待つ人帰る人
「ストームポイントに潜り込んでるのを、シンジケートに見つかって追い出されたんだよ。ある意味、予想された結末ではあるけどな、JAJAJA……」
通常の二倍ほどの時間を掛けて我が家に辿り着いたミラージュとオクタンは、今はリビングのソファーに落ち着き、温かいミルクティーを飲んでいた。
予定よりも早くソラスに戻る事になったオクタンは、一旦家に帰って来たものの、ミラージュが居ない事を知って店にやって来たのだという。
オクタンの口からは、バカンス中のレジェンド一行の様子が面白おかしく語られ、最後には参加者全員が罰金を取られるというオチがついた。
ひと通り話し終えると、オクタンは立ち上がって、放り出されたまま荷解きもされていないリュックの中をゴソゴソと探りながら、ついでのように付け加えた。
「帰りにイブリンに会ってきたぜ。俺のことは誰だか分からないみたいだったけど、元気そうだった。……ついでに墓参りもしてきたんだ、お前の兄貴達の」
オクタンはそう言って、ビニール製の薄っぺらい袋を投げてよこした。ミラージュにとっても唯一の気掛かりだった事を、オクタンは忘れていなかったのだ。
「いつも二人で行ってただろ?」
ミラージュは受け取った袋を握りしめ、潤んだ瞳でオクタンを見つめた。
「……ありがとう……」
やっとのことでそれだけ絞り出すと、ミラージュはオクタンを引き寄せてぎゅっと抱きしめた。
オクタンへの感謝と愛情と、そして自分の不甲斐なさをちょっぴり感じながら、オレンジ色の抜け始めた柔らかな髪に鼻先を埋める。
小麦色に焼けた腕が背中に回されて、飢えたふたつの唇が自然に相手を求めて重なった。
もつれた身体がシートの上に押し付けられる。
ミラージュの腕がオクタンの自由を奪い、指先が思わせぶりに頬をなぞった。
「ちょっと待ってくれ、ちゃんとやりてぇから……」
下敷きになったオクタンは、ミラージュの胸を軽く押し返すと、その場で服を脱ぎながらバスルームへ向かった。
相変わらず綺麗な背中の窪みと、浮き上がった肩甲骨が、日焼けした肌に影を落としている。
半ば見惚れるようにそれを見送り、ミラージュは大人しくベッドで待機することにした。
大量の幸福物質が出ているおかげなのか、足の具合も問題なさそうだ。
はやる気持ちを抑え、シーツを整えたりクッションを並べ直したりしながら、そういえばあの包みをまだ開けていなかった事に気付く。
改めてよく見ると、しわくちゃになったビニールの表面に印刷されているロゴマークには見覚えがあった。
忘れるはずがない。
袋から出てきたのは、胸にカタカナで『ミラージュ』と書かれた黄色いTシャツだった。
ベッドの上にそれを広げて、懐かしい思い出に笑みがこぼれる。
いつかミラージュがオクタンに贈ったものと同じ、色違いのお揃いだ。オクタンはダサいと文句を言いつつも、そのTシャツを寝巻として愛用していて、くたびれても色褪せしても捨てようとしなかった。
オクタンがお互いの思い出を覚えていてくれる、それを大切にしてくれているという事実が、深く静かにミラージュの心を満たしていく。
ブーメランオクタビオは、いつだって愛という、とびきりの土産を持ってミラージュの元に帰ってくるのだ。こんなに幸せなことがあるだろうか。
気付けば上気した頬のオクタンが、ベッドの側に立っていた。
顔を見合わせて、少し照れくさい思いを隠すように微笑む。きっとオクタンも思い出しているに違いない。
二人が初めてキスしたあの日のことを。
ミラージュが両手を伸ばすと、義足でベッドを軋ませ、火照った身体が太ももを跨ぐように寄りかかってくる。
「おかえり、オク」
優しく包み込むような腕の中で、オクタンは小さく、ただいま、とつぶやいた。