門を潰し、その勢いのまま反応し切れていない芥川の痩身を少し手加減して蹴り飛ばすと、軽々と吹き飛んだ体は壁に叩き付けられ、そのまま鈍い呻き声を上げて崩れ落ちた。ひゅうひゅうと、苦しげな息が聞こえる。
本気で蹴ると死ぬだろうからと、手加減してやったんだから感謝しろよ。
「却説二回殴って五発撃つ……だったか?」
うんうん、と頷いて銃を抜く。芥川が身動いだのが判った、が、そんなものは知ったことではない。撃鉄を起こし、ぱん、と鉛弾を叩き込む。一、二、三、四。かしゃん。弾切れ。
「中原さ……っ」
「ああ、一発足りねえよな」
悲鳴のような声に応えて、弾を凡て込め最後の一発を撃ち込んだ。くの字に折れ曲がっていた芥川の体が引っ繰り返る。如何だろう、今度こそ死んだだろうかと歩み寄ってみれば、途中でぽたぽたと外套から弾丸を排出したから、如何やら上手く絡め取ったらしい。虫の息で、でも芥川は生きていた。
「如何だよ?」
ぜいぜいと、蹲る黒い塊に声を向ける。少しの期待を込めて。
「気分は如何だ」
「……違う」切れ切れの吐息から、絞り出されるのは否定の声。「貴方じゃない」
「……ああ、そうかよ」
それは中原の望んでいた答えではなかった。残念だ。中原は銃を仕舞って踵を返す。
「却説、任務は二時間後だ。それまでに動けるようにしておけよ。俺なんかに仕置きして欲しくなきゃあな」
元々、用件は任務を伝えに来ただけだ。少し戯れに試してみただけ。成果など、元より期待していない。
「……貴方だって、そうでしょう」
そう立ち去ろうとした中原の背を、芥川の声が引き止める。
「……あァ?」
「貴方だって、違うのでしょう」
瞬間、頭が真っ白になる。振り返ると同時に撃鉄を起こし、残りの五発全弾を今度は殺す気で撃ち込んだ。かしゃん、とシリンダーの回り切る音。一瞬の静寂の後、弾丸を咄嗟に防いだ芥川の呻き声を聞き、少し冷静さを取り戻す。
「……知った風な口を利くんじゃねえよ。俺は手前とは違う」
そう、芥川の指摘はてんで的外れだ。中原は太宰に依存してなどいない。太宰が居なくとも、中原の凡てに支障は無い。
ただひとつ、あの男に心酔した男の処遇を除いては。
「……かわいそうにな」
誰共作しに、ぽつりと中原は独り言ちた。
それこそお互い様だと云うように、芥川の瞳が中原を捉えて揺れた。
「入るぞ」
かつ、と靴音を鳴らし、無遠慮に扉を開けた。ノックはしない。したってどうせ、うんとかすんとか、そう云った有用な応えが返ってこないことはここ数日の経験上判り切っている。
部屋に入ると案の定、部屋の真ん中には蹲る黒い塊がまんじりともせず存在していた。自分の部屋なのだから中原が無断で入ったことに対し抗議の一つでもして見せれば善いものを、それを咎めるどころか気に留める様子さえ見せない。ただ茫洋と、その黒衣の真ん中から覗く黒玉の瞳が宙を彷徨っている。
「芥川」
その名を呼ぶ。すると中原の声に呼応するかのように、黒い目玉がぎょろりと此方を向く。その視線に覇気は無い。ただ中原を見るだけだ。見て、それからその男が自分の上司に中る人間だと認識したのか、しゅるしゅると全身に纏っていた黒衣を解く。後には濡れた鼠のように、嵩の収まった痩身がひとつ。部屋の光を奪っていた黒の割合は減ったものの、それでも部屋全体がまるで梅雨時の地下室のようにじめじめとしていて、中原はあからさまに顔を顰めた。湿度が一定以上を超えると、人間の不快指数は跳ね上がる。
濡れた鼠――芥川が、口を開いた。
「中原さん……。何用か」
数日間、口を利いていない人間の声だった。上手く発声が出来ないのか、嗄れ、喉に引っかかったように引き攣れたその言葉は、何度かのごほごほと云う咳と一緒に億劫げに吐き出される。
「いや、『何用か』じゃねえよ。任務だ」
にんむ、と。ぽつりと言葉を覚えたての子供よりも辿々しい声音に、苛々と神経が掻き乱される。中原はばさ、と持っていた資料を乱暴に床に叩き付けた。紙を追って下へと向けられたその目は、何処までも暗く淀んで濁っている。生気がまるで感じられない。打っても響かないし、話し掛けたって反応が無いのだ。幾らマフィア一の温厚を自称する中原とて、我慢の限界が有った。
「……何時まで呆けてやがる。もう二週間だぜ」
太宰が、居なくなってから。
中原はそう、揶揄するように吐き出した。皮肉、或いは遠回しな嫌味だ。だと云うのに、芥川は言外に少しだけ元上司の存在を見出したのか、目に幾分かの光を取り戻して中原を見上げた。もう二週間。そろそろ、あの人が帰ってくる頃なのではないですか、と。
そんな訳が在る筈も無いのに。
現実を受け入れずに都合のいい世界にばかり引き篭もる。
だったらその幻想を叩き壊すのが中原の仕事だった。「おら、起きろ。こんなとこで燻ってても彼奴はもう戻って来ねえよ」乱暴に腕を掴んで立ち上がらせると、明らかな落胆の色が見えた。その細腕は骨が軋んで今にも折れてしまいそうだ。何も食べていないような感触。実際そうなんだろう。太宰が居なけりゃ満足に飯も食えないなんて如何かしている。生まれたての雛でもまだ積極的に生きているってのに。
「僕は起きております」
「屁理屈はいい。目が開いてても動けて使えなきゃ死体と同じだ」
「……動く気分ではありません」
「そうか? なら生きていたい気分でもねえだろ? もう死んじまえよ」
その強い語調に、芥川はぎょっとした様子で中原を見た。その目に、はっきりと中原を捉えた。その仕草がなんだかひどく可笑しくて、中原は口元を歪めて笑う。芥川の硝子のような目の中に映った自分の顔が、思いの外疲れて見える。今のささくれ立った気分にはなんだかそれさえ可笑しい。「気分で手前の行動の凡てが決まるんなら、手前は今から其処の窓をぶち破って飛び降りなきゃならない」その筈だ、と半ば云い聞かせるように口にする。掴んだ手首を握り締めると、「いたいです」と芥川は顔を顰めた。痛い? 未だ痛みを感じる余裕が有ったらしい。いいことだ。中原は笑った。痛いと云うことは生きてると云うことで、生きてると云うことは死ねると云うことだ。
「彼奴の大好きな自殺だ。若しかしたら手前のことを棄てて行った彼奴でも、焼香くらいは上げに来て呉れるかも知れねえぜ」
若しくは墓石を蹴っ飛ばしに来て呉れるかも、だ。さんざ彼奴が死にたい死にたいと願っていた自死に、この子供が先に成功してしまったら、果たして彼奴はどんな顔をするだろうか? 芥川のことを出来が悪い出来が悪いと罵っていた彼奴のことだ、きっと怒り狂って墓を暴いて、ねえ君一体誰の許可を得て私より先に死んでいる訳、と芥川の残骸を掻き抱くんだろう。しおらしく焼香なんぞ上げるより、そっちの方が余程しっくり来た。それはそれで愉快な嫌がらせだ。
マフィアを抜けた、彼奴への最高の嫌がらせ。
「我ながらいいアイデアだ。なんだったら俺が自殺に見せかけて殺してやろうか」
云いながら、骨と皮で構成されているその細い頸に手を掛ける。とくとくと、微かに波打つ鼓動に芥川が未だ生きていることを中原に訴える。抵抗するでもなく、然し苦しげに歪められる顔が滑稽だ。絞める必要も無く、ぽきりと折ってしまえばそれで済む。一発だ。
然し芥川は、その言葉を聞いてなどいなかった。もう中原の方を見もしない。中原の殺意を、意にも介さない。
「……僕は、棄てられたのでしょうか」
その目は、ただ一点、太宰治のみを追っていた。太宰を追いながら、その手は中原へと縋ってくる。頸に這わせた腕に、芥川の体温の無い指が絡まってくる。求めているのはその手の中のものではないのだろうに、鬱陶しいことこの上無い。
「僕が、使えないから、太宰さんは此処を出て行ったのでしょうか……」
「自惚れんな」
ぴしゃりと云い放って芥川の体を投げ棄てる。今から自分を殺そうとしている相手を見ようともしないとはどう云うことだ。
愚の骨頂。気が変わった。殺す気がすっと失せてしまう。代わりに苛立ちは刺のような悪意として次の言葉に含ませる。
「彼奴がマフィアを裏切った理由に、手前はこれっぽっちも入ってねえよ」
云いながら瞑目する。
そう。
中原も、芥川も。
関係が無い。
次の瞬間、中原の立っていた位置に羅生門が突き刺さった。不意打ちに、中原は一歩下がってその攻撃を交わす。
見れば芥川は、怒りにかっと頭に血が上らせたようだった。反射的に羅生門を発動させたらしい、病人よろしく青褪めていた白い頬が鮮やかに紅潮している。
然しそれも僅か一瞬のこと。
「あ……」
やってしまった、とその表情がありありと物語っている。
「……へえ。いーい度胸だ」
敵意を示すなら容赦する積りは無かった。間髪入れず拳を握り込み、芥川の腹に叩き込む。防御する暇も無かったろう、蛙の引き潰れたような声が漏れ出た。少し遅れて今度は身を守る為に発動された羅生門を、重力操作で歪めて潰す。外套を操る能力だろうが、空間を断絶する能力だろうが、空間自体を歪めれば呆気無いほどにその威力を失くす。羅生門を潰し、その勢いのまま反応し切れていない芥川の痩身を少し手加減して蹴り飛ばすと、軽々と吹き飛んだ体は壁に叩き付けられ、そのまま鈍い呻き声を上げて崩れ落ちた。ひゅうひゅうと、苦しげな息が聞こえる。
本気で蹴ると死ぬだろうからと、手加減してやったんだから感謝しろよ。
「却説二回殴って五発撃つ……だったか?」
うんうん、と頷いて銃を抜く。芥川が身動いだのが判った、が、そんなものは知ったことではない。撃鉄を起こし、ぱん、と鉛弾を叩き込む。一、二、三、四。かしゃん。弾切れ。
「中原さ……っ」
「ああ、一発足りねえよな」
悲鳴のような声に応えて、弾を凡て込め最後の一発を撃ち込んだ。くの字に折れ曲がっていた芥川の体が引っ繰り返る。如何だろう、今度こそ死んだだろうかと歩み寄ってみれば、途中でぽたぽたと外套から弾丸を排出したから、如何やら上手く絡め取ったらしい。虫の息で、でも芥川は生きていた。
「如何だよ?」
ぜいぜいと、蹲る黒い塊に声を向ける。少しの期待を込めて。
「気分は如何だ」
「……違う」切れ切れの吐息から、絞り出されるのは否定の声。「貴方じゃない」
「……ああ、そうかよ」
それは中原の望んでいた答えではなかった。残念だ。中原は銃を仕舞って踵を返す。
「却説、任務は二時間後だ。それまでに動けるようにしておけよ。俺なんかに仕置きして欲しくなきゃあな」
元々、用件は任務を伝えに来ただけだ。少し戯れに試してみただけ。成果など、元より期待していない。
「……貴方だって、そうでしょう」
そう立ち去ろうとした中原の背を、芥川の声が引き止める。
「……あァ?」
「貴方だって、違うのでしょう」
瞬間、頭が真っ白になる。振り返ると同時に撃鉄を起こし、残りの五発全弾を今度は殺す気で撃ち込んだ。かしゃん、とシリンダーの回り切る音。一瞬の静寂の後、弾丸を咄嗟に防いだ芥川の呻き声を聞き、少し冷静さを取り戻す。
「……知った風な口を利くんじゃねえよ。俺は手前とは違う」
そう、芥川の指摘はてんで的外れだ。中原は太宰に依存してなどいない。太宰が居なくとも、中原の凡てに支障は無い。
ただひとつ、あの男に心酔した男の処遇を除いては。
「……かわいそうにな」
誰共作しに、ぽつりと中原は独り言ちた。
それこそお互い様だと云うように、芥川の瞳が中原を捉えて揺れた。
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