DEFIANCE


「……俺は生きてるのか?」
仰向けに倒れたまま、ミラージュは自分の両手を顔の前にかざした。
幸い指は十本揃っており、破れたグローブの穴から小指のリングが見える。
どうやら生きているらしい。
自分と一緒に飛ばされてきた鉄くずを押しのけて、ミラージュはのっそりと起き上がった。
地面に叩きつけられたせいで体のあちこちが痛んだが、試合の続行に影響するほどのものではなさそうだった。
「ここはどこだ? ソマーズ博士? クリプト? まいったな、はぐれちまったか?」
独り言を言いながらあたりを見渡すが、ミラージュの記憶の中にその場所はなかった。
地上なのか地下なのかすら分からない、暗い鉄の壁と均等に並ぶ誘導灯の向こうに、やや明るく開けた空間があった。
とにかく外に出なくてはと、ミラージュはそこに向かって歩き始めた。
二、三歩進んだ所で、その先に誰かが立っているのに気付き足を止める。
「だ、誰だ?」
ミラージュは咄嗟にデコイに紛れ、かろうじて身に着けていたウィングマンを握りしめた。
「……エリオット・ウィットか」
人影はミラージュの名前を呼んだ。その声は若くはない。つばの短い中折れ帽をかぶり、ロングコートの襟を立て、両手で杖に体を預けている。
「いかにも俺はエリオット・ウィットだが……こんな所で誰かと待ち合わせした覚えはないな」
どこかで見た顔だ、ミラージュは素早く記憶の糸を辿った。
そして、帽子の影の奥で、ほの暗く光る男の目を見た瞬間に、その名前を思い出した。
「あんたは……」
「まさかこんな所で君に会えるとはな。私のかわいい息子が選んだ男と、一度話をしてみたいと思っていた。生憎、そう時間はないのだが」
ドゥアルド・シルバは緑色の双眼で、値踏みするようにミラージュを眺めている。
頬にはなにかに引っ掻かれたような跡があり、乾ききっていない血糊が、その傷ができて間もない事を物語っていた。
「いつぞやのパーティーでは、よくも私に恥をかかせてくれたな」
「ああ、そんな事もあったっけな。あんたの会社のセキュリティを見直すいい機会だったろ? むしろこのミラージュ様に感謝して欲しいくらいだぜ」
「口の減らない奴め……誰を相手にものを言っているのかよく考えろ」
「あんたこそこんな所で何をしてるんだ? オクタビオに何かするつもりか? いい加減、あいつを解放してやれよ」
ドゥアルドの頬がピクリと動き、薄い唇が不機嫌そうに歪んだ。
「解放? 私はいつもオクタビオを自由にさせてきた。何不自由のない生活、ハイレベルの教育、くだらない遊びの為に興奮剤を与え、ろ過装置を与え、限度額のないカードもくれてやった。奴が何をしようが私が口を出したことはない。いずれ会社を継ぐ日まで好きにさせてやろうと、その私の慈悲に感謝を以て応えなかったのはオクタビオの方だ。これ以上どうしろと言うのかね?」
「慈悲だと? あんたはまず、あいつに何をしてやったかより、何をしてやらなかったのかを考えた方がいいと思うぜ。……もう手遅れな気もするけどな」
「……生意気な。たかがレジェンドふぜいが私に意見するのか」
「俺とお喋りしたかったんだろ? 夢が叶って良かったじゃねぇか」
「気に入らん! やはり私はお前が嫌いだ」
ドゥアルドは苛立ったように吐き捨てて、杖に仕込まれたスイッチを押した。背後の非常用扉が開いて、プサマテのビル群がすぐ間近に見える。
「オクタビオに伝えろ、今後私が何をしようと、お前の出る幕はないとな。おとなしくしていれば、本社のメッセンジャーくらいにはしてやってもいい。自慢の脚が役に立つだろう」
「この野郎……!」
ミラージュはドゥアルドに向かって咄嗟に銃を向けた。
――だが、本当に撃ってもいいのか? 腐っても奴はオクタビオの父親だ。もし俺があいつの父親の命を奪うなんて事になったら……。
ためらうミラージュを尻目に、ドゥアルドは開いたハッチの向こうに横付けされた小型のシップに乗り込み、コートの裾をはためかせながらミラージュに言い放った。
「さっさとゲームに戻るがいい。そして殺し合え。お前達にはそれがお似合いだ」
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