ヤンデレるの方程式
(2014/09/13)
がちゃん、と手元で軽い金属音が鳴った。何事かと本から顔を上げれば、中也の手首とベッドの柵が手錠で確りと繋がれている。勿論、先刻までそんなものを付けて読書をしていた訳じゃない。じゃら、と冷えた金属が手首に中る感触。
「……何の真似だ」
巫山戯た悪戯を実行した張本人を睨み付ければ、その男――太宰はポイと、中也から取り上げた本を放り投げた。ばさ、と書籍が部屋の片隅に落ちる。おい、と読みかけの本を奪われた怒りをぶつける暇も無く、太宰にぎしりと伸し掛かられる。
ベッドの上で太宰に馬乗りになられ、手は柵に繋がれ――如何いう状況だこれは、と中也は空いている方の手でこめかみを押さえた。なんでまるで俺が襲われるみたいになってる。相変わらず、この男の考えることは意味不明だ。
まあ、大人しく食われるくらいなら噛みちぎるか……と思いつつ中也がじっと注視していると、太宰はぐたりと中也に撓垂れ掛かり、じっと濡れた目で此方を見つめ、赤い舌をちらつかせながらぽつりと呟いた。
「ねえ、中也。さみしい」
その言葉を聞いた瞬間、背筋がぞわりと粟立った。自分でも、額に青筋が立つのがわかる。さみしい、だと? カマトトぶるのも大概にしろ。
そんな中也の内心を知ってか知らずか、太宰がそっと手を伸ばす。頬を撫でられ、湿った包帯と皮膚の間で摩擦が起きる。そうやって中也を撫で上げながら、中也の上でゆっくりと腰を動かす太宰。局部同士がゆるく中って、その相手が太宰でなければ刺激だけは上々だった。絶妙な気持ちの良さと気持ちの悪さの間で、中也は歯を食い縛って呻く。
「ねえ、中也は私だけを見てれば好いんだよ。私以外を映す君の目なんて要らない。私の中也……」
「あああ! 何の積りだ気持ち悪いんだよボケが!!!」
我慢の限界だった。太宰が黙って事に及ぶなら続けて了うのも悪くないと、一瞬でも思った自分が恨めしい。
あまりのおぞましさに鳥肌を立てながらその体を跳ね除けて蹴り飛ばすと、部屋の端から端まで軽く飛んだ太宰が鈍い音を立てて壁に激突した。背中がみしりと嫌な音を立てていたがそんなものは知ったことじゃない。寧ろ此方が精神的苦痛を鑑みて賠償を請求したいくらいだ。
「て、め、何がしてえんだ一体……。あれか? 俺をショック死させてえんだな手前は?」
「まさか」
何事も無かったかのようにふらりと立ち上がった太宰は、あーあ、とすっかり元の調子に戻ってぽきぽきと首の骨を鳴らした。如何やら骨は折れていないようだ。……ちっ。
「ねえ中也。今日は、一体何の日でしょう」
太宰はまるで悪びれもせずにことんと首を横に傾け、唇に人差し指を宛てて、これ見よがしにひそりと微笑んだ。何やら勿体振っているが、中也にはあんな気持ち悪い悪戯を仕掛けられる覚えが本気で無い。今日、八月二十二日。果たして何か在っただろうか?
「……ああ、手前の誕生日?」
「全然違うよ! 全然違うよ!? 私の誕生日六月だよ!? 今八月じゃない! ちょっと恋人の誕生日くらい覚えてて……あっそう云えば今年君からプレゼント貰ってない!」
新事実に気付いて五月蝿く喚く太宰が面倒臭くなったので、煙草の箱を投げ付ける。すると見る間に大人しくなったから、実に現金な奴だと思う。
「で? 結局何の日なんだよ」
「え? ああ、なんと今日は私たちが付き合ってから、一年と一ヶ月と十八日記念日です!」
「知るかよ……」
本当に至極如何でも良かった。
「日々ラブラブ過ごしている私達なんだけど」
「ラブラブ」
ラブラブとは、一体何だっただろうか。まあ、キスはする。セックスもする。けれど世間の基準と合わせ見ると、手を繋げば骨折するまで握り締め、デートをすれば別行動、風呂に入れば色気など無く壁床を割る殴り合いに発展するこの乾き具合が、ラブラブと表現して良いものか如何かは甚だ怪しい。
「一寸マンネリ化してるんじゃないかなと思って」
「マンネリ」
そもそもマンネリ化するほど、手前に根気良く付き合ってやった覚えは無えぞ。
「なので、今回は趣向を変えてヤンデレを取り入れてみることにしました」
「ヤンデレ……?」
て云うか手前が俺を罠に嵌めて動けなくして襲ってって、それ何時もと変わんねえじゃねえか。
「しかもあれはヤンデレとは云わねえだろ……」
「何!? 私の渾身のヤンデレに文句在るの!? そこまで云うなら中也がやってよお手本!」
何故か太宰が、自分の銃を此方に差し出しながら喚く。銃で如何ヤンデレろと云うのか。
「ヤンデレ、ねえ……」太宰からぽんと渡された銃を撫で回す。「手前、そう云うのが好きなのかよ」
「まあ、私の所為で精神病んじゃう中也って、素敵だなとは、一寸思う」
「ふぅん」
太宰は相変わらず悪趣味だ。俺とのセックスの最中に脂ぎったおっさんとのセックスの感想を延々云い続けたり、何処の馬の骨とも判らねえおっさんに掘られたその足で俺の処に抱かれに来たり、そう云う下らない方面で悪趣味だ。なんで俺はこんな奴と付き合ってんだろうな、と二日に一回は頭を抱えるレベルだ。
まあ、そんな日頃の鬱憤を晴らす為に、少しくらいヤンデレとやらに付き合ってやっても良いのかもしれない。
そう中也は思うと、にこりと太宰に向かって笑んで――
予備動作無しで拳銃を太宰に向けてぶっ放した。
「!?」
太宰が反射的に仰け反った。ぎりぎりで弾を躱す。ちゅいん、と弾が何処か金属に中って跳ねる。間一髪だ。太宰の変な勘が無ければ、今頃は出来たてホヤホヤの太宰の死体が一つ転がっていたに違いない。
「ちょっと、何するの中――」
文句を最後まで云わせずに、バランスを崩した太宰の体をベッドの上へと引き摺り倒す。未だ手首を拘束したままの手錠の鎖の部分を使い、首を圧迫してやると、太宰が心底苦しげに呻いた。中也はなんだか楽しくなって、緩んだ包帯を引き剥がし、その肩口に力いっぱい噛み付いた。ぶち、と血管の切れる音。
「痛ッ! 痛い痛い痛い! 中也、いたいって、いって、ッう……」
太宰の声から、段々と覇気が無くなっていく。如何やら本気で生命の危機を感じたのか、暴れる太宰を抑え付け、くっきり残った凄惨な噛み痕にべろりと舌を這わせると、びくりと太宰の体が震えた。中也は薄く笑って訊く。
「で? 手前からぷんぷん臭ってくる、この香水は何処の男のだ?」
「中也、ちょっと、ちょっと待って目が据わってる!」
「良いから答えろ」
中也が優しく銃口を額に中てると、太宰は引き攣った笑みを浮かべた。
「……昨日だいてくれた、幹部の人のです……」
「ふゥん。じゃ、これは?」
中也は太宰の肩口から、長い髪の毛を摘み上げる。女のものだ。中也とは似ても似つかない、黒くて長い髪の女の。
「こんなものをこれ見よがしに付けてんのは、俺にぶっ殺されてえからだろ?」
「えっ……その娘とは未だセックスしてな」
い、と云いかけた太宰の口に銃身を突っ込む。あぐ、と太宰の口から変な息が漏れた。そのままぐりぐりとのどの奥まで押し付けると、えづくような音が漏れ出る。飲み込み切れなかった太宰の唾液が、ぼとぼととシーツを濡らす。
「太宰、太宰」
中也は自分の頬が緩むのを感じた。なるほど、ヤンデレってやつは意外と楽しいのかも知れねえな。太宰の趣味に初めて賛同できる点を見つけて、中也は何と無しに好い気分になった。太宰に馬乗りになって、その頬をゆっくりと撫で上げる。太宰はその目に生理的な涙を浮かべながら、力無く、中也をぼうと見上げるだけだ。
「手前がさんざ、俺と心中してえ、俺と心中してえと云うから俺は首を洗って待ってるってのに、手前はこの首に何付けてんだよ」
「っ……」
首の鬱血痕を強く爪で引っ掻くと、太宰がいやだいやだと首を横に振る。何が嫌なもンかよ、立派におっ勃ててるくせに。中也が笑って太宰の口から銃身を引き抜くと、げほごほと太宰がむせ込んだ。
「ちゅう、や、ねえ、ちょっとまって」
「安心しろよ。一年と一ヶ月と十八日記念に、精一杯手酷く抱いてやるから」
手前の所為で精神を病んじまう俺は結構お好みだろ? と太宰の着衣を乱暴に引き剥がすと、茫洋と彷徨う太宰の目に、歓喜の色がひらめいて、嗚呼、矢っ張り、此奴は悪趣味だなあと、中也は笑ってその首筋に噛み付いた。
がちゃん、と手元で軽い金属音が鳴った。何事かと本から顔を上げれば、中也の手首とベッドの柵が手錠で確りと繋がれている。勿論、先刻までそんなものを付けて読書をしていた訳じゃない。じゃら、と冷えた金属が手首に中る感触。
「……何の真似だ」
巫山戯た悪戯を実行した張本人を睨み付ければ、その男――太宰はポイと、中也から取り上げた本を放り投げた。ばさ、と書籍が部屋の片隅に落ちる。おい、と読みかけの本を奪われた怒りをぶつける暇も無く、太宰にぎしりと伸し掛かられる。
ベッドの上で太宰に馬乗りになられ、手は柵に繋がれ――如何いう状況だこれは、と中也は空いている方の手でこめかみを押さえた。なんでまるで俺が襲われるみたいになってる。相変わらず、この男の考えることは意味不明だ。
まあ、大人しく食われるくらいなら噛みちぎるか……と思いつつ中也がじっと注視していると、太宰はぐたりと中也に撓垂れ掛かり、じっと濡れた目で此方を見つめ、赤い舌をちらつかせながらぽつりと呟いた。
「ねえ、中也。さみしい」
その言葉を聞いた瞬間、背筋がぞわりと粟立った。自分でも、額に青筋が立つのがわかる。さみしい、だと? カマトトぶるのも大概にしろ。
そんな中也の内心を知ってか知らずか、太宰がそっと手を伸ばす。頬を撫でられ、湿った包帯と皮膚の間で摩擦が起きる。そうやって中也を撫で上げながら、中也の上でゆっくりと腰を動かす太宰。局部同士がゆるく中って、その相手が太宰でなければ刺激だけは上々だった。絶妙な気持ちの良さと気持ちの悪さの間で、中也は歯を食い縛って呻く。
「ねえ、中也は私だけを見てれば好いんだよ。私以外を映す君の目なんて要らない。私の中也……」
「あああ! 何の積りだ気持ち悪いんだよボケが!!!」
我慢の限界だった。太宰が黙って事に及ぶなら続けて了うのも悪くないと、一瞬でも思った自分が恨めしい。
あまりのおぞましさに鳥肌を立てながらその体を跳ね除けて蹴り飛ばすと、部屋の端から端まで軽く飛んだ太宰が鈍い音を立てて壁に激突した。背中がみしりと嫌な音を立てていたがそんなものは知ったことじゃない。寧ろ此方が精神的苦痛を鑑みて賠償を請求したいくらいだ。
「て、め、何がしてえんだ一体……。あれか? 俺をショック死させてえんだな手前は?」
「まさか」
何事も無かったかのようにふらりと立ち上がった太宰は、あーあ、とすっかり元の調子に戻ってぽきぽきと首の骨を鳴らした。如何やら骨は折れていないようだ。……ちっ。
「ねえ中也。今日は、一体何の日でしょう」
太宰はまるで悪びれもせずにことんと首を横に傾け、唇に人差し指を宛てて、これ見よがしにひそりと微笑んだ。何やら勿体振っているが、中也にはあんな気持ち悪い悪戯を仕掛けられる覚えが本気で無い。今日、八月二十二日。果たして何か在っただろうか?
「……ああ、手前の誕生日?」
「全然違うよ! 全然違うよ!? 私の誕生日六月だよ!? 今八月じゃない! ちょっと恋人の誕生日くらい覚えてて……あっそう云えば今年君からプレゼント貰ってない!」
新事実に気付いて五月蝿く喚く太宰が面倒臭くなったので、煙草の箱を投げ付ける。すると見る間に大人しくなったから、実に現金な奴だと思う。
「で? 結局何の日なんだよ」
「え? ああ、なんと今日は私たちが付き合ってから、一年と一ヶ月と十八日記念日です!」
「知るかよ……」
本当に至極如何でも良かった。
「日々ラブラブ過ごしている私達なんだけど」
「ラブラブ」
ラブラブとは、一体何だっただろうか。まあ、キスはする。セックスもする。けれど世間の基準と合わせ見ると、手を繋げば骨折するまで握り締め、デートをすれば別行動、風呂に入れば色気など無く壁床を割る殴り合いに発展するこの乾き具合が、ラブラブと表現して良いものか如何かは甚だ怪しい。
「一寸マンネリ化してるんじゃないかなと思って」
「マンネリ」
そもそもマンネリ化するほど、手前に根気良く付き合ってやった覚えは無えぞ。
「なので、今回は趣向を変えてヤンデレを取り入れてみることにしました」
「ヤンデレ……?」
て云うか手前が俺を罠に嵌めて動けなくして襲ってって、それ何時もと変わんねえじゃねえか。
「しかもあれはヤンデレとは云わねえだろ……」
「何!? 私の渾身のヤンデレに文句在るの!? そこまで云うなら中也がやってよお手本!」
何故か太宰が、自分の銃を此方に差し出しながら喚く。銃で如何ヤンデレろと云うのか。
「ヤンデレ、ねえ……」太宰からぽんと渡された銃を撫で回す。「手前、そう云うのが好きなのかよ」
「まあ、私の所為で精神病んじゃう中也って、素敵だなとは、一寸思う」
「ふぅん」
太宰は相変わらず悪趣味だ。俺とのセックスの最中に脂ぎったおっさんとのセックスの感想を延々云い続けたり、何処の馬の骨とも判らねえおっさんに掘られたその足で俺の処に抱かれに来たり、そう云う下らない方面で悪趣味だ。なんで俺はこんな奴と付き合ってんだろうな、と二日に一回は頭を抱えるレベルだ。
まあ、そんな日頃の鬱憤を晴らす為に、少しくらいヤンデレとやらに付き合ってやっても良いのかもしれない。
そう中也は思うと、にこりと太宰に向かって笑んで――
予備動作無しで拳銃を太宰に向けてぶっ放した。
「!?」
太宰が反射的に仰け反った。ぎりぎりで弾を躱す。ちゅいん、と弾が何処か金属に中って跳ねる。間一髪だ。太宰の変な勘が無ければ、今頃は出来たてホヤホヤの太宰の死体が一つ転がっていたに違いない。
「ちょっと、何するの中――」
文句を最後まで云わせずに、バランスを崩した太宰の体をベッドの上へと引き摺り倒す。未だ手首を拘束したままの手錠の鎖の部分を使い、首を圧迫してやると、太宰が心底苦しげに呻いた。中也はなんだか楽しくなって、緩んだ包帯を引き剥がし、その肩口に力いっぱい噛み付いた。ぶち、と血管の切れる音。
「痛ッ! 痛い痛い痛い! 中也、いたいって、いって、ッう……」
太宰の声から、段々と覇気が無くなっていく。如何やら本気で生命の危機を感じたのか、暴れる太宰を抑え付け、くっきり残った凄惨な噛み痕にべろりと舌を這わせると、びくりと太宰の体が震えた。中也は薄く笑って訊く。
「で? 手前からぷんぷん臭ってくる、この香水は何処の男のだ?」
「中也、ちょっと、ちょっと待って目が据わってる!」
「良いから答えろ」
中也が優しく銃口を額に中てると、太宰は引き攣った笑みを浮かべた。
「……昨日だいてくれた、幹部の人のです……」
「ふゥん。じゃ、これは?」
中也は太宰の肩口から、長い髪の毛を摘み上げる。女のものだ。中也とは似ても似つかない、黒くて長い髪の女の。
「こんなものをこれ見よがしに付けてんのは、俺にぶっ殺されてえからだろ?」
「えっ……その娘とは未だセックスしてな」
い、と云いかけた太宰の口に銃身を突っ込む。あぐ、と太宰の口から変な息が漏れた。そのままぐりぐりとのどの奥まで押し付けると、えづくような音が漏れ出る。飲み込み切れなかった太宰の唾液が、ぼとぼととシーツを濡らす。
「太宰、太宰」
中也は自分の頬が緩むのを感じた。なるほど、ヤンデレってやつは意外と楽しいのかも知れねえな。太宰の趣味に初めて賛同できる点を見つけて、中也は何と無しに好い気分になった。太宰に馬乗りになって、その頬をゆっくりと撫で上げる。太宰はその目に生理的な涙を浮かべながら、力無く、中也をぼうと見上げるだけだ。
「手前がさんざ、俺と心中してえ、俺と心中してえと云うから俺は首を洗って待ってるってのに、手前はこの首に何付けてんだよ」
「っ……」
首の鬱血痕を強く爪で引っ掻くと、太宰がいやだいやだと首を横に振る。何が嫌なもンかよ、立派におっ勃ててるくせに。中也が笑って太宰の口から銃身を引き抜くと、げほごほと太宰がむせ込んだ。
「ちゅう、や、ねえ、ちょっとまって」
「安心しろよ。一年と一ヶ月と十八日記念に、精一杯手酷く抱いてやるから」
手前の所為で精神を病んじまう俺は結構お好みだろ? と太宰の着衣を乱暴に引き剥がすと、茫洋と彷徨う太宰の目に、歓喜の色がひらめいて、嗚呼、矢っ張り、此奴は悪趣味だなあと、中也は笑ってその首筋に噛み付いた。
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