vs.ラブ・ブレイク

(2022/02/01)


「よおダンデ! 紹介するぜ、こっちはラブ・ブレイク団の皆さん。今よりにもよってオレさまのオマエへのチョコを掠め取ろうとしやがったからバトルでボコボコにしてふんじばったとこ」
 キミ何してるんだ、と問われたためにキバナは一仕事をやり終えた爽やかな笑顔で荒縄を両手にそう答えた。通りのど真ん中で縛られ正座させられたブレイク団の——もといラブ・ブレイク団の三人は、仮面の下でグスグスとべそをかいている。
 サンクスデイのうららかな昼下がりだった。
 通行人がざわざわと遠巻きに見ながら通りすがっていっていた。
 聞いたダンデはふぅんと興味なさそうに一瞥して一言。
「キミたち、相手は選んだ方がいいぜ」
 ガラルリーグチャンピオンの淡白な言葉に、仮面の三人が正座ながらも地団駄らしきものを踏む。
「くそーッ、覚えてろよ……!」
「アタシらが捕まっても、きっと第二第三のラブ・ブレイク団が現れるからな……!」
「いや、そしたら全部倒すから。大体、チョコ奪って何がしたいんだよ」
「お前らカップルどもこそ、チョコ渡すイベントごときで浮かれて何が楽しいんだ……ッ!」
「え、楽しくない? 好きなやつの笑顔見んの。まあオレさまとダンデはカップルじゃないんだけどねまだ」
「それはイベント時に限んねえだろ! ……え、そうなの……?」
 喚くラブ・ブレイク団をよそに、ふむ……とダンデは思案する。
 第二第三のラブ・ブレイク団。
「キミたちはあれか。サンクスデイの邪魔をしてるのか?」
「そうだよっ」
「それはまた何故だ。感謝の気持ちを贈るのはいいことだろう」
「“感謝”!」ハッ、とリーダー格の男がその言葉を鼻で笑い飛ばす。「感謝、なんて建前だろうが! 本当に感謝なら家族なりチームメイトなりにも贈りゃあいい! それがどうだ!? 実際はそこかしこでカップルがイチャイチャしてやがる、それも何故か男と女だけ!」
「僕は元々三人チームで他の二人がカップルになっていづらくなって抜けてブレイク団に入ったから公然とイチャつくカップルが個人的に嫌いなんだよ!」
「別に幸せなのは結構なことだし手ぐらいいくらでも繋げばいーけど過剰なPDAは家でしろよ流石に気まずいわ!」
「それでチョコを奪って妨害を?」
「ああ! カップルどものチョコをな……ッ!」
「なるほど」
 ダンデはとりあえず頷いた。恋愛関係にある他人同士がどういった行動を取ろうとダンデの興味の関心外であるため、彼らの主張に特に共感はしなかったが彼らは彼らで思うところがあるのだろう。
 しかし窃盗は普通に犯罪だし止めないといけない。
 そして彼ら曰く、今日この日にそのような志で暴れているのはどうやら彼らだけではないらしい。
「わかった。つまり、この……」ゴソゴソと、どこからか持っていた手のひら大の平たい小箱を取り出してダンデは確かめるように言う。「オレからキバナへの愛の詰まったチョコを餌にすれば、このチョコを狙う他のラブ・ブレイク団を釣ってバトルができ——じゃない、悪行を止めることができるんだな?」
「え、……ッ!?」
 これに一番驚いたのはキバナだ。
 荒縄を取り落とし、ダンデが何気なく取り出した、モモン色のラッピングのチョコとダンデの顔を交互に見比べて呆然と言葉をこぼす。
「え? 待って、ダンデオレさまにそのチョコくれようとしてた?」
「その予定だったぜ」
「でもそのチョコ餌にすんの?」
「そうだぜ」
「じゃあラブ・ブレイク団を全部倒すまでお預け……?」
「そういうことになるな!」
 このライバルの元気な返答に、キバナのショックもひとしおだった。チョコがもらえるなんてまさか期待していなかったから感激のあまり天にも昇る気持ちの反面、それを今にも切れそうな糸で目の前にぶら下げられてワンパチも号泣する目に遭わされている。どうしてこんなことに。それもこれもラブ・ブレイク団などという不埒な野郎どもが暴れているのが悪いのだ。さっさと全員ぶっ倒すか、いやしかし万一ラブ・ブレイク団の誰かがダンデにまあ勝つことはないだろうけど善戦して夢中になったダンデが「気に入ったぜ! キミにこれをあげよう」とかなんとかオレさまへのチョコであることを忘れてあげちまったらどうしよう、いやないとは言い切れん、ありうる……。
 次の瞬間、キバナは縛られた一人から仮面をベリっと剥がしていた。
「あっ僕の仮面! えっ何で取れたんだ、取れる設定じゃないんですけど」
「……キバナ。何のつもりだ」
 静かなダンデの問いに答えず、キバナはその仮面を。
 自らの顔につけた。
「……キミ自分のツラの良さを過信しすぎじゃないか。流石にそれは似合わないぜ」
「うっ……いや、だがしかしダンデよ。オレさまはオマエのチョコが欲しい、どうしてもだ。だがオマエはそのチョコを餌にラブ・ブレイク団とバトルをするという。なら、オレさまは……くっ、このダサい仮面をつけてでも、オマエにバトルを申し込むしかねえよな!」
「な……ナックルジムリーダーがラブ・ブレイク団に入ってくれれば百人力だぜーッ」
「よっ、キバナの兄貴!」
 だがダンデは応じなかった。二歩で距離を詰めるとボールを構えたキバナの手をそっと握り込み、もう片方の手で仮面を無情にもベリッと剥がして地面に叩きつける。
「ああっ僕の仮面!」
「キバナ。オレがラブ・ブレイク団に遅れを取ると思うか? あるいは——ラブ・ブレイク団とのバトルに夢中になってキミへの愛を忘れるとでも?」
「ダンデ……正直忘れる方の可能性はあるんじゃないかとオレさまは思う」
「そうだな、オレも言ってて不安になってきた。やっぱりラブ・ブレイク団を誘き寄せるのは別の策を考えよう。このチョコは今キミにあげるぜ」
「よっしゃ……!」
 拳を握って天を仰ぐキバナの傍で、バリバリと包装紙を情緒なく破いてダンデはその中の一粒を取り出す。
「ほら、あーんだぜキバナ」
「あーん♡」
 ダンデに手ずからチョコを口へと放り込まれ、キバナの表情はもはやチョコ顔負けにとろけ切ってしまっていた。幸せの味を噛み締め、舌で転がし、もう一つ、と口を開けてねだって少しダンデの指先に唇で触れてみたりして、その感触に全知全能にすらなった錯覚を覚え——そして思い出したように振り返り「あ、そういうことだからラブ・ブレイク団入団はなしで」と手を振った。
 当然大ブーイングだった。
「お前なんか入るまでもなくラブ・ブレイク団失格だーッ!」
「破門だ破門! 公共の場で過剰にイチャイチャするな!」
「仮面返して……!」
 ダンデはひとしきりチョコを与えてキバナの表情の変化を堪能し、満足してから「それはそれとして」とキバナが腕から下げている紙袋を指差した。「オレもキミのそのチョコ、奪いたいんだぜ。ちょうどいいからバトルはするか」
「お、いいね。パシオは路上でバトれるのがいいよな。ライヤーさまさまだぜ」
 そう言って、二人はざっと距離を取ってモンスターボールを構えた。
 間にラブ・ブレイク団を挟んで。
「あ、待って、待ってください、ここでバトルするなら俺たちの縄解いて……!」
「リザードンとジュラルドンの攻撃に巻き込まれんのとかアタシらどう考えてもヤバじゃんかーっ!」
 悲鳴も気にせず互いに緩み切った表情をガラリと変え、ラブ・ブレイク団の目の前で本気でポケモンたちの技をぶつけ合うバトルは、ダンデさーん!とカルネを伴ったユウリたちが呼びに来るまで続いた。
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