TENDER


「そろそろみんなが来る時間だ。オクタビオ、準備はいいか?」
「こっちは気合も準備もバッチリだ。ビールの注ぎ方だって完璧だぜ」
「頼むぜ? ダーリン」
目の前の楽しげなやり取りを見て、イブリンは目を細めた。カウンターの後ろの壁には、メモと一緒にピンで留められた二人の笑顔がある。
ミラージュにとってオクタンがどんな存在なのかという認識は、その時によってまちまちだったが、彼といるときの息子がとても幸せそうだという事実だけは変わらなかった。
「……あなた達は本当に仲がいいのね」
「だろ?」
ミラージュがオクタンの肩を抱き寄せて胸を張る。
二人が顔を見合わせてキスしようとした時、店の入口の鈴が鳴って、ライフラインとヒューズが連れ立ってやって来た。
「邪魔するぜぇえ! よう、エリオット、親友のウォーリーが来てやったぞ! ついでにオクタビオも喜べぇ!」
「……相変わらずうるさいオッサンね。少しは落ち着きなよ」
まるで親子のような二人は、それぞれの手にプレゼントを抱え、ヒューズは背中に愛用のアコースティックギターを背負っていた。
「うわあ……あんたらのその格好。どこで見つけたのよ、そんな悪趣味なセーター」
ライフラインが出迎えたミラージュ達を見て心底呆れたような声を出した。
「クリスマスっていやあこれだろ? パラダイスラウンジへようこそ、ヘルマナ」
「お招きありがと、オー」
幼馴染は慣れた様子で挨拶のハグとキスを交わし、自然に上着を預かる仕草には、意識せずとも二人の育ちの良さが表れていた。
「ブラッドハウンドは?」
ヒューズにウェルカムドリンクを差し出しながらミラージュが尋ねた。
「あいつの神様にはクリスマスを祝うっていう習慣がねぇんだとよ。ただのパーティーと思えばいいって言ったんだがな、石頭は相変わらずだ」
「そうか、残念だな」
「お前らによろしくと言ってたぜ。安心しな、この俺様があいつの分も盛り上げてやるからよ。我が名はウォルター・ヒューズ・フィッツロイ、ってかぁ!?」
ヒューズは豪快に笑い、ミラージュとオクタンの背中を勢いよく叩いた。
それからパラダイスラウンジには続々と客が訪れた。
いつの間にか仲直りしたらしいクリプトとワットソンはホライゾンと共に、それぞれ赤と緑のマフラーを首に巻いたパスファインダーとマーヴィン、最後にレイスとバンガロールが連れ立ってやって来たのは意外だった。


「ようこそお嬢さん方。お、二人ともイケてるじゃねぇか」
「あなたもね、エリオット」
ミラージュのトナカイ柄のセーターをちらりと見て、レイスが皮肉交じりに言った。言葉通りに受け取ったミラージュは気にする様子もない。
「ところで、今日は女王陛下はお出ましじゃねぇのか? 俺はてっきりあんたと一緒に来るもんだと……」
バンガロールの鋭利な眉がピクリと動いた。
レイスが履いていたヒールでミラージュの革靴をこっそりと踏みつける。
「でっ……! なにすんだレネイ……」
「あなた、よく空気が読めないって言われない?」
「いいのよ、レネイ。私に喧嘩を売ろうなんていい度胸じゃない、ウィット。……そうね、ショットガンで勝負、っていうのはどう?」
上からミラージュを見下ろし、バンガロールは自信たっぷりに唇を吊り上げた。
「おいおいマジかよ?……クリスマスくらいは訓練所のダミーだって休みたいって言うぜ?」
「……そっちじゃないわよ。あんた本当にバーテンダーなの?」
「えっ……ああ、もちろん分かってたさ。分かってたとも。こいつはただのジョークだ。だがな、今日はちょっと勘弁してくれ。万が一、母さんの前で酔いつぶれたりしたら格好がつかねえからな」
「観念しなさいよ、エリオット。大丈夫、あなたの仇は私が取ってあげるから」
「あら、言ったわね? それじゃ、レネイから片付けるとしましょうか」
「望むところよ」


「ボン・ソワール、マダム? あの、はじめまして、私はナタリー・パケットと言います。ミラージュのお母様?」
カウンターに座っているイブリンにおずおずと話し掛けてきたのは、クリプトに付き添われたワットソンだった。
「ええ、そうよ。あなたはワットソンね? いつもテレビで見てるわ! そしてこちらは……ええと、確かクリプちゃん……だったかしら?」
「……はい……あ、いや、正確にはクリプトなんだが……」
弾けたように笑い出したワットソンの隣で、クリプトは眉間にしわを寄せ「ウィットの奴……」と奥歯を噛みしめた。
「お会いできて光栄だわ! 私、いつかお話してみたいって思ってたの。ミラージュのホログラムはとても素晴らしいし、その基礎を構築したのはあなただそうね? 専門分野は違っても同じ科学者同士、面白いお話が聞けそう! 隣に座ってもいいかしら?」
大きな目をキラキラさせながらまくし立てるワットソンを見て、クリプトは表情を緩ませ、ため息混じりの笑みをこぼした。
イブリンが快く二人に席を勧める。
「ええ、もちろんよ。エリオットのお友達に会えて嬉しいわ。クリプちゃんはナタリーの恋人なんですってね? あなた達の話はエリオットからよく聞いてるわ!」


「これはこれは立派なクリスマスツリーだね。エリオットとオクティで飾ったのかい?」
「ああそうさ。クリスマスの……でっかいプディングだっけ? あれも二人で作ったんだぜ? 俺はただ、かき混ぜただけだけどな。食べる前に火を付けて燃やすんだってよ」
「ははっ、そうかい、そりゃ楽しみだ。これを見てると、ニュートと二人でクリスマスの準備をしたことを思い出すよ。あの子はツリーのてっぺんの星をなかなか離してくれなくってね……この星は僕のだって言い張って……」
豪勢に飾られたクリスマスツリーの前でオクタンと立ち話をしていたホライゾンは、自分の背丈よりも少し高い場所にある金色の星飾りを眺めて、懐かしそうに目を細めた。
普段は化粧っ気のない彼女も今日は唇に紅を乗せ、ニュートと呼ばれるブラックホール発生装置には可愛らしい靴下がくくりつけられていた。
「子どもとカラスは光るものが好きだからな」
「オクティだって光るものは好きだろ?」
「はぁ? なんで俺が?」
「エリオットのホログラムはいつだってキラキラしてるじゃないか」
ホライゾンがいたずらっぽく笑う。
返事に詰まったオクタンをからかうように、彼女の足元に浮かんだニュートが軽快な電子音を鳴らした。
「おや、ニュートにも意味がわかるのかい? おませさんだねぇ」


「僕たちにも何か手伝う事はある? ミラージュ? 何かあったら言ってよ」
「いいんだって。今日はお前らもゲストだ、楽しめよ。それより、マーヴの調子はどうなんだ? またこの前みたいにおかしくなったりしねえだろうな?」
「それは大丈夫さ! ね、マーヴ?」
パスファインダーが大きく頷いて太鼓判を押した。緑色のマフラーを巻いたマーヴィンは、自分の正常をアピールするかのようにガシャンと背筋を伸ばした。
「ワットソントクリプトガ、ワタシノプログラムヲ修正シテクレマシタ。ドコニモ異常ハアリマセン」
「そうか、ならいいけどよ。これからは、店内でのアビリティの使用は固く禁止しなきゃな。おっと、オクタビオが呼んでるからそろそろ行くぜ」
「ミラージュ」
「ん?」
「今日はホントにありがとう、呼んでくれて嬉しいよ。僕もマーヴィンも君たちにとても感謝してるんだ」
「おう、仲間の為なら当然さ!」
振り向いて颯爽と親指を立てたミラージュは、カウンターで待つオクタンの元へ戻って行った。
パスファインダーは陽気にサムズアップを返し、マーヴィンは自分の四本指を見つめて、不思議そうに閉じたり開いたりを繰り返している。
「ニンゲンニ仲間トイワレタノハ初メテデス」
「ミラージュって、そういう奴なんだ。僕は彼を友人としてすごく信頼しているよ。なぜなら、彼は僕と一分以上まともに話をしてくれた数少ない人間のうちの一人だからさ」


全員が揃う頃には、大きなモミの木のクリスマスツリーの下には、それぞれが持ち寄ったプレゼントの山が出来上がっていた。
テーブルにはミラージュが腕をふるった料理の数々が所狭しと並べられ、パーティーの開始を待っている。
「飲み物は行き渡ったか?」
フロアに散った面々に向けて、エプロン姿に腕まくりをしたミラージュが声を張り上げる。
黄金色に泡立つシャンパンの注がれたグラスを手にした仲間達が、一斉にカウンターのミラージュとオクタンに目を向けた。飲み食いができないマーヴィン達は、グラスの代わりに七色のクラッカーを持ち、乾杯を今か今かと待ち構えている。
ミラージュと肩を組んだオクタンがグラスを高々と掲げ、満面の笑みを浮かべた。
「それじゃ、待ちに待った乾杯といくぜ? ハッピークリスマス! サルー!」
「サンテ!」
「コンベ!」
「チアーズ!」
様々な乾杯の言葉が飛び交い、クラッカーが弾け、皆の顔に晴れやかな笑顔が浮かぶ。
今日ここに集まっているのは、帰るべき故郷を持たない者ばかりだ。みな口には出さないが、それぞれに理由がある事を知っている。
最初は好き勝手に酒を飲み、料理を楽しんでいた来客達も、そのうち自然とひとつのテーブルに集まって来て、今年一年の思い出話に花を咲かせた。
そして、プレゼント交換の結果に一喜一憂したり、手作りのクリスマスプディングをフランベするミラージュの手際に歓声をあげたりした。
酔っ払ったライフラインとヒューズの、少しテンポのズレたロックンロールの演奏が始まり、マーヴィン達のダンスが場を盛り上げる。オクタンも得意のヘッドスピンを披露したが、調子に乗って回りすぎたのが災いし、しばらくの間吐き気と戦うはめになった。
この夜、最も白熱したのはバンガロールとレイスのショットガン対決だった。だが互いに一歩も譲らず、一向に決着がつかなかったので、勝負は次回に持ち越される事となった。
こんな化け物じみたウワバミ達と勝負せずに済んだことに、ミラージュは内心ほっと胸をなでおろしていた。二人とも、その後もケロリとして酒を飲んでいるのが恐ろしい。
こうして、雪のないクリスマスの夜は賑やかに更けていった。
心配していたイブリンの体調も問題ないようで、ワットソンやクリプトとの研究者談義や、ホライゾンとの息子自慢合戦にと、ミラージュ顔負けのトークを披露している。
その様子をしみじみと見守っていたミラージュは、いつの間にか隣に佇んでいたオクタンに気付いて笑みを浮かべた。
「母さんを呼んで良かったな、ありがとう……オク」
「イブリンだけじゃないぜ、みんなも楽しそうだ。そんでもって、俺もすごく楽しい」
盛り上がるパーティーの輪の隅っこで、二人は控えめにキスを交わした。
結局のところ、今夜一番大きなプレゼントを手にしたのは、ミラージュとオクタンなのかもしれない。

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