Inchworm


冷房の効いた図書館を出ると、照りつける日差しは眩しく、外の空気がことさら暑く感じられた。
オクタンはすでに上着を脱いで腰に巻き付けている。
「いい天気だから散歩でもしないか?」
「散歩? 車は?」
「ここに置いていけばいい。そんで、公園でホットドッグを食おう。ついでにアイスクリームも」
特に理由はないが、何となくそうしたい気分だった。
俺が歩き始めると、オクタンもぶらぶらと後を付いてきた。
中央公園へと続く道沿いには青々と生い茂ったプラタナスがトンネルを作り、いい具合に日陰になっている。
木漏れ日の中を並んで歩くと、オクタンの義足がカシャカシャと気持ちいい音を立てて鳴った。
「なんだかすげぇ年寄りになった気分だ」
「退屈か?」
「……いや、そうでもないぜ」
確かに普段のオクタンなら、十秒もあれば駆け抜けていってしまいそうな距離だ。それでも、のんびり歩く俺の横でクネクネと蛇行したり、俺と踏み出す足を合わせたりしてふざけている姿は楽しそうに見える。
「ここにはよく来る?」
今度は後ろ向きに歩きながらオクタンが尋ねた。
「たまにな。行き詰まったときとか頭の中を整理したいときとか……気分転換さ。秋は紅葉と落ち葉がきれいだぜ」
「頭を使う仕事ってのは大変そうだな」
「俺だって別に勉強なんか好きじゃねえさ。……ホログラムだけは特別なんだ。俺とあの人を繋いでる、よすがと言ってもいい……」
「あの人?」
「俺の尊敬する科学者さ」
「へえ……お前にもそんな奴がいるのか」
オクタンはゴーグル越しにまじまじと俺を見た。
持っていた本の中から古びた一冊を手渡す。
表紙の文字をたどたどしく読み上げて、オクタンは首を傾げた。
「イブリン……ウィット……ウィット? どっかで聞いたことがあるな」
「俺の母親だ」
「マジ? お前のマムって偉い人だったのか!」
オクタンのとぼけた感想に、俺は思わず笑っちまった。奴の感覚では、本を出版する人間はみんな偉い人に分類されるらしい。
「俺と同じホログラムの研究者だったのさ。今はもう、引退してるけどな」
「カエルの子はカエルってわけか……」
歩きながらパラパラとページをめくっていたオクタンは「残念ながら俺にはさっぱり分からねぇや」と本を返してよこした。
「そういや、お前が本を読んでるのを見たことがねぇな。つうか、学校に通ってる姿すら想像がつかないぜ。一体どんな子供だったんだ?」
何気ない問い掛けに、オクタンは一瞬の間をおいてから答えた。
「……俺はいつだってテストに名前を書けば進級できたからな。学校に行く必要も、本を読む必要もねぇのさ」
「そりゃどういう事だ?」
「……別に自慢するようなことじゃねえ、忘れてくれ」

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