ダテンの国と云うところ
(2019/05/24)
ふと見下ろした街は夜でも眠らずにちかちかとネオンを光らせていて、まるで夜天の星がすっかり地上に移住してしまったかのようだった。地上に降りればきっと、空に残る僅かな星明りも人の喧騒に埋もれて見えなくなってしまうに違いない。知らない街なのに、それは不思議とどこか見慣れた光景として脳裏に容易に描き出すことが出来た。違うことと云えば、潮の匂いがしないことくらいか。この海の無い街には、魔法と優れた科学がある代わりに異能力が存在しない。でもあの光ひとつひとつの下で人が生きて生活しているのはおんなじだ。
煙草の味も。
ふーっと最後に煙一つ吐き出して、俺はダテンの夜に背を向けた。
ぴしゃりと窓を閉めて部屋に戻ると、何時の間にか太宰も起き出していた。寝台の外に這い出す気力は無かったのか、枕に背をもたれ掛けさせ、タブレット端末――ヨコハマで流通しているものより幾分か高度なものだ――の情報をぼんやりと手繰っている。闇の中、青白い光に浮かび上がる気怠げな表情。指先の動作には淀みが無い。つい先日借りて説明を受けたばかりだろうに、まるで何年も前からずっとそうやっていたような慣れを見せていて、そう云うところは癪だが流石だ。俺は未だ少し扱いに手間取る。
ダブルベッドの端に腰掛けるようにしてその様子を眺めていると、太宰は目線をそのままに、俺に隣を許すように少しだけ体をズラした。今日は随分と素直だ。或いは善いことでもあったのか。最中の様子を思い出しながら遠慮無く潜り込むと、滑らかなシーツの感触が足先を包んだ。柔らかいタオル地のバスローブの隙間から、隣に伸びる脹脛に触れる。冷えた脚に脚を絡ませ、そのまま太宰の体を抱き込むようにして首筋に頬を寄せると、シャワーを浴びた後の清潔な香りがして、このホテルのシャンプーの匂いは中々悪くない。何せ太宰の纏う静謐さの邪魔をしない。ほぼ確実にヨコハマには存在しないだろうブランドであることだけが残念だ。
太宰は俺に目を向けなかった。それをいいことに肺に空気を染み渡らせるようにしていると、すかさず「邪魔はやめてよ」と制止が掛かる。「君、ほんとうに犬みたいだよ」半分笑ったような声。無視して続けても善かったが、然し態々機嫌を損ねることもなかった。俺は仕方無く相棒を解放してごろんと隣に寝転がった。うつ伏せに枕に肘をつく。
「あっちに戻る情報収集捗ってんの」
「まァそれなりに。然し私ばかり働かせ過ぎじゃないかい? そう云う君は今日何してたのさ」
「姫様の護衛」
タブレットに視線を落としていた太宰が顔を上げた。姫様と云うのは俺達がこの見知らぬ世界で出会った、見知らぬ国の王族を名乗る女だった(いや、正確には隣に居た猫がそう説明していた)。今まさに太宰が居候し援助を得ている人間の一人でもある。と云うことは、当然俺が自分の預かり知らぬところでパトロンと接触することを太宰は好ましくは思わないだろう。形のいい眉が微かに顰められる。君が護衛なんて、性に合っていないでしょうと云う顔なのか、情報を探る口実に過ぎないくせによくもまあしゃあしゃあと云えるねと云う顔なのか、或いはどちらもか。
苦笑する。確かにそれが主目的ではなかったが、実際突然襲ってきた物体から姫様を守ったのだから護衛を果たしたのにもまた違いない。
「あの黒服連中以外にも、この世界にはユメクイってのが時々出るらしいぜ。姫様は特に危ないんだとよ」
「へえ」
今度は興味無さげ。この分だと既に遭遇済みなのだろう。ぼんやりと枕を抱き抱えながら、昼間殴った物体の感触を思い出す。生き物のようで生き物でないあれはこの世界特有の――魔物、とでも称するべきだろうか。兎に角、人に害を成すものだから、見付けたら片端から潰して構わないのだと云う。人間のように、殴って善いものと悪いものの区別を付けなくて善いのは俺にとっては楽だった。
「……。然し、彼女も元々この世界の人間ではないのだろうに、人助けの旅に駆り出されて大変だよねえ」
「へえ? まあ戦闘慣れはしてなさそうだったなあの姫様。そうなのか」
「ほら、初めに敦くんにヨコハマのこと興味深げに訊いていたでしょう。その様子が、如何も初めて聞く街に対する態度ではなかったように思ったから、少し気になって、ね?」
「ふぅん」
「と云うか、そんな風に態々探り入れに来るなら君達も隠れ家の方に来れば善かったじゃない。現地の案内があるのと無いのとでは初動の差が大きいし……逆によくこんなグレードのホテル取れたよね。カード使えなかったでしょ、お金如何したの?」
「そんなもん言葉が通じんだから如何とでもなるだろ」
「逞しいことだねえ……」
君、本当、何処でだって生きていけそうだよねと太宰が軽口を叩くが、それは手前だって似たようなもんだろ、と思う。この男だってきっと、人虎が隣に居らず一人でこの街に降り立っていたら好きに動いていたのに違いないだ。知らない街で衣食住を確保して、資金だって情報だって誰に頼らずとも得る態勢を整えて。寧ろこう云った未知の状況では俺より太宰の方が余程かしこく立ち回って生きていける。
何処でだって、生きていけるのは手前も同じだろ。
そう口に出さなかったのは、その言葉が余計な意味を持つことを憚ったからだ。
何処でも生きたくはないのにね、と返されれば、俺には継げる言葉が無い。
「……そうだ、手前こそ随分とご機嫌だろ。何かあったのかよ」
「何? 私が?」
太宰が手を止める。心外だ、と云う風に隣で寝転ぶ俺にちらりと目を向ける。
「他に誰が居んだよ」
「心当たりが無いけど」
ぱち、と瞬きが一つ。それは誤魔化しではなく、本当に意識していないようだった。訊いてもいないのに口を開く。だって、いきなり異世界に飛ばされるなんて、流石の私でも読み切れないよ。情報は不足しているし、ときどき知識の前提から異なってくるし、もう散々だよ。そんな状況で、如何して私が上機嫌になると思うのだい。すらすらと滑らかに動く口の、不機嫌さの奥に見え隠れする弾んだような息遣い。探るようにじっと見る。明かりの落ちた中で彩度の低くなった鳶色の瞳を無言で覗き込んでいると、「……勘弁して」と云う言葉とともにその目が両手に覆われた。
聞こえる軽い溜め息。
「……君、私達が此処に来た仕組みが判る」
「それは手前が今調べてんじゃ……いや」今太宰が俺に問い掛けたいのは、その詳細ではない。「……少なくとも、異能じゃあねえんだ。手前には効いたから」
「そう」
太宰の緩んだ表情が、ぼんやりと青白い光に浮かび上がる、
「私には、効くんだよね。この街の、魔法とやらが」
じっと見る。この男との付き合いもだいぶ長いと認識しているが、それでも未だ見たことの無い種類の表情があることに驚いた。
例えるなら、初めて訪れた遊園地に興奮を隠し切れない子供のような。
体が動いていたのは本能的にだ。
「ま、ってちょっと……! 急にしがみつかないで!」
暴れる太宰を抑え込んでぎゅっと抱き締め、その薄い体に重なるように乗っかった。バスローブの胸元が少し乱れる。弾みでタブレットが床に落ちたが、絨毯に受け止められて軽い物音一つで済んだ。
顕になった胸板に頬を擦り寄せてぼやく。
「あ゛ー……今すぐ手前を抱き締めてあの窓から飛び降りてやりてえ……」
「嫉妬? あんまり可愛らしいこと云わないでよね」
「うるせえな」
「まあでも」
スッ、と太宰が頬に手を伸ばしてきた。なんだ、と思う間も無く唇にキスされる。
「それはお互い様だよ」
意味が判らずに首を傾げていると、人差し指の爪の先で戯れのように頬を突かれた。「楽しそう」。何だよ。今度は俺の方が心当たりが無い。まあお姫様に会ったついでに暴れられたのは気晴らしになったし、ワインもご相伴に預かったし、こっちの世界も悪くねえなとは思っている。「そう、それだ」太宰がもたれていた枕から背を起こす。
「ユメクイ。やっつけてきたんでしょう」
「……ああ」
それで、太宰の云わんとすることをようやっと理解する。そうか。今の俺も、太宰と同じようにきっと少し浮足立った顔をしているのだ。
この世界に来て。
人間を相手にするより遥かに力を気兼ね無く使えることが、どれほど俺にとって救いとなっているかは俺自身にも未だ図り切れていない。
「……君も私も、生きていくならこう云う世界の方が向いているのかもね」
太宰の妙にしみじみとした呟きが、俺と太宰の間の沈黙を埋めた。
此処では太宰はただの人で。
俺は力を存分に振るえる対象がある。
そして俺達はきっと、どこでだって生きていける。
それはヨコハマでも――もちろん此処トロイメアでも。
「……そうだな」
それでも、俺には戻る以外の選択肢などあり得なかった。
それはきっと太宰も同じだろう。
俺達はシーツに潜り込んだ。くすくすと太宰の笑う声に誘われるままにローブを脱がしてキスした。最初は額に。それから口の端、唇に。太宰はうっとりと舌を絡ませた後、睦言のように囁く。
「だぁって、考えても見給え、敦君達を帰した後にこのままこの世界に留まることになりでもしたら、私と中也はこの世界で、たったふたりだけの同胞になってしまうのだよ。そんなのは御免だね」
相棒らしい理屈の付け方に、俺は「そうだな」と笑う。
手前をこうして抱くことが出来るんなら、異世界だろうが何だろうが他の全ては些細なことだとか。
「そんなのは、心底御免だ」
ふと見下ろした街は夜でも眠らずにちかちかとネオンを光らせていて、まるで夜天の星がすっかり地上に移住してしまったかのようだった。地上に降りればきっと、空に残る僅かな星明りも人の喧騒に埋もれて見えなくなってしまうに違いない。知らない街なのに、それは不思議とどこか見慣れた光景として脳裏に容易に描き出すことが出来た。違うことと云えば、潮の匂いがしないことくらいか。この海の無い街には、魔法と優れた科学がある代わりに異能力が存在しない。でもあの光ひとつひとつの下で人が生きて生活しているのはおんなじだ。
煙草の味も。
ふーっと最後に煙一つ吐き出して、俺はダテンの夜に背を向けた。
ぴしゃりと窓を閉めて部屋に戻ると、何時の間にか太宰も起き出していた。寝台の外に這い出す気力は無かったのか、枕に背をもたれ掛けさせ、タブレット端末――ヨコハマで流通しているものより幾分か高度なものだ――の情報をぼんやりと手繰っている。闇の中、青白い光に浮かび上がる気怠げな表情。指先の動作には淀みが無い。つい先日借りて説明を受けたばかりだろうに、まるで何年も前からずっとそうやっていたような慣れを見せていて、そう云うところは癪だが流石だ。俺は未だ少し扱いに手間取る。
ダブルベッドの端に腰掛けるようにしてその様子を眺めていると、太宰は目線をそのままに、俺に隣を許すように少しだけ体をズラした。今日は随分と素直だ。或いは善いことでもあったのか。最中の様子を思い出しながら遠慮無く潜り込むと、滑らかなシーツの感触が足先を包んだ。柔らかいタオル地のバスローブの隙間から、隣に伸びる脹脛に触れる。冷えた脚に脚を絡ませ、そのまま太宰の体を抱き込むようにして首筋に頬を寄せると、シャワーを浴びた後の清潔な香りがして、このホテルのシャンプーの匂いは中々悪くない。何せ太宰の纏う静謐さの邪魔をしない。ほぼ確実にヨコハマには存在しないだろうブランドであることだけが残念だ。
太宰は俺に目を向けなかった。それをいいことに肺に空気を染み渡らせるようにしていると、すかさず「邪魔はやめてよ」と制止が掛かる。「君、ほんとうに犬みたいだよ」半分笑ったような声。無視して続けても善かったが、然し態々機嫌を損ねることもなかった。俺は仕方無く相棒を解放してごろんと隣に寝転がった。うつ伏せに枕に肘をつく。
「あっちに戻る情報収集捗ってんの」
「まァそれなりに。然し私ばかり働かせ過ぎじゃないかい? そう云う君は今日何してたのさ」
「姫様の護衛」
タブレットに視線を落としていた太宰が顔を上げた。姫様と云うのは俺達がこの見知らぬ世界で出会った、見知らぬ国の王族を名乗る女だった(いや、正確には隣に居た猫がそう説明していた)。今まさに太宰が居候し援助を得ている人間の一人でもある。と云うことは、当然俺が自分の預かり知らぬところでパトロンと接触することを太宰は好ましくは思わないだろう。形のいい眉が微かに顰められる。君が護衛なんて、性に合っていないでしょうと云う顔なのか、情報を探る口実に過ぎないくせによくもまあしゃあしゃあと云えるねと云う顔なのか、或いはどちらもか。
苦笑する。確かにそれが主目的ではなかったが、実際突然襲ってきた物体から姫様を守ったのだから護衛を果たしたのにもまた違いない。
「あの黒服連中以外にも、この世界にはユメクイってのが時々出るらしいぜ。姫様は特に危ないんだとよ」
「へえ」
今度は興味無さげ。この分だと既に遭遇済みなのだろう。ぼんやりと枕を抱き抱えながら、昼間殴った物体の感触を思い出す。生き物のようで生き物でないあれはこの世界特有の――魔物、とでも称するべきだろうか。兎に角、人に害を成すものだから、見付けたら片端から潰して構わないのだと云う。人間のように、殴って善いものと悪いものの区別を付けなくて善いのは俺にとっては楽だった。
「……。然し、彼女も元々この世界の人間ではないのだろうに、人助けの旅に駆り出されて大変だよねえ」
「へえ? まあ戦闘慣れはしてなさそうだったなあの姫様。そうなのか」
「ほら、初めに敦くんにヨコハマのこと興味深げに訊いていたでしょう。その様子が、如何も初めて聞く街に対する態度ではなかったように思ったから、少し気になって、ね?」
「ふぅん」
「と云うか、そんな風に態々探り入れに来るなら君達も隠れ家の方に来れば善かったじゃない。現地の案内があるのと無いのとでは初動の差が大きいし……逆によくこんなグレードのホテル取れたよね。カード使えなかったでしょ、お金如何したの?」
「そんなもん言葉が通じんだから如何とでもなるだろ」
「逞しいことだねえ……」
君、本当、何処でだって生きていけそうだよねと太宰が軽口を叩くが、それは手前だって似たようなもんだろ、と思う。この男だってきっと、人虎が隣に居らず一人でこの街に降り立っていたら好きに動いていたのに違いないだ。知らない街で衣食住を確保して、資金だって情報だって誰に頼らずとも得る態勢を整えて。寧ろこう云った未知の状況では俺より太宰の方が余程かしこく立ち回って生きていける。
何処でだって、生きていけるのは手前も同じだろ。
そう口に出さなかったのは、その言葉が余計な意味を持つことを憚ったからだ。
何処でも生きたくはないのにね、と返されれば、俺には継げる言葉が無い。
「……そうだ、手前こそ随分とご機嫌だろ。何かあったのかよ」
「何? 私が?」
太宰が手を止める。心外だ、と云う風に隣で寝転ぶ俺にちらりと目を向ける。
「他に誰が居んだよ」
「心当たりが無いけど」
ぱち、と瞬きが一つ。それは誤魔化しではなく、本当に意識していないようだった。訊いてもいないのに口を開く。だって、いきなり異世界に飛ばされるなんて、流石の私でも読み切れないよ。情報は不足しているし、ときどき知識の前提から異なってくるし、もう散々だよ。そんな状況で、如何して私が上機嫌になると思うのだい。すらすらと滑らかに動く口の、不機嫌さの奥に見え隠れする弾んだような息遣い。探るようにじっと見る。明かりの落ちた中で彩度の低くなった鳶色の瞳を無言で覗き込んでいると、「……勘弁して」と云う言葉とともにその目が両手に覆われた。
聞こえる軽い溜め息。
「……君、私達が此処に来た仕組みが判る」
「それは手前が今調べてんじゃ……いや」今太宰が俺に問い掛けたいのは、その詳細ではない。「……少なくとも、異能じゃあねえんだ。手前には効いたから」
「そう」
太宰の緩んだ表情が、ぼんやりと青白い光に浮かび上がる、
「私には、効くんだよね。この街の、魔法とやらが」
じっと見る。この男との付き合いもだいぶ長いと認識しているが、それでも未だ見たことの無い種類の表情があることに驚いた。
例えるなら、初めて訪れた遊園地に興奮を隠し切れない子供のような。
体が動いていたのは本能的にだ。
「ま、ってちょっと……! 急にしがみつかないで!」
暴れる太宰を抑え込んでぎゅっと抱き締め、その薄い体に重なるように乗っかった。バスローブの胸元が少し乱れる。弾みでタブレットが床に落ちたが、絨毯に受け止められて軽い物音一つで済んだ。
顕になった胸板に頬を擦り寄せてぼやく。
「あ゛ー……今すぐ手前を抱き締めてあの窓から飛び降りてやりてえ……」
「嫉妬? あんまり可愛らしいこと云わないでよね」
「うるせえな」
「まあでも」
スッ、と太宰が頬に手を伸ばしてきた。なんだ、と思う間も無く唇にキスされる。
「それはお互い様だよ」
意味が判らずに首を傾げていると、人差し指の爪の先で戯れのように頬を突かれた。「楽しそう」。何だよ。今度は俺の方が心当たりが無い。まあお姫様に会ったついでに暴れられたのは気晴らしになったし、ワインもご相伴に預かったし、こっちの世界も悪くねえなとは思っている。「そう、それだ」太宰がもたれていた枕から背を起こす。
「ユメクイ。やっつけてきたんでしょう」
「……ああ」
それで、太宰の云わんとすることをようやっと理解する。そうか。今の俺も、太宰と同じようにきっと少し浮足立った顔をしているのだ。
この世界に来て。
人間を相手にするより遥かに力を気兼ね無く使えることが、どれほど俺にとって救いとなっているかは俺自身にも未だ図り切れていない。
「……君も私も、生きていくならこう云う世界の方が向いているのかもね」
太宰の妙にしみじみとした呟きが、俺と太宰の間の沈黙を埋めた。
此処では太宰はただの人で。
俺は力を存分に振るえる対象がある。
そして俺達はきっと、どこでだって生きていける。
それはヨコハマでも――もちろん此処トロイメアでも。
「……そうだな」
それでも、俺には戻る以外の選択肢などあり得なかった。
それはきっと太宰も同じだろう。
俺達はシーツに潜り込んだ。くすくすと太宰の笑う声に誘われるままにローブを脱がしてキスした。最初は額に。それから口の端、唇に。太宰はうっとりと舌を絡ませた後、睦言のように囁く。
「だぁって、考えても見給え、敦君達を帰した後にこのままこの世界に留まることになりでもしたら、私と中也はこの世界で、たったふたりだけの同胞になってしまうのだよ。そんなのは御免だね」
相棒らしい理屈の付け方に、俺は「そうだな」と笑う。
手前をこうして抱くことが出来るんなら、異世界だろうが何だろうが他の全ては些細なことだとか。
「そんなのは、心底御免だ」
1/1ページ