TENDER
クリスマスイブの夜、いつもなら里帰りをしているはずのミラージュとオクタンは、パラダイスラウンジのカウンターの中で仲良く肩を並べていた。
お揃いのアグリーセーターと、ボンボンの付いた赤い三角帽子をかぶって、そわそわと来客を待っている。
アグリーセーターとは、主にクリスマスや冬をモチーフにした模様の入った派手なセーターのことだ。
首から下がトナカイの胴体と繋がっている、赤と緑の極彩色のセーターを着た二人が並んでいる姿にはちょっとした破壊力がある。
オクタンに至っては髪も緑色なものだから、もはや全身クリスマス浮かれ野郎という感じだ。
彼らの前にはミラージュの母親であるイブリン・ウィットが座っていた。今夜のパーティーに招かれて、午前中にソラスに到着した彼女は、今日がクリスマスだということを忘れているようだった。
「そのセーターはちょっと趣味が悪いわね、エリオット」
イブリンは紅茶で割ったホットウイスキーで体を暖めながら、ミラージュに向かって顔をしかめてみせた。
少し色あせたプラチナブロンドと、目尻や口元に刻まれた皺が年齢を感じさせるものの、美しい婦人には間違いない。
ここにイブリンを招待しようと最初に言い出したのはオクタンだった。
クリスマス休暇をどうするかという相談をしているうちに、今年は自分達が行くのではなく、イブリンを招いてはどうかと言うのだ。
施設での面会だけでは味気ないから、という理由には同意だったが、いきなり外出を飛び越えて外泊というのは、すぐに賛成できる提案ではなかった。
イブリンは、体調によっては外出はおろか、面会さえままならない時がある。そんな彼女を、星間ジャンプが必要なソラスシティに呼ぶのは勇気のいる行為だった。
どうしたものかと考えあぐねているミラージュに、オクタンはうきうきとした様子を隠さずにこう言った。
「二人っきりのクリスマスもいいけどさ、クリスマスってのは家族と過ごすんだろ?」
その一言で、ミラージュの心は決まったようなものだ。
きっとオクタンは、クリスマスを家族で過ごした事などないのだろう。暖かい家庭に幻想も思い出も持たない彼が、自分と母親を気負うことなく家族だと言ってくれたことが嬉しかった。
「なら、いっその事、パラダイスラウンジで盛大にパーティーでも開くか」
「おお、そりゃいいアイデアだぜ! アジャイも今年は家に帰らねぇだろうし……ソラスに残ってる奴らみんな呼んで騒ごうぜ」
「よっしゃ、決まりだ」
日々戦いを共にするレジェンド達も、二人にとってはいわば家族同然だ。互いに異論はなかった。
こうしてミラージュとオクタンは、忙しい合間を縫ってパーティーの計画を立て、準備を始めた。
まだ夏の気配が残るソラスシティへ出掛けてツリー用のモミの木を選ぶのは妙な気分だったが、ソラスの人々にとってはそれが毎年の恒例行事だ。カレンダーに忠実な街は、ひと月前からクリスマスのムードに溢れていた。
APEXゲームでも冬の列車イベントが始まり、ついこの間開幕したと思っていたシーズンも既に半ばを過ぎている。
クリスマスが終われば新年まであっという間だ。
そんな慌ただしい雰囲気の中、クリスマスプディングの仕込みや店の飾り付けを進めていると、パラダイスラウンジの地下に住み着いているランパートがさっそく冷やかしにやって来た。
「おっ、やってるね〜お二人さん。だいぶクリスマスらしくなってきたじゃねえか」
「あんたは来ねえのか、ギアヘッド? ビールでもワインでも飲み放題だぜ? もちろんテキーラもだ」
「こっちも楽しそうだけど、あたしは家に帰るつもりなんだ。マミーとダディが、かわいいラムヤちゃんを待ってるからね〜」
ランパートはカウンターに置いてあったフライヤーの裏に何やら落書きをしながら、噛んでいたガムをぷくりと膨らませた。
「帰る前に家賃とツケを払っていけよ。結局、最初にもらった前払いの分しか受け取ってねぇんだぞ? 俺は」
「まあまあ、固いこと言うなって。そのうちまとめてドカンと払ってやるよ! そんじゃな、ウィットにオクタン。ダチが飲みに来いってさ〜」
いつものように要領よく逃げられて憤慨するミラージュに、オクタンはランパートが書き残していった落書きを手渡した。
「これを返済の足しにするか? JAJAJA」
ミラージュが顎髭を撫でながらうーんと唸った。
「……そうだな、利息はなしにしてやってもいいかもな」
美しい南国の花に彩られたミラージュとオクタンの似顔絵は、そのままパラダイスラウンジのカウンターに飾られることになった。
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