恋バナする話

(2020/12/12)


「じゃあさ、アンドラスはどんな結婚式あげたいの?」
「唐突だな」
 時計塔を降りる、僅かな時間での雑談だった。「階段、急だから気をつけて」と声をかけて先行する。デカラビアが裏切った、と聞くけれど、死傷者が出ていないからか背後から降ってくるゼパルの声はいまいち緊張感に欠けていた。「まあ、反省したなら許してあげればいいし、しないなら縛っておけばいーじゃん。」「そうだな」それで済むなら、それがいいだろう。或いは、それ以外の可能性を俺たちは考えたくなかったのかもしれない。
「ねー、いーじゃん、教えてよー」
「待って、肩を揺らさないでくれ、落ちるから。……そもそも、俺はキミほど結婚式に夢見てるわけじゃないよ。ヴィータみたいな結婚願望もないし」
「えー!? 誓いのキス交わしたーいとか、ブーケトスしたーいとか、ないの!?」
「うーん、そうだなあ……」
 渋々ながら、想像してみる。まず脳内で、結婚式を挙げる幸せそうな一組のカップル。そこへ、無理矢理自分たちを当てはめる。
 誓いのキスを?
 ………………ないな。
「少なくとも、そうロマンチックなのは想像がつかないなあ」階段を降りながら思わず苦笑する。ゼパルは不満そうな声をあげるが、だって仕方ない。人には向き不向きがあるし。そもそも、彼はそういう契約に縛られることも好きじゃなければ、愛だの何だのを行動の指針にすることも好まないだろう。今俺と付き合ってるのは多分、興味の惰性の延長だ。
「そう? でも派手なのは好きでしょ。夜とかよくない? お酒入れて、花火とかあげてさ」
「ああ、確かに……」
 そういうのは好きそう。考えてから、はたと背後を仰ぎ見る。
 うん? と小首を傾げる赤髪の同僚。
「……キミ、俺たちの関係知ってたっけ?」
「んー? ううん。でもなんとなくね。フラウロスでしょ? アンドラスが好きなの」
 ほらほら、降りて降りて、と背中をつつかれながら首を傾げる。好き。好き、なんだろうか。「だって、想像したんでしょ? フラウロスとの結婚」その単語を、なんとなく口の中で転がしてみる。性的な行為はするし、付き合ってるかどうかで言えば恋人とも言えるが、好き。そうか。俺はフラウロスが好きなのか。
 何故だかすとん、と腹落ちした。
「あれでいいとこあるよね」
「うん、そうなんだよ……、内臓とか……」
 言うと、ゼパルが「内臓かー! あたしはキョーミないなあ!」とケラケラ笑う。それは残念、と俺は肩を竦めた。皮膚の上から触れる、彼の中身に想いを馳せると、俺は興奮して夜も眠れないくらいだ。
 でも興味を持ってくれてたら、それはそれで厄介だったかもしれないな、と思い直す。当たり前だが、ライバルはできるだけ少ない方がいい。平等に切り分けると、それだけで取り分が減ってしまう。
「あ、心配しないで! あたしそーゆーのじゃないから!」
「それはよかった。……というか、それならわかるだろ。どう考えても、俺たち結婚なんてガラじゃないじゃないか」
「そーかなー。あ、そうそう、アジトのみんなにもまだ言ってないの、内緒にしてるんでしょ。あたしも言わないからねー!」
「別に構わないけど……でもまあ、ありがと」
 本当は、別に言ってしまってもよかったんだけど(年下を誑かすなと彼が非難を受けるだけだ)、でも何となく内緒にしていたのは、多分、ちょっとだけ優越感を味わいたかったのだ。俺と彼としか知らない秘密の存在を、飴玉のように転がして、少しずつ溶かして楽しんでいた。
 でも、と見えてきた塔の出口に目を眇めながら思う。ゼパルにはこうしてバレているわけだし、他のアジトの面々も聡いメンバーは気づかれているだろう。なら、特に隠す意味はない。でも、それこそ結婚でもしない限りわざわざ言って回るのも変だし、いつ終わるかもわからない関係だ。もう少し、内緒で続けてもいいのかな、と思う。
 少なくとも、彼が俺への興味を失くすまで。

 時計塔を降り切ると、ちょうどフラウロスとハルファスのペアと遭遇した。フラウロスは完全に全身で「やってられっかよ」を体現する姿勢になって無人のカフェのテラス席の椅子テーブルをだらりと占拠していたし、側のハルファスはと言うと、このままでいいのか、フラウロスを力尽くででも抱え上げて前線に連れ戻した方がいいのか……と迷ってオロオロと斧を下ろせないでいる。どういう意図の組み合わせかわからないけど、この二人が『裏切り者』の可能性なんてあるだろうか、と胡乱な気持ちになる。仮にデカラビアに召喚されていたって、ハルファスは絶対にソロモンを裏切ることを決められないだろうし、フラウロスはそもそも人に使われるのが嫌いだ。まあデカラビアが今から襲ってくるなら、迎撃の破壊力は随一だろうが。
 と、はたと目が合った。
「あ!? テメェら、二人してサボりやがって……! どこ行ってやがったんだよっ」
「サボりじゃないよ、仕事だよー! ていうか、フラウロスこそなんでここにいるの? 遊撃隊じゃなかったのー?」
「あんな暴れ甲斐のねーガラクタの相手なんざやってられっか!」
「アンドラス……」
 ハルファスのホッとしたような声に、俺は苦笑しながら振り向いた。彼に振り回されたとすれば、さぞや大変だったに違いない。
「ハルファス」
「時計塔、どうだった……?」
「怪我人はいなかったよ。ただ、ちょっと気になることがある。情報を共有したいんだけど、みんなはどこかな」
「ええと、全体の指揮を取ってるブネとイポスがあっちで……爆弾を探してるアガリアレプトが向こうなんだけど……どっちがいいかな……」
「だーっ、ハルファスオメェ、んなもん二手に分かれてどっちも行きゃいーじゃねーか! 行くぞ、ゼパル!」
「え!? あ、アンドラス、気になることってなんだっけ!?」
「……人を殺すつもりがないだろうって……いや、俺とハルファスも行くよ。その二択なら先にアガリアレプトだ。フラウロス! 案内を頼めるか!」
「うるせー、勝手についてこい!」
「あ、待ってよー!」
 先行する二人を追いかけようとして、ハルファスがちっとも動こうとしていないことに気がついた。何故だかぼんやりとフラウロスの方に視線を投げかけて、小動物のように首を傾げている。「ハルファス? 具合でも悪いか?」聞くが、ハルファスは首を横に振るばかりだ。
「ううん……」
 斧を軽々と持ち上げながら、ハルファスは気恥ずかしそうに俯いた。
「ごめんなさい、フラウロスが、さっきよりちょっと嬉しそうだったから……びっくりして……」
 そう言って、二人の後を駆けていくハルファスに、俺は何を言われたのか分からず一瞬反応が遅れてしまった。「……え」嬉しい? それって、慣れてるゼパルと合流したから、調子が出てるだけなんじゃないか。理性がそう否定するが、期待が囁くのを止められない。あんな話をしたからだ。どんな結婚式がしたいか、なんて。
 ——想像したんでしょ、フラウロスとの結婚。
 絶対ガラじゃないし、自分たちが『そういうこと』をするとも思えないが。
 しかしどうやら俺は彼のことが好きだったので。
 もう少し、今の関係が続けばいいと思っていたので。
「……それは、ちょっと」
 期待しちゃうな。俺は片手で口元を覆って、緩んだ表情筋を引き締めてから、三人の後を追った。
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