DEFIANCE


「まったく、悪運の強い奴だな」
悪態をつきながらも、ほっとした様子のクリプトがミラージュに手を差し伸べる。
あれから地下を脱出し、リングを目指してさまよっている所をクリプトのドローンに無事発見されたミラージュは、再会したホライゾンに抱きしめられたまま、少々照れくさい思いでクリプトの手に握りこぶしを合わせた。
「それで、一体何が起こったんだ? まさかまた、あの女がゲームを壊しに来たってのか? 死んだはずじゃなかったのか」
「やはり彼女は新たなレジェンドらしい。マーガレット・コヒーレ、コールサインはマッド・マギーだ。APEXゲームのデータベースに追加されている。シンジケートへの反逆罪で死刑になる代わりに、ここへ送り込まれたらしい」
「なるほど。それならゲームできっちりお仕置きしてやらないとだね。彼女が地下に潜って何か細工をしたのは間違いない」
二人の横でデータを解析していたクリプトが「いや、」と短く呟いた。
「俺が追跡させたドローンにはもう一人、誰かが映っていた。おそらく男だ」
クリプトの情報によれば、ほぼ同時刻にドゥアルド・シルバの声明がアウトランズ全体に向けて発信されたという。
それを聞いたミラージュは、なぜあそこにドゥアルドがいたのか合点がいった。マッド・マギーと共謀していたのかは定かではないが、彼がこの騒動に深く関わっている事は間違いない。
クリプトがミラージュに意味ありげな視線を向けた。
「シルバ製薬は、博物館襲撃とイカロス事件の時も裏で糸を引いていた、今回も……」
「とりあえず犯人探しはあとにしようぜ。チャンピオンになってうまい酒を飲む、それが俺らの仕事だろ?」
「そうだね。しっかり勝って、今夜はエリオットの奢りと行こうじゃないか」
やや不服そうな表情を浮かべたクリプトも、ホライゾンとミラージュがトライデントに乗り込むのを見て後に続いた。
ドゥアルド・シルバの実行したプログラムによって、オリンパスの南側には新たな人工地形プレートが連結され、フェーズドライバーと呼ばれるエリアが出現していた。
星間飛行の天才と呼ばれる彼はそのワープ技術を使い、オリンパスをプサマテに激突させるつもりだったようだ。
タービンの奮闘によってそれは回避されたものの、影響は一部にとどまらず、オリンパス全体に及んでいた。地盤が歪み、一度異空間に吸収されたオブジェクトはオリンパスを管理するAIによって応急処置的に再構築される事になった。
それでもゲームは中断されることなく、リングは収縮を繰り返す。
「二人とも迷子になるんじゃないよ!」
ホライゾンに先導され、ミラージュとクリプトがフェーズドライバーにたどり着く頃には、オクタンの部隊によってすでにレイスが倒され、ジブラルタル、バンガロール、ローバ達と睨み合っていた。
かすかに尾を引く緑色の帯を視界に捉えて、ミラージュの心は複雑に揺れた。
オクタンがこの事実を知れば、また傷付く事になるだろう。
博物館襲撃のあとに思い詰めていたオクタンを思い出すと、今でも胸が痛む。
あれから時間が過ぎ、イカロスの事件を経て、父親や家の事が話題になることも少なくなった。
だが表向きの平穏とは裏腹に、それらがオクタンの心の奥に燻っているのは確かだ。
果たして告げるべきなのか。
静寂を破り、オクタンの構えていたクレーバーが火を吹いた。
遮蔽物の僅かな隙間を縫って、50口径から放たれた12.7ミリ弾がローバの頭を撃ち抜く。
「ロー!」
バンガロールがスモークを張り蘇生を実行した時には、すでにジャンプパッドに乗ったオクタンを先頭に、マッド・マギーとライフラインが追撃を始めていた。
時間を稼ごうと、ジブラルタルがドームシールドを展開する。
だが、そこでマギー以外のレジェンド達は思わず目を疑った。マギーの放った楔型の爆弾はジブラルタルのドームシールドに取り付き、ゴリゴリと音を立てその鉄壁のシールドを食い破ろうとしていた。
そしてその先端が内部に届いた瞬間、燃え盛る炎が中にいた三人を焼き払ったのだ。
「なっ……なんだと!?」
驚いたのはジブラルタルだけではなかった。実況席のマイク・ハナサーズも、デスクから身を乗り出してその様子を視聴者に伝える。
『なんと……、あの鉄壁を誇るジブラルタルのドームシールドが、怒りのデスロード、マッド・マギーによって破られました! 視聴者の皆さん、これは、歴史的瞬間です! まさに、まさに下剋上! 私も興奮せずにいられません!!』
『今シーズンはAPEXゲームの勢力図が、がらりと変わるかもしれませんねぇ』
それまで彼のドームシールドは、すべての攻撃を遮断する鉄壁の要塞だった。自分自身の銃弾ですら、その壁を貫通することはできない。
だが、マッド・マギーのライオットドリルはそれを覆し、ドームシールド突破して攻撃する事のできる唯一の手段となったのだ。
「アタシに噛みつけないモンはねぇのさ! $☓※#を食いちぎられたくなかったら、ちゃんと隠しときな!」
放送に乗せられない下品な捨て台詞と共に、マギーは次々と敵を葬り去っていった。
「おお、やるじゃねぇかアミーガ!」
「このまま一気に行くよ! キアカハ!」
頭上を旋回するドローンを横目に見たオクタンは、最後の部隊がミラージュ達であることを知り、マスクの下で口角を上げた。
「そうこなくっちゃな」
勢いに乗ったオクタン達は、クリプトのEMPにも怯むことなく真正面から戦いを挑んできた。
愚策と思いきや、マッド・マギーが投げたレッカーボールはクリプトをなぎ倒し、建物に逃げようとしたホライゾンを追撃する。
「ずいぶんと人懐っこいボールちゃんだね!」
「逃げようったって、そうはいかないよ!」
屋外では、クリプトを倒したライフラインをミラージュがダウンさせ、ミラージュとオクタンが一対一で対峙していた。
お互いの手の内は知り尽くしている。
ジャンプパッドは完全に膨らむ前に破壊され、ミラージュのデコイはあっさりと見破られる。
それでもEMPで削られたアーマーの差で、僅かにミラージュに分があった。
オクタンはクレーバーを捨てて身軽になり、興奮剤を突き刺して勝負に出た。自分がダウンしても、マギーが生き残っていれば何とかなる。
インカムの中では、マギーとホライゾンが撃ち合う音がやかましく鳴り響いていた。
ミラージュがアルティメットでデコイの中に紛れ込み、スライディングで突っ込んで来たオクタンの身体にカービンを撃ち込む。残りの体力は僅かだ。
「痛えぞ、クソ! どこ行きやがった?」
「残念だったな。俺はここだぜ、オクタビオ」
オクタンはダウンする間際に素早くチョークで狙いを定め、悔し紛れにミラージュの顔面を撃ち抜いた。
それは本物のミラージュを捉えていたが、惜しくも頭を外し空に吸い込まれていった。
「あとは任せたぜ、アミーガ……」
「ああ、安心してくたばりな!」
振り返ったミラージュは、マッド・マギーの高笑いを聞きながら意識を失った。
5/6ページ
スキ