DEFIANCE


それは異例ともいえるシーズンの始まりだった。
通常なら開幕の前に明らかにされる新たなレジェンドの情報が、当日になっても何もなかったのだ。
情報通のクリプトですら何も掴めていないという。
「もしかして、今シーズンは誰も入ってこないんじゃねぇか?」
自慢のトロフィーを磨き終えたミラージュがブースから出てきて、ライフライン達と一緒にテーブルを囲んでいるオクタンの隣に腰を下ろした。
「どうかしら? 今まで必ず新シーズンには誰かが参加してきたし、何かの事情で遅れているのかも。オクタビオが来たのなんて、プレシーズンの終わりごろだったよね」
「そういやそうだったな。あれは、俺が次のシーズンまで待てねぇって言って、ブリスクをせっついてやったんだ。毎日のように電話して、早くしろ早くしろってな」
「怖いもの知らずだなぁ、お前は。本当ならあの人は、俺たちが気安く話し掛けたりできないスゲェ人なんだぞ? サンダードームで戦ってた頃の奴は本物のスターだったぜ。俺の店にも一度来た事があったが、結局声をかけられなかった。まぁ、あの頃は俺もそんなにイケてるってほどでもなかったしな……」
「今は引退した、ただのじいさんだろ」
「タビィは若けぇから、APEXプレデターズの悪名を知らなくても無理はねぇかもなぁ。当時はサルボにすら、奴らの暴れっぷりが聞こえてきたもんだぜ」
「クービーおじさんは話せばそんなに怖いやつでもないよ、顔は厳ついけどね〜」
「私を迎えに来てくれたときも紳士的で優しかったわ。おじいちゃんってあんな感じなのかしら?」
「若者は無邪気でいいねぇ、なぁ、クリプちゃん?」
「お前と一緒にするな、勝手に老け込んでろ」
「ジブは俺の味方だよな?」
「ワッハッハ、助けが欲しけりゃいつでもこのジブラルタル様が助けてやるよ。なにはともあれ、今回はマップの変更もなさそうだし、久々に平和に開幕できるってわけだな。腕が鳴るぜ」
「平和な殺し合いね」
腕組みをして壁にもたれ掛かっていたレイスがクールに微笑んだ。
短い休暇を終えて集ったドロップシップの中は、顔なじみとの再会に和気あいあいとした空気が流れていた。
これから生き残りをかけての戦いが始まるとはいえ、何シーズンも同じフィールドで敵として味方として過ごしてきたのだ。そこには家族にも似た一種の連帯感があった。
遅れてやってきたバンガロールがミラージュに声を掛ける。
「ウィット、後で頼みたいことがあるの」
「お? なんだ? アニータ。悪いが、射撃訓練のお相手なら他を当たってくれよな」
「修理してもらいたい物があるのよ。古いホロ投影機なんだけど」
「なんだ、それならお安い御用さ。まあ、お互い生き残ってたらの話だけどな」
「その心配には及ばないわ。頼んだわよ」
「おう、仲間のためなら当然さ」
ミラージュが頼もしく頷くと、ドロップポイントへの到着を告げるサイレンと共に、降下準備を促すアナウンスが流れ始めた。
それまで弛緩していた空気が一気に張り詰めたものへと変わる。どこに潜んでいたのか、レヴナントやアッシュもフロアに姿を現し、天井付近のモニターを見上げていた。
自分と相性のいいメンバーと組めれば、それだけ勝利に近くなる。開幕ゲームともなれば尚更だ。
順当に発表される部隊の中に、突然二人だけのバナーが表示された。
ライフラインとオクタンだ。
「No manches! いきなり二人スタートかよ。ひでぇな」
「……しかもあんたと二人? ツイてないわ」
「その言い方はないんじゃねぇか、チカ」
「グチグチ言ってもしょうがない、行くわよシルバ」
ライフラインの後を追って持ち場に付こうとするオクタンの腕を、すれ違いざまにミラージュが捕まえた。
ミラージュはひと言だけ「最終リングで会おうぜ」と声を掛け、オクタンの手を軽く握りしめた。
同時に、互いのグローブの下に隠されたリングの存在を意識する。
『Buena suerte(幸運を)』
お互いの目を合わせて頷き合う。
晴れ渡ったオリンパスの上空に、レジェンド達のジェットパックから色とりどりのスモークが尾を引いて流れていった。
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