【再録】船上ヱンゲヰジ!


序幕


 かち、と小型の爆弾を取り付ける。マフィアに居た頃は良く世話になっていた型式だ。無線式で、サイズの割に威力の結構大きいそれは、殺傷力に欠ける処が有るものの、ピンポイントに器物を破壊するか――或いは燃料への引火を促すのが目的であれば、十分な威力を持つ物だった。
 例えば今のように。
 爆弾の位置を調整し、多少の揺れでは起爆しないよう、そして一見しては発見されないよう、それを座席の奥に隠す。
 武装探偵社に籍を置く今は、爆弾なんてそれほど使う機会が有る訳ではなかった。何しろ表向きは善良な民間企業だ。こんな物騒なものを、白昼堂々使用する訳にはいかない。
 それでも電話一本で伝手を辿って容易く調達出来るのだから、己の背負う「善良」の看板なんて有って無いようなものだった。最も、幾ら入手が容易とは云っても、その動きをマフィアに――マフィアの首領の地位に居るあの人に悟らせない為に、幾つかの面倒な手続きを踏む必要は有ったけれど。
 少し離れ、設置場所を遠目に確認する。今は未だ爆発させない。これが真価を発揮するのは、もう少し後のことだ。
 ……出来れば、使うときが来ないと善いけどなあ。
 ふふ、と含み笑いを噛んでその場を後にする。こんな風に裏で立ち回るのは、何だか少し懐かしかった。

 武装探偵社の業務は、現場の状況に左右され易い。だからこう云う事前準備をすることは滅多に無かった。精々が、装備の確認。後は現場判断で。そう云う処は結構シビアだ。
 それに相手を殺したり、壊したり、それで解決しないことも多いから、暗躍の必要な機会はそう多くない。
 そう云う意味では、マフィアの方が楽だった。取り敢えず敵は殺すか捕まえるかすれば善かったし、優先すべきは金と権利だったからその行動原理は至極シンプルだ。
 道行きながら思い出す。相棒と暴れ回った日々のこと。
 楽な業務から更に手を抜く為の、或いは退屈を紛らわせる為の、こんな風な仕込みは日常茶飯事だった。その結果、敵も味方も翻弄する。元相棒曰く「芸術的な嫌がらせ」。彼のように芸術を愛する心は欠片も無かったから、首を傾げて「有り難う。反吐が出るほど嬉しい」と返せば「皮肉を解する脳も無いらしいな」と来たから如何やら皮肉だったらしい。
 だって楽なんだ。驚きでも、怒りでも。何でも善いけど、兎に角人の感情なんてものは、逆撫でれば必ず隙が出来る。其処に付け入って、揺さぶりを掛けて。思い通りに、事を運ぶ。そう云うのが、一番楽。
 然し、そう、思い返せば唯一相棒であったあの男だけは、幾ら激高しようと此方の思い通りにならないから嫌いだった。
 だからなのかも知れない、と自嘲する。自分が必要以上に実にもならない「嫌がらせ」に従事したのは、だからなのかも知れなかった。
 此方の思い通りにはならないくせに、その実彼と居ると驚くほど世界が上手く回るのも、何だかとても癪だった。

 却説、今回、彼は来るだろうか。小型の起爆装置の凹凸を撫でながら考える。来たら善い。そう思う反面、来ないで欲しいと願う自分も居る。
 ……あれ? いや、逆だ。
 絶対に来ない方が善いのだ。そうでなければ、探偵社の仕事に支障が出る。
 味方に居ればこの上無く円滑な仕事の進捗が望めるけれど、敵に回れば比類無く厄介な相手だ。ただでさえ、自分の手の内を凡て知っている相手と云うのはやり難いのに。
 だから彼の存在を望むべきじゃあなかった。それなのに、心の奥底では何処か彼の存在を待ち侘びている自分が居る。嗚呼、どうせならこんな不確実な可能性に賭けるんじゃなく、この装置みたいに彼を手に入れられれば良いのに。ぽん、と放ったそれは存外軽い。苦も無く空中でキャッチする。
 でもそれが出来てしまったら、自分は彼に失望してしまうんだろう。何で君、私の思い通りになんかなってるのって。我ながら自分勝手で笑ってしまう。自分のものにしたい、したくない。相反する感情が、何時だって腹の中でぐるぐると渦巻いている。
 このみっともない独占欲に、彼は果たして気付いていたんだろうか。呼吸するよりも自然に、自分の隣に立っていた彼。命さえ預け合った仲なのだ、気付かない筈も無い。気付いて、そうして嘲笑っていたんだろう。
 ――手前のものになる俺なんかに、興味は無えくせに。
 耳の奥に聞こえた懐かしい声に、ぎゅっと目を閉じた。手の上で弄んでいた起爆装置を、外套の衣囊の中に収める。
 途中、何かに突っ掛かった感触が有った。
 指先に触れたのは、入れっぱなしの手の平大の箱状のケースだった。
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