Place your BETS!

(2015/12/26)


 じゃらじゃらと卓の上をチップが移動する音。カードの配られて擦れる音、札束の入った鞄のやり取りされる重い運搬音、地下に充満する煙草と酒の匂い。人のざわめき、賭けの結果に時折上がる歓声と悲鳴。黒い外套を翻し、その中を魚のように縫って歩く。
 俺はこのカジノと云う場所が嫌いじゃあなかった。無論、こんなホテルの地下のホールに四六時中篭っているのが性に合っている訳ではない。より好むのは夜風に紛れてのひと暴れ。月も無い夜に思い切り異能を使い凡百重力を支配下に置く、その開放感は格別だ。後の始末を何も気にしなくて善いなら最高。けれど地下で澱んだ空気を吸うのも、それはそれで此処が裏社会であることを実感出来て胸が空く。地上の光を浴びずに黴びて湿った酸素は、息がし易くて丁度良い。
 そのうえどいつもこいつも卓の上だけに集中して、無防備にその首を晒しているのだ。上等な布地を身に纏った獲物が全部でひいふう、両手で足りない。ナイフで切り裂いてくれと云わんばかりに晒されている数多の項に、捕食者の欲が腹の底で疼いて或る種の興奮を掻き立てる。
 そう云う処は、悪くないと思う。
 それと少しの懐かしさと。
 僅かに感傷に浸るように目を閉じる。思い出すのは何時かの夜。
 相棒が居た頃は、よく二人で客に紛れ込んで荒稼ぎをしていたし。
『お兄さんさぁ勝ちのカードが来ると無意識に小指を弄る癖が有るねえ』
『後目線が下がるぜ気を付けな』
『そうそう楽勝すぎ。カジノ向いてないから止めなよ』
 そう云って、子供の自分達二人に果敢に――或いは無謀に挑んできた金持ち連中から金を巻き上げては高笑いして追い出したものだった。まあ相棒が獲物に声を掛ける第一声が『おじさん私たちと勝負しない? 勝ったら今夜一晩、私たちのこと好きにして善いよ……』だったのもどうかと思うがそれに喜々として乗った連中ばかりだったので同情の余地は無い。相棒の相手を乗せる技術が異様に上手くて、上目遣いが完璧だったことを差し引いても、だ。当然その後自分達が負ける訳も無く、下心を踏み躙っては莫迦みたいに手を叩いて笑い物にしていたものだった。
 そう、ルーレットやスロットは俺の能力で何とでも出来るから少し詰まらない。矢張りカードだ。あの白い指がカードを捲って、扇状に広げる滑らかな仕草。じ、と思考を暗く沈める鳶色の瞳。ぺら、と響く紙の音さえ耳に心地いい。『ベット』と、告げる声に心臓が震えを覚える、あの感覚。
 気付けば意識を絡め取られる。その度に、気分がひどく昂揚する。
 だから相棒とのカジノは好きだ。
『……お主等、そんなに小遣いを持っておるなら、さぞや親孝行して呉れるんじゃろうな?』
 当然、荒稼ぎの後は姐さんには怒られて出入り禁止にされたが。
『……中原さん。カードB卓の四番席の男性が怪しい動きを』
「ああ、判った」
 ぶつ、と切れた無線と共に思い出の残滓は呆気無く掻き消える。昔のことだ。今の俺に、相棒は居ない。

 連絡を受けた場所では、今まさに或る男が大勝ちしている処だった。周囲のどよめき、歓声、卓に注がれる視線に背き、俺はちらりと男を見遣る。来店頻度はそう多くないだろう。二、三度見たことの有る程度。当然だ、常連ならそんな莫迦な真似はしない。
 マフィアのシマでイカサマするなんて莫迦な真似は。
 するりと音も無く近付いて、声を上げさせる暇も無く腕を捻り上げる。
「痛え!? な、なんだお前!?」
「オニーサン、ズルはいけねえなあ……。ちょいと失礼」
 よいしょ、と観衆に見えるように袖を捲る。ばらばらと散るカード。ハートのエース、スペードのクイーン。随分と在り来りで分かり易い不正行為。
 運営側としては、暴き易くて助かるが。
「違っ、ちが、これは……!」
「『違う』? ふぅん? じゃあ如何違うのか別室でお聞かせ願おうか」
 それだけ云って、控えていた部下に目で合図を送る。未だ男が何か喚いていたが、哀れな敗者にざわっとどよめく観衆から向けられるのは、同情ではなく軽蔑の視線だ。これだけ目撃者が居れば、云い逃れなど出来よう筈も無い。
 此処はカジノ。ポートマフィアが提供する、紳士淑女の社交場。
 その場を荒らす人間は、マフィアの流儀に則って、その罪を償うことになる。
「連れて行け」
「かしこまりました、中原様」
 男の絶叫が聞こえる。それも間も無く俺の意識から外れてしまった。行き先は音の漏れない別室。よく或る日常だ。莫迦だな、と云う簡単な感想しか湧いてこない。
 イカサマをするなとは云わない。
 ただ、死にたくないならバレないようにするべきだ。



 そのとき、一際大きい歓声が沸き起こった。
「何だ……?」
 騒ぎの元は卓をもう一つ挟んだ向こう側、ルーレット台だ。遠目に覗き込もうとするが、常に無い人集りで勝負の場が良く見えない。支配人は――正確に云えば今の俺は支配人代理だが――ペテン師を捕まえるのも仕事だが、荒事になったときに仲裁するのも役目の一つだ。そう云う事態になる前に、騒ぎの大きい場所の側で待機しているのが好ましい。
 そう思い人波を掻き分ける。
 其処では今まさに二人の男が一大勝負を終えた処だった。
 じゃらじゃらと、チップと金が一方からもう一方に積み直される音。
 勝者の笑いと、敗者の呻き。
「貴兄の負けだ」
 一人は、髭を蓄え、黒い上品な礼装に身を包んだ、紳士然とした男。
 そしてもう一人は。
「えーーー嘘でしょう!? ねえもう一度、お願いしますよ、」
「そうは云っても、もう何戦目ですかな。貴兄の懐はすっからかんでしょう」
 椅子に掛けられた砂色の外套。
 縦縞の襯衣、ベスト、見慣れた黒鳶色の蓬髪。
 何で手前がこんなとこに居やがる。
「……太宰」
 気付けば乾いた声が出ていた。
 不覚にも発したそれは、然し観衆の喝采に紛れて届かない。
 その筈だった。
「……中也?」
 何故か振り返った太宰と目が合う。俺は逸らすことが出来ない。
 そして俺の良く見知った男は、俺を見るや否やその鳶色の目をゆったりと細めて。
 うふ、と。
 笑った。
「いやいやいやいや! おじさま、私にだって未だ財産が有りますからね、終幕にして頂いては困ります!」
 次の瞬間、大演説でもぶちまけるように、太宰が大仰に席を立つ。手を広げ肩を竦める、その仕草だけでも華が在る。人の目を惹きつける。そうして、自分の声を響かせて、観客を味方につけて相手を勝負の場に引き摺り出す。
 何時もの手だ。
 観衆は、こう云う演技ぶったのが大好きだから。
 期待の視線と紳士からの興味深げな視線が注がれる中、太宰はかつかつと、此方に近づいてくる。そして俺の、前に立つ。
 何の積りだ。そう目線で問えば、太宰はにこりと胡散臭い笑みを浮かべ、隣に立って。
「私のなけなしの財産、その全てと――」
 するりと腰を抱き寄せられた。
「彼を賭けましょう」
「「はあ!?」」
 おっさんと声が重なる。目が合う。不本意。
 構わず太宰の手が、俺の腰骨の辺りを撫でていく。俺を賭けると、今そう云いやがったかこの男?
「ええご覧の通り見目麗しい私のフィアンセです。気が強いのが玉に瑕ですがこう見えても夜の方は凄いんです、本当は手放したくありませんが私の勝負の為です彼も許して呉れるでしょう」
「太宰?」
 自分でも驚くほど柔らかい声が出た。
 にこ、と慈悲を湛えた笑みを浮かべる。まったく手前は、何時も何時も如何しようもねえなあ。マフィアを抜けてからもそれは変わんねえのかな。そんな碌でも無え手前に付き合ってやれんのって、俺くらいのもんなんだろうな。そう云う優しい心を持って、思い切り。
 抓った。
 背中を。
「ア゛痛い痛い痛い中也痛い! きっきみっ馬鹿力なの自覚して……!」
 太宰が小声で何か云ってくるが聞こえない。太宰によれば如何やら俺は婚約者らしいから最近まで四年間音信不通にした挙句手前の婚約者を金の代わりに賭けるダーリンには至極妥当な態度だと思う。
 いやそう考えれば今直ぐ殴り殺した方が善いか?
「ど、如何です? 私の全財産にも等しい男です。貴方が勝てば、彼は貴方のものだ。一晩、」
 そうして口から出されるのは、随分と懐かしい科白。
「一晩、好きにして善いですよ」
 但しその対象に手前が入ってねえのはどう云う了見だとますます抓る手に力が入る。太宰の笑顔は引き攣るのを通り越して少し青褪めているような気がするが態々止める道理も無い。自業自得だ。如何せならそのまま死ねば善い。
 大体子供の頃の自分達ならそう云う性癖の男を狙えば釣果も芳しかっただろうが成人にもなるとそうほいほい釣れる莫迦が居るわけねえだろう。まして俺は太宰のように華奢でもなければ顔が整ってる訳でもない。抱きたい物好きなど、居る筈が。
「善いでしょう! 席に着き給え、その賭けに乗ろうではありませんか!」
 いや了承すんのかよこのおっさんもよ。
 見ればにこりと笑う男と目が合った。今度は男は戸惑っておらず、寧ろ乗り気にさえ見える。穏やかな男に見えて中々趣味が悪いらしい。
 それで俺の頭の天辺から爪先までを舐めるように眺め回すものだから、思わずぞわりと背筋が逆立った。腕っ節なら負けない筈だが、そう云う視線はひどく苦手だ。品定め。あの男の脳内で、自分が今どんな目に遭わされているのかなんて考えることもしたくない。
 思わず殴り掛かりそうになる衝動を抑える為に、思わず傍にあった手頃なものを握り締めてしまった。
 太宰の手首を。
「太宰」
 呼ぶ。それを受けて、太宰は意気揚々と俺の腰を引き寄せ、ルーレット台の席に着く。
 違う、手前判ってんだろ、巫山戯んな。
 そう暴れることも出来ず顔を上げると、ふとディーラーと目が合った。「如何されますか」とその目が静かに問うている。このクソみたいな状況で部下の聡明さだけが輝いて見える。今度酒でも奢ってやろう。
 そう、此処で支配人権限で賭けを無効にしても善いんだ。太宰をぶっ殺す序に。
 けれど厄介なのは俺と太宰の背中にべっとりと貼り付いた観衆の視線だった。此処で無効にしてしまえば、あれだけ太宰に煽られた後だ、運営側への不満は残るだろう。今の俺は支配人代理。支配人が復帰するまで、カジノの環境と評判を良好に保たなければならない。
 それに仮に俺がおっさんと二人で部屋に閉じ込められたとしても。
 殴り倒せば問題無い。
 大丈夫だ。太宰の手首を離す。いい、と部下を促す。
 ホイールが回され、カンッ、とボールが弾き出されるベットタイム。
「では私は00に」
「強気ですな。それとも愛しい人が寝取られるシチュエーションが貴兄のお好みで?」
「……さあ、如何でしょう」
 紳士からの挑発に、太宰は含み笑いを見せた。此奴ここまで大敗を喫してんのになんでこんな悠然と構えてられるんだろう、と一瞬呆れる。威厳も何も無いことに早く気付いた方が善い。それとも本当にそんな性癖が有るんだろうか? ならこの勝負、嫌がらせに勝たせてやっても善かった。俺の能力を使えばボールを目的のポケットに落とすなど一瞬だ。イカサマはしても善い。バレなければ。
 然し太宰が俺の腰を抱いている限り、俺は異能を使えない。だから成り行きを見守る他無い。
 まあどっちでも善い。勝った方を殴り倒すだけだ。
 そう、見守る積りで居た。

 太宰が俺の腰に添えた手を、何気無く離すまでは。
「……おい」
 思わず太宰に目を向ける。端正な顔ににこ、と浮かべているのは性の悪い笑みだ。その奥底の真意は読めない。
 勝つべきか。
 負けるべきか。
 その選択を、手前は俺にさせんのか。
 だから00なんて有り得ねえとこに賭けたのか? ぐらりと目眩を覚えた。そう。俺が異能を使えば、確実に太宰の狙い通りの場所にボールを落とすことが出来る。
 カラッ、とホイールとボールの弾ける音。逆に俺が異能を使わなければ、ボールが自然に太宰の狙いの場所に落ちる確率は限りなく低いだろう。そうすれば、太宰は賭けに負け、俺はおっさんに売り渡されることになる。
 然し俺が此奴を勝たせてやる義理など有るか?
 白いボールが縞を描くように回転し、ホイールに当たっては弾かれる。その間隔が、急かすように段々と短くなる。決断までの時間は無い。
 如何する。
 太宰は如何したいと思ってる。
 俺は――。



 カンッ、と勝負がついた音は一瞬だった。
 白い玉が、緑のエリアに収まっている。数字は「00」。
 上がる歓声。
 多分、太宰が一番大きくガッツポーズしていた。
「やったあ! ……こほん。では、一時お預けしていた私のお金と貴方の全財産を頂きますね?」
 太宰はがたんと席を立ち、スキップでもするような勢いでチップの配当を確認し始めた。紳士はその様を尻目に呆然と「ありえない」「こんなことが」とぶつぶつと呟いていたが、「まさか」と思い至ったように口を開いた。彷徨わせていた視線をぴたりと太宰に向ける。
「き、君、いかさ……」
 その先は云わせなかった。俺はさっと風を切るように立ち上がり、流れる動作で膝を腹に叩き込んだ。
 太宰の腹に。
「か、はっ……!」
 太宰がその場に崩れ落ちる。
 突然の展開に、ざわっと観衆がどよめいた。如何した、何が起こった。向けられるのは戸惑いと好奇の視線。俺は太宰が何時もするように、大仰な身振りを交えて告げる。
 お立ち会いの紳士淑女は、こう云う演技ぶったのがお好き。
「お客人。俺の賭場で、いささかはしゃぎ過ぎたようだな。此処は金以外の賭博は禁止だぜ」
 云いながら、部下に目線で合図。
「あと勝ち過ぎだ。連れて行け。其奴の荷物も一緒に、だ」
「お、おい、その男は勝ち逃げ……」
 ちら、とおっさんを見た。未だ俺にあの不躾な視線を向けてくるようなら、此奴も別室にぶちこんでやろうと。けれど男はすっかり戦意を喪失してしまったようだったから、心の広い俺は見逃してやることにする。
「負け犬のお帰り口はあちらになりますよ、お客様」
 ひらりと手の平を返し、優雅に一礼。紳士然とした男はぱくぱくと何か云おうとしていたが、逆らうことは得策で無いと悟ったのか、がくりとその場で肩を落とした。

     ◇ ◇ ◇

「いやー助かったなあ、仕事の関係で手っ取り早くあの紳士を潰す必要が有ったんだけれどね、でも上手く勝ち逃げ出来たのは中也の御蔭かなあ!」
「『助かった』じゃねえんだよ手前なんであんなとこ居やがるしかもしょぼい台で詰まんねえ勝負しやがって、あとフィアンセってなんだ支配人代理権限で金没収すんぞコラ」
 殴ろうとすると今度はひらりと避けられた。そのまま腕を取られ、引き摺られるように二人ベッドへダイブする。
 ベッドも在るし空調も快適。窓からは瞬く夜景が一望できる。
 カジノの上階。此処はホテルの一室だ。
 マフィアの流儀を体に教えてやる『別室』とはまた別で、太宰を放り込んだのは此方だった。
「またあ。どきどきしたでしょ、他の男に貞操奪われそうになって」
「そんな訳無えだろこの脳味噌豆腐野郎」
 鬱陶しく太宰の体を払おうとするが、笑って躱されて伸し掛かられた。ベッドが微かに軋む。ふわりと黒鳶の蓬髪が、俺の頬をくすぐっていく。帽子の形を崩したくねえな、と思っていると太宰の手がそれを攫ってベッドサイドのチェストへ置いていく。
 落ちる沈黙。
「で?」
「あ?」
 俺を見下ろす太宰の髪が、溢れるように揺れるのを眺める。
「異能を使ったの」
「……あれは」一瞬言葉に詰まる。腹から絞り出すように応えてしまったことは否めない。「あれは、手前のイカサマだろうが」
 あんな大一番で大勝負を仕掛けたのは勝算が有ったからで。どうせ確実に勝てるよう台に仕掛けをしていたんだろう。そう云うと「まあね」と存外軽い調子で肯定される。
「私、負ける勝負はしない主義だから。知ってると思うけど。でも」
 ふと一旦言葉を切った太宰が、覗き込むように俺の目をじっと見た。その中に潜むのは、微かな好奇心と嗜虐心。ざわりと俺の心臓が、呼応するように波風を立てる。これから太宰が発する言葉。その冷ややかさ。
「異能を、使ったのかって、私は訊いてるんだけど」
 鋭く刺すような問いに、どく、と脈が跳ねた。これは何時ものあれだ。拷問なんかで聞くときの声だ。それを直に向けられていることに、ぞくりと背筋が震える。太宰の目が爛々と獲物を捕らえた猫のように俺を見、太宰の白くほっそりとした指が、ゆっくりと俺の首を辿って皮膚の上から血管をなぞっていく。
 心臓を握られている感覚。
「私を信じた? 君をあの男に渡さない為に、私が絶対イカサマを仕掛けるだろうって? そんな訳無いよねえ?」
 馬乗りの姿勢のまま、太宰はいやらしい笑みを浮かべる。
 振り落とすのは容易だ。けれど俺はそれをしない。
「私を信じ切れない君は異能を使ったのかな……私の元に、その身を留める為に」
 しないのを善いことに、太宰は無抵抗な俺の鎖骨に指を這わせ、襯衣をゆっくりと剥いで。
「でも、ねえ中也、それだとまるで、君が私から離れたくないみたいになってしまうね。じゃあ矢っ張り君は異能を使わなかったのかな……?」
 その肌に、囁くように唇を寄せて。
「……私が君を、誰にも渡す心算が無いだろうと思って」
 毒を含んだ表情で、太宰は笑う。
 俺は応えない。どっちを選んでも八方塞がりじゃねえか、そんなもん。
 黙って好きにさせていると、指で少し顎を上向けられる。此方を覗き込む、深い黄昏時の深淵を宿した目。
「ね、どっち?」
「……云う訳無えだろ」
 吐き捨てるととふふっと笑って噛み付くように口付けられた。衝撃に思わず息を逃がそうと口を薄く開けばざらりと舌が割り入ってきて、その感覚に肌が粟立つ。太宰が勝手に気持ちよさそうな顔を浮かべて、ぢゅっと味わうように俺の舌を吸っていったものだから、その感覚に頭が一瞬真っ白になる。脊椎の下から上へと走る、電流にも似た甘い痺れ。
「ッ……ふ」
「ん、……ふふ、賭けにも勝ってこんな豪華な部屋にも泊まれるなんて最高だなあ……カジノ好きだよ私……」
 昔を思い出すし。そう云われて、キスに飛んでいた意識が一瞬だけ昔に引き戻される。
 そう、俺もカジノは嫌いじゃない。
 特に太宰と一緒に居るときは。
 けれど。
「……勘違いすんな。手前は暫く出入り禁止だ」
「ああそう? じゃあ今晩やること無くなっちゃって困るな」俺がぎろりと睨むのも構わず、いけしゃあしゃあと太宰は云う。「ね、付き合って呉れるよね中也」
 する、と腰を撫でられる。最初から、拒む術は無かったんだろう。
 太宰が俺を逃がす積りは。
「夜は長いんだからさあ……」
 その言葉に、何時かの夜と同じく太宰に意識を絡め取られたまま、俺はゆっくりと目を瞑った。
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