俺を寂しくさせないで

(2020/04/04)


「お腹から真っ二つだったよね~! 蘇生オーブ持ってたのかな?」
「いえ、あれは……死んではいなかったような……」
「でも胴体は完全に分かれてたよな!? マジで中見えるかと思ってびっくりしたぜ……」
 幻獣討伐からアジトに戻った俺達の耳に入ってきたのはそんなガキどものはしゃぎ声だった。雰囲気からして深刻な話じゃあなさそうだな、と俺は早々に注意を散らしてそこを離れようとするがクソヴィータは律儀に不安そうな面をして、俺達の方に何の話だろう……と水を向ける。
「人体切断って、まさか誰か……」
「まさか、本当に切るわけないさ。誰かが大道芸の真似事をしてるんじゃないかな、ニバスとか」
「だ、だよな……よかった……」
 答えたのはバルバトスだ。クソちょろヴィータが肩を撫で下ろしたその後ろで、ガキの誰かが言った「でもアスタロトさんすごかったよねー!」の一言で途端に討伐組全員が不安に襲われる。「本当に切るわけない……よな?」そんな雨に濡れた子犬みてーな顔向けられても知らねーよ。俺だって全然安心できない。早く自室に戻って一風呂浴びてえ。切断と聞いてから、嫌な予感で首の裏がチリチリしやがる。それもこれも、長引いた討伐の最中から誰かさんの顔が頭をよぎって仕方ない所為だ。広間でやってるっつーことはどうせ子供だましなんだろうが、その側でガキに混じってほんとに切るなら縫合させてくれないか、そのついでに中を見たいとかなんとかウッキウキで言い出している様は容易に想像がついた。解剖だの切除だのテンションの高くなったアイツに遭遇するのはすこぶる面倒だ。巻き込まれるのはゴメンだ。
 ……と、思っていたのに。 
「やあおかえり」
「いやオメェが切ってんのかよ!」
 予想通り広間の入り口で鉢合わせたアンドラスのその手に持っているナタを見て思わず頭を抱えた。縫合どころか自分から切りにいってやがんじゃねーか。誰か知らねーがつきあわされたやつは災難だ。
「ンフフ、切られたのはあたしだよー! ねえねえフラウロスぅー、うらやましい? アンドラスはさすがの手際だったねえ!」
「羨ましいわけねーだろこのクソ女」
「アハハ、次からは本当に切らせてもらえると嬉しいよ」
「うーん、機会があったらね!」
 ひょこ、と姿を見せた学者女に、同情心のすべてが霧散した。いや羨ましいわけねーだろ。和気藹々とハイタッチする学者女とクソ医者、その背後に、ゆらりとクソヴィータの影が差す。
「アスタロト……」
「ややっ、ソロモン! おかえりー今回は遅かったね、キミがいないと退屈でしょうがない! ……あ、あれ、ナニかな……?」
「アスタロトが、アンドラスに手伝わせて、みんなの前で腹を切ったってモラクスから聞いたんだけど……ちょっと詳しく聞かせてくれ?」
「あれ? あれあれ? やだなあちょっとした手品だよ、子どもたちに大興奮エンターテイメントをだね……、いやっ、ヤバい絵面は見せてないよ~っ……」
 あ~~~……とクソヴィータと口うるせえ連中に引きずられていく学者女の悲鳴がアジトの廊下に響く。行き先は大方ロノウェの野郎がよく籠もってる反省室かどっかだろう。アンドラスが放置されてるとこを見ると、どうやらこっちは言われて手伝わされていただけで情状酌量の余地ありと判断されてるらしい。いやぜってー楽しくやってただろ取り締まれよこっちのクソ医者もよ。
「つーか……何だ……その格好……」
 改めて視線を戻し、放置されて所在なさげなアンドラスの天辺から爪先まで見る。アンドラスも釣られたように俺の視線を追いかけて、自分の格好をまじまじと眺める。卵型のハット(ハット……か?)。生地は上質なやつに見えるがいかんせん色が奇抜すぎる燕尾のコート。モノクルは金持ちの好きそうな余計な装飾がついて、靴まで先の尖った気取ったブツでいやがる。どう見ても、名より実を重視する傾向のあるコイツの趣味ではない。
 うーん……とアンドラスも考え込んで一言。
「……ウサギかな?」
「いやそんな配色メギドラルなウサギがいるかよ」
「でもしっぽもあるんだよ」
 ほら、と振り向いてみせたケツには確かにウサギみてーなしっぽが生えていて、いや、だから何だよ? その謎の白いふわふわした物体を無造作に鷲掴みすると、「くすぐったいよ」と苦笑するから嘘つけ作りもんだろーがと思う。しかしそれにしては妙に温かいし、動いている……ような気もする。なんだ? またネルガルか誰かが妙な発明しやがったのか?「フラウロス」向き直ったアンドラスの腰から手を伸ばして付け根を探る。服はその部分だけ穴が開けてあるようで、指を通して探ればしっぽ部分はぴったり肌についている。だが妙に作り物臭さもある……。「……ねえ、フラウロス、熱心にお尻を撫で回すのはやめてくれないか。キミがしっぽ好きなのはわかったから……」「誰がしっぽ好きだ!」ぱっと離れてから、妙に密着していたことに気がついた。腹に残るアンドラスのスーツ越しの熱を今更ながらに意識する。
 見るとアンドラスの耳も僅かばかり赤くて、意味もなく言い訳がましい気持ちになる。
「……お、オメェが妙なもんつけてるからだろーが!?」
「うん……しかし、キミがそんなに気に入るとは思わなかったな。ウァサゴから譲ってもらったんだけど、中々着る機会もないだろうし、どうしようかと思っていたから」
「……残しとくのかよ」
「着ればキミが構ってくれるだろ」
「は、殊勝なこった。オメェが構ってほしーとかいうタマかよ」
「まあね。ウサギは寂しいと死んでしまうと言うから」
 その言葉に、アンドラスの顔をちらりと見る。
 既に顔色はいつもどおりに戻っていた。飄々とした表情のその奥の意図は読めない。
 俺は何も言わず、そろりとアンドラスの腰に手を伸ばした。幻獣討伐で長くクソヴィータに連れ回されて、触れ合う時間のなかったことは事実だ。
 ヴィータの形を取った俺たちは寂しさで死ぬことはないが、それでも。
「……そうそう、でもあれは実はあまり正確ではなくて、こまめに世話をしなくなった飼い主がウサギの病気やストレス由来の不調に気づけなくて死んでしまっただけというのが最近の有力な説だよ。寂しさが直接的な死因ではないんだ。知ってたかい?」
「あー……そーだな、そういうヤツだよオメェはな……」
「?」
 突然空気を読まずにぶちこまれた豆知識に深い溜め息をついた。だから寂しかったーとか、そういう話じゃねーのかよ。どう考えてもこのまま部屋行く展開だっただろーが、思わず手引っ込めちまったじゃねーか。何だ? 俺が振り回されてるだけか?
「だからね、フラウロス」
 何だよ、と顔を上げるのと肩に手を置かれるのが同時だった。吐息が触れて、耳たぶに甘く噛むようにキスされる。
 反射で体を壁に押し付けてやり返すと、今度こそ確信的に微笑むアンドラスと目があった。
「キミは俺から目を離さないでくれよな」
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