トロイカ
(2017/03/12)
私と云う人間を構成する要素はみっつある。
先ずはこの頭脳。自惚れじゃあない。本当に、見るか考えるかすれば、大抵のことは何だって判った。それこそ詰まらないくらい、凡てクリアに明確に。その知識とか判断力とかは、太宰治と云う人間を語るに欠かせない能力だろうと自負している。実際ポートマフィアなんて組織ではこれが随分と重宝した。これがなければ、今頃貧民街ででも野垂れ死んでいるか、何処ぞの悪漢に体だけ買われて廃人にでもなっている処だ。
こんな、寝台でぬくぬくとしてはいられない。
「うー……ちゅうや……」
呻く。ぴぴっと脇の辺りで電子音がしたから中也を呼ぶと、はいはいと呆れたように布団を引き剥がされ、肌蹴た胸元から体温計を引っこ抜かれた。「何度?」「三十九」「うへえ」そんな会話をするのも怠い。舌が熱を持って口内の奥に凭れ掛かっていて、それで喉が上手く開いている気がしなかった。
「粥は? 食べれるか」
「食欲ない……」
「食べれるな、よし」
「ねえ今訊いた意味あった?」
嫌味の一つでも云おうとするけれど、体が上手く云うことを聞かない。頭も。熱に浮かされた思考ではまともなことなんて到底考えられなくて、何時の間にか中也が持ってきていた粥を云われるがままに口に運ぶ。
私という人間を構成する要素。
次に異能だ。人間失格。そこまで便利な異能ではない。発動させるには対象に触れなければならないから、遠隔系の異能とは大分相性が悪かったりする。ただ、先述の太宰の頭脳を以ってすればその威力を拳銃から大砲ほどに増大することは可能だった。相手に前情報の無い状態が一番やりやすい。なにせ異能力者と云うものは、自分の異能力が切り札で、絶対に破られることのない最強の力だと思っている輩が多い。同じように此方が切り札を持っているとは、何故だか思いもしないのだ。その不意を突く。飽くまで選択肢の一つ。手札は多い方が、戦術の幅はぐんと広がる。
「うう……川……入水……」
よろ、と寝台を抜け出し扉に手を掛ける。体は怠いし、頭は回らないし、ぜいぜいと息がとてもし難い。兎に角しんどくて、もう死んだ方がましじゃないかとさえ思える。そうだ、自殺しよう。死んだら楽になれるし。
けれど部屋を出た処で、食器を片付け終わった中也とばったり鉢合わせた。
「寝てろ莫迦」
ずしゃ、と私の体がその場に崩れ落ちる。中也が指一本触れただけで、だ。感じるのは強い重力。頬がフローリングに中ってひんやりと冷たい。中也に見下されてる視線を感じるけど、怠さの所為か重力の所為か、或いはその両方なのか、指の一本さえ動かすことが叶わない。中也の異能を失格せずにそのまま居ると、加重状態は解除されて、代わりにずるずると寝台まで引き摺り戻される。
「やだあもお……」
「手前に異能効くの面白えよな」
寝台に放り出されて、其処でも矢っ張り重力を掛けられる。マットレスに過剰に沈み込む体。
「ちょっと遊ばないでよ!」
怒鳴るとがんがんと頭が痛んだ。でも中也は相変わらず笑っていたから、なんかもう如何でも善くなった。
私を構成する要素。
後の一つは。
ぴりり、と不意に電子音が鳴る。端末の呼び出し音。私のものじゃない。朝から部下からの指示仰ぎの連絡が煩くて、私のは電源を切っていたからだ。ついでに云えば、最後の通話が「今日の指示は全部中也に仰いで!」だったから、中也の着信は常の二倍になっているらしい。それは先刻「莫迦か手前は」と抓られた。
「んー……。ちょっと席外すぜ」
どうせ私に聞かれたって問題の無い内容のくせに、律儀に部屋を出ようとする中也の袖をなんとか捕まえる。弾みで寝台から転げ落ちて、何やってんだ手前はと呆れられた。
「中也」
けれど形振りなんて構っていられないのだ。電話だけならまだしも、そのまま任務に向かわれては堪らない。
「だめ。離れないでよ」
ぽろ、と零れ落ちた言葉に、着信音の鳴り続ける携帯を握り締めながら、中也が唖然として此方を見る気配があった。けれど見上げ続ける気力が無い。せっかく掴んだ袖を離して、ずるずると床に倒れ込む。中也は抱き留めはしなかったけれど、一応、傍にしゃがみこんでは呉れた。電話には未だ、出ないままで。
「……遂に気が狂ったか……?」
「三十九度出してる人間に云うせりふじゃない……」
「それもそうか」中也は笑う。「手前は今、熱で頭がイカれちまってる」
「そう。理解が早くて助かる」
「は」
中也は鼻で笑って、そのまま通話ボタンを押した。眉を難しげに寄せながら、部下に的確に指示を出していく。その心地良い声を耳にしながら太宰は床で微睡んだ。ふわ、と頭を、頬を手慰みのように撫でられる。今日は中也の手が妙にひやりと気持ちいい。
「……俺は暫くそっちに行けなさそうだ。手前らで処理しといて呉れ。報告は後で受ける」
そんな言葉を、朦朧とした意識の中で聞く。あと、通話終了の電子音と、はあ、と仕方の無さそうな溜め息。
「これで善いだろ。おら、寝台入れ」
体を軽々と抱え上げられ、意識がすこんと体から抜け落ちるような感覚に陥る。いけないいけない。体と一緒に拾っていかなきゃ。
「……ねえ、自分を構成する要素を敢えてみっつあげるとするなら、君なら如何答える……」
「は? んだそれ」
「いいから」
促す。ただの雑談だ。中也を引き止めておく為の。
中也は太宰の汗を拭っていた手を止めて、うーんと律儀に考え込む。
「異能だろ? それと矢っ張り体が資本だ。あとは……」
「あとは?」
ぐるりと頸を回して中也を見ると、中也の方もじっと考え込むようにして此方を見ていた。「でしょ」太宰は頷く。「そうでしょ。で、今私は異能も頭も駄目な訳」
「回りくどい」
せっかくの必死の訴えを、一言で切って捨てられる。ええ、ひどい。これ以上、なんて云えって云うんだこの男。
「熱で頭イカれちまってんだろ? だったらもっと直截に云えよ」
そう私を脅迫する声音は完全に面白がっている。くそ、性格悪いし趣味も悪い。でもその言葉に反して私の手を握る力は柔くて、それが悔しい。もう如何にでもなれ。
「此処に居て。中也まで居なくなったら、私しんじゃう……」
熱の所為、熱の所為。寝て起きたら覚えてないんだ、きっとそうだ。そう必死に云い聞かせて絞り出した言葉に、中也は満足そうに頷いて「気持ち悪い」と云い放ったから本当趣味が悪いと思う。
それから寝付くまでずっと、中也の手が私の手をぎゅっと握っていたものだから、私はすっかり安心して心地よく寝入ってしまったのだった。
私と云う人間を構成する要素はみっつある。
先ずはこの頭脳。自惚れじゃあない。本当に、見るか考えるかすれば、大抵のことは何だって判った。それこそ詰まらないくらい、凡てクリアに明確に。その知識とか判断力とかは、太宰治と云う人間を語るに欠かせない能力だろうと自負している。実際ポートマフィアなんて組織ではこれが随分と重宝した。これがなければ、今頃貧民街ででも野垂れ死んでいるか、何処ぞの悪漢に体だけ買われて廃人にでもなっている処だ。
こんな、寝台でぬくぬくとしてはいられない。
「うー……ちゅうや……」
呻く。ぴぴっと脇の辺りで電子音がしたから中也を呼ぶと、はいはいと呆れたように布団を引き剥がされ、肌蹴た胸元から体温計を引っこ抜かれた。「何度?」「三十九」「うへえ」そんな会話をするのも怠い。舌が熱を持って口内の奥に凭れ掛かっていて、それで喉が上手く開いている気がしなかった。
「粥は? 食べれるか」
「食欲ない……」
「食べれるな、よし」
「ねえ今訊いた意味あった?」
嫌味の一つでも云おうとするけれど、体が上手く云うことを聞かない。頭も。熱に浮かされた思考ではまともなことなんて到底考えられなくて、何時の間にか中也が持ってきていた粥を云われるがままに口に運ぶ。
私という人間を構成する要素。
次に異能だ。人間失格。そこまで便利な異能ではない。発動させるには対象に触れなければならないから、遠隔系の異能とは大分相性が悪かったりする。ただ、先述の太宰の頭脳を以ってすればその威力を拳銃から大砲ほどに増大することは可能だった。相手に前情報の無い状態が一番やりやすい。なにせ異能力者と云うものは、自分の異能力が切り札で、絶対に破られることのない最強の力だと思っている輩が多い。同じように此方が切り札を持っているとは、何故だか思いもしないのだ。その不意を突く。飽くまで選択肢の一つ。手札は多い方が、戦術の幅はぐんと広がる。
「うう……川……入水……」
よろ、と寝台を抜け出し扉に手を掛ける。体は怠いし、頭は回らないし、ぜいぜいと息がとてもし難い。兎に角しんどくて、もう死んだ方がましじゃないかとさえ思える。そうだ、自殺しよう。死んだら楽になれるし。
けれど部屋を出た処で、食器を片付け終わった中也とばったり鉢合わせた。
「寝てろ莫迦」
ずしゃ、と私の体がその場に崩れ落ちる。中也が指一本触れただけで、だ。感じるのは強い重力。頬がフローリングに中ってひんやりと冷たい。中也に見下されてる視線を感じるけど、怠さの所為か重力の所為か、或いはその両方なのか、指の一本さえ動かすことが叶わない。中也の異能を失格せずにそのまま居ると、加重状態は解除されて、代わりにずるずると寝台まで引き摺り戻される。
「やだあもお……」
「手前に異能効くの面白えよな」
寝台に放り出されて、其処でも矢っ張り重力を掛けられる。マットレスに過剰に沈み込む体。
「ちょっと遊ばないでよ!」
怒鳴るとがんがんと頭が痛んだ。でも中也は相変わらず笑っていたから、なんかもう如何でも善くなった。
私を構成する要素。
後の一つは。
ぴりり、と不意に電子音が鳴る。端末の呼び出し音。私のものじゃない。朝から部下からの指示仰ぎの連絡が煩くて、私のは電源を切っていたからだ。ついでに云えば、最後の通話が「今日の指示は全部中也に仰いで!」だったから、中也の着信は常の二倍になっているらしい。それは先刻「莫迦か手前は」と抓られた。
「んー……。ちょっと席外すぜ」
どうせ私に聞かれたって問題の無い内容のくせに、律儀に部屋を出ようとする中也の袖をなんとか捕まえる。弾みで寝台から転げ落ちて、何やってんだ手前はと呆れられた。
「中也」
けれど形振りなんて構っていられないのだ。電話だけならまだしも、そのまま任務に向かわれては堪らない。
「だめ。離れないでよ」
ぽろ、と零れ落ちた言葉に、着信音の鳴り続ける携帯を握り締めながら、中也が唖然として此方を見る気配があった。けれど見上げ続ける気力が無い。せっかく掴んだ袖を離して、ずるずると床に倒れ込む。中也は抱き留めはしなかったけれど、一応、傍にしゃがみこんでは呉れた。電話には未だ、出ないままで。
「……遂に気が狂ったか……?」
「三十九度出してる人間に云うせりふじゃない……」
「それもそうか」中也は笑う。「手前は今、熱で頭がイカれちまってる」
「そう。理解が早くて助かる」
「は」
中也は鼻で笑って、そのまま通話ボタンを押した。眉を難しげに寄せながら、部下に的確に指示を出していく。その心地良い声を耳にしながら太宰は床で微睡んだ。ふわ、と頭を、頬を手慰みのように撫でられる。今日は中也の手が妙にひやりと気持ちいい。
「……俺は暫くそっちに行けなさそうだ。手前らで処理しといて呉れ。報告は後で受ける」
そんな言葉を、朦朧とした意識の中で聞く。あと、通話終了の電子音と、はあ、と仕方の無さそうな溜め息。
「これで善いだろ。おら、寝台入れ」
体を軽々と抱え上げられ、意識がすこんと体から抜け落ちるような感覚に陥る。いけないいけない。体と一緒に拾っていかなきゃ。
「……ねえ、自分を構成する要素を敢えてみっつあげるとするなら、君なら如何答える……」
「は? んだそれ」
「いいから」
促す。ただの雑談だ。中也を引き止めておく為の。
中也は太宰の汗を拭っていた手を止めて、うーんと律儀に考え込む。
「異能だろ? それと矢っ張り体が資本だ。あとは……」
「あとは?」
ぐるりと頸を回して中也を見ると、中也の方もじっと考え込むようにして此方を見ていた。「でしょ」太宰は頷く。「そうでしょ。で、今私は異能も頭も駄目な訳」
「回りくどい」
せっかくの必死の訴えを、一言で切って捨てられる。ええ、ひどい。これ以上、なんて云えって云うんだこの男。
「熱で頭イカれちまってんだろ? だったらもっと直截に云えよ」
そう私を脅迫する声音は完全に面白がっている。くそ、性格悪いし趣味も悪い。でもその言葉に反して私の手を握る力は柔くて、それが悔しい。もう如何にでもなれ。
「此処に居て。中也まで居なくなったら、私しんじゃう……」
熱の所為、熱の所為。寝て起きたら覚えてないんだ、きっとそうだ。そう必死に云い聞かせて絞り出した言葉に、中也は満足そうに頷いて「気持ち悪い」と云い放ったから本当趣味が悪いと思う。
それから寝付くまでずっと、中也の手が私の手をぎゅっと握っていたものだから、私はすっかり安心して心地よく寝入ってしまったのだった。
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