ワンライまとめ①
(2021/10/30)
『変装』
「……キミが来ると朝のトレーニングに行けなくて困るぜ」
寝室から不機嫌そうな唸りとともに苦言が聞こえて、オレさまはフライパンの火を止めながら「そりゃどうも」と相槌を打った。確かに早朝いつもどおりに起きて行きつけのジムに向かおうとしたダンデをベッドに引きずり込んだのはオレさまで、朝の一戦を仕掛けたのもオレさまだ。元凶の誹りは免れ得まい。
「今日はチャンピオンタイムが始まらないぜ……」
「もうチャンピオンじゃないだろ……あ。よく考えたらオレさまも飲みたいから牛乳これだと足りないな。買ってくる、コンビニのでいいよな?」
「あ、待ってくれ」
ダンデが目の開ききらない眠たげな顔とラフな格好で寝室から出てくる。寝ぼけ眼を擦るその頬におはようのキスをすると少し伸びた髭がこそばゆい。今朝もオレさまのチャンピオンは最高にキュートだな、と頬を緩めているとぱふっと帽子を被せられた。
ダンデのキャップだ。
「え、何」
「外に出るなら変装していってくれ……」
変装? 妙な提案に首を傾げる。
「ハロウィンだから?」
「? ああ……いや、最近パパラッチが気になって。表にいるかも知れないから」
「え、オレさま初耳なんだけどそれ。オマエ大丈夫なのかよ」
「ああ、適当にあしらってるよ。彼らもそこまで過度な接触をしてくるわけじゃないから……でもオレたちの仲を詮索されると流石に何かと面倒だ」
ふわ、と危機感なく欠伸混じりに言いながらもう一度寝室に戻って、今度はクローゼットから引っ張り出してきたらしい自分の私服を腕いっぱいに持ってくる。そんなに衣装持ちではなかったと思うから、もしかしたらそれが部屋にあったすべてだったのかもしれない。
わさぁ、とダイニングに広がる衣類の山。
「……ていうか昨晩オレたちふつーに酔って縺れながら帰ってこなかった? そのときは気付かなかったんだけど……」
「じゃあいなかったんだろ。キミとオレとでいて気づかない、なんてことがあるか?」
「まあそれは」
ないかなァ、と若干納得がいかないものの頷いた。背中に注がれる視線には敏感な方だ。それにポケモンたちもいたし。ボール越しとは言え誰かに盗み見られていれば警戒心が働くはずだ。じゃあ撮られてはない、と思っていいのか。考えている間に別のキャップ帽が被せられ、マントがかけられ、真っ赤なスーツのジャケットが体に当てられうーんと思案されること数秒。
「……ねえダンデさあ。聞きたいんだけど、この部屋にあるもんで何に変装できるわけ? で、オレさまのこの手足を隠せると思う? オマエの部屋から出てくるこんなでけえ男一人しかいねえよ」
「待ってくれ、今どう誤魔化すか考えてるから……」
うーん、とダンデが腕を組んで眉間に皺を寄せる。珍しく頭が回っていないらしい。昨晩二人でアルコールも入れてはしゃぎすぎたかもしれない。
まあ仕方ないと思う、ダンデかわいかったし。
でもこのままだとせっかく焼いたベーコンエッグが冷める。
「……じゃあもうネズとマクワあたり呼ぼうぜ。外の様子見つつ来てもらって、そんでオレさま一緒に帰ればそんなに目立たねえだろ。撮られても一緒に遊びに来た風にしか見えないしな」
ロトム、と自分のスマホを呼んだ。端末で適当に知り合いのリストを呼び出す。やっぱその二人かなあ。ヤローは朝忙しいだろうし、カブさんは巻き込むの申し訳無さすぎるし……。
と、横から手が伸びてきてガシッと手首を掴まれた。
隣を見れば唇を尖らせて拗ねたような顔をするダンデ。
「他の人を呼ぶのはなしだぜ」
「……いや、つってもしかたねーだろ」
言い聞かせるような言葉とは裏腹に声が上擦る。嫉妬、なんてらしくない感情を直接的にぶつけられて、掴まれた手首から煩く脈打つ音が伝わらないか気が気じゃない。
「それに、キミ、まだオレとバトルしてないのに帰っちゃうのは困るぜ……!」
きゅうん、とつぶらなひとみで訴えかけられて、こうげきもガクッと下がったオレさまにはなすすべがない。
このオレドラゴンストームは、フェアリーわざにはすこぶる弱いのだ。
弱いのだが。
「じゃあどうするんだよー! 飯食えねえだろこのままじゃ!」
「キミをこのまま帰すくらいなら熱愛報道された方がマシだ!!」
「じゃあそれで行こうぜもう! 腕組んで牛乳買いに行こう! そんでもうちゅーもしちまおう記者の前で」
「いいな! その勝負乗ったぜキバナ」
数分後、記者のカメラではなく何人かの通行人が撮った写真がSNSでバズったが、高層マンションのベランダからポケモンたちに乗って飛び出したオレたちのその瞬間は、誰も鮮明に撮ることが叶わなかったらしい。
お揃いの帽子で口元を隠し、キスをしていた瞬間は。
『変装』
「……キミが来ると朝のトレーニングに行けなくて困るぜ」
寝室から不機嫌そうな唸りとともに苦言が聞こえて、オレさまはフライパンの火を止めながら「そりゃどうも」と相槌を打った。確かに早朝いつもどおりに起きて行きつけのジムに向かおうとしたダンデをベッドに引きずり込んだのはオレさまで、朝の一戦を仕掛けたのもオレさまだ。元凶の誹りは免れ得まい。
「今日はチャンピオンタイムが始まらないぜ……」
「もうチャンピオンじゃないだろ……あ。よく考えたらオレさまも飲みたいから牛乳これだと足りないな。買ってくる、コンビニのでいいよな?」
「あ、待ってくれ」
ダンデが目の開ききらない眠たげな顔とラフな格好で寝室から出てくる。寝ぼけ眼を擦るその頬におはようのキスをすると少し伸びた髭がこそばゆい。今朝もオレさまのチャンピオンは最高にキュートだな、と頬を緩めているとぱふっと帽子を被せられた。
ダンデのキャップだ。
「え、何」
「外に出るなら変装していってくれ……」
変装? 妙な提案に首を傾げる。
「ハロウィンだから?」
「? ああ……いや、最近パパラッチが気になって。表にいるかも知れないから」
「え、オレさま初耳なんだけどそれ。オマエ大丈夫なのかよ」
「ああ、適当にあしらってるよ。彼らもそこまで過度な接触をしてくるわけじゃないから……でもオレたちの仲を詮索されると流石に何かと面倒だ」
ふわ、と危機感なく欠伸混じりに言いながらもう一度寝室に戻って、今度はクローゼットから引っ張り出してきたらしい自分の私服を腕いっぱいに持ってくる。そんなに衣装持ちではなかったと思うから、もしかしたらそれが部屋にあったすべてだったのかもしれない。
わさぁ、とダイニングに広がる衣類の山。
「……ていうか昨晩オレたちふつーに酔って縺れながら帰ってこなかった? そのときは気付かなかったんだけど……」
「じゃあいなかったんだろ。キミとオレとでいて気づかない、なんてことがあるか?」
「まあそれは」
ないかなァ、と若干納得がいかないものの頷いた。背中に注がれる視線には敏感な方だ。それにポケモンたちもいたし。ボール越しとは言え誰かに盗み見られていれば警戒心が働くはずだ。じゃあ撮られてはない、と思っていいのか。考えている間に別のキャップ帽が被せられ、マントがかけられ、真っ赤なスーツのジャケットが体に当てられうーんと思案されること数秒。
「……ねえダンデさあ。聞きたいんだけど、この部屋にあるもんで何に変装できるわけ? で、オレさまのこの手足を隠せると思う? オマエの部屋から出てくるこんなでけえ男一人しかいねえよ」
「待ってくれ、今どう誤魔化すか考えてるから……」
うーん、とダンデが腕を組んで眉間に皺を寄せる。珍しく頭が回っていないらしい。昨晩二人でアルコールも入れてはしゃぎすぎたかもしれない。
まあ仕方ないと思う、ダンデかわいかったし。
でもこのままだとせっかく焼いたベーコンエッグが冷める。
「……じゃあもうネズとマクワあたり呼ぼうぜ。外の様子見つつ来てもらって、そんでオレさま一緒に帰ればそんなに目立たねえだろ。撮られても一緒に遊びに来た風にしか見えないしな」
ロトム、と自分のスマホを呼んだ。端末で適当に知り合いのリストを呼び出す。やっぱその二人かなあ。ヤローは朝忙しいだろうし、カブさんは巻き込むの申し訳無さすぎるし……。
と、横から手が伸びてきてガシッと手首を掴まれた。
隣を見れば唇を尖らせて拗ねたような顔をするダンデ。
「他の人を呼ぶのはなしだぜ」
「……いや、つってもしかたねーだろ」
言い聞かせるような言葉とは裏腹に声が上擦る。嫉妬、なんてらしくない感情を直接的にぶつけられて、掴まれた手首から煩く脈打つ音が伝わらないか気が気じゃない。
「それに、キミ、まだオレとバトルしてないのに帰っちゃうのは困るぜ……!」
きゅうん、とつぶらなひとみで訴えかけられて、こうげきもガクッと下がったオレさまにはなすすべがない。
このオレドラゴンストームは、フェアリーわざにはすこぶる弱いのだ。
弱いのだが。
「じゃあどうするんだよー! 飯食えねえだろこのままじゃ!」
「キミをこのまま帰すくらいなら熱愛報道された方がマシだ!!」
「じゃあそれで行こうぜもう! 腕組んで牛乳買いに行こう! そんでもうちゅーもしちまおう記者の前で」
「いいな! その勝負乗ったぜキバナ」
数分後、記者のカメラではなく何人かの通行人が撮った写真がSNSでバズったが、高層マンションのベランダからポケモンたちに乗って飛び出したオレたちのその瞬間は、誰も鮮明に撮ることが叶わなかったらしい。
お揃いの帽子で口元を隠し、キスをしていた瞬間は。
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