愛のために

インターカムが鳴る。
オクタンが起き上がって、床に転がっていた義足を拾っている間に、部屋のドアが開いた。
「オクタビオ!」
合鍵で入ってきたミラージュが駆け寄って、何か言う間もなくオクタンを抱きすくめた。
義足のないオクタンは、その勢いにバランスを崩し、一緒にベッドに倒れ込む。
「愛してる」
謝罪の言葉よりも、慰めの言葉よりも先に、ミラージュから出てきたのは、その言葉だった。
「オクタビオ、愛してる」
もう一度、ミラージュは言った。
「……ミラージュ」
戸惑いながらも、オクタンはミラージュの背中に腕を回した。
お互いに言いたいことは色々あったが、それよりも今は、直に感じたい。
自然と唇が触れ合う。
「……お前、ちょっと酒くさいぞ…」
それに構わず、ミラージュは首を傾けて、オクタンに深く口付けた。
目を閉じて唇を重ねながら、オクタンは棘に覆われて固くなっていた心が、ミラージュのキスひとつで、ゆっくりと溶かされていくのを感じていた。
顔のない悪意に惑わされていた自分が、馬鹿みたいに思えてくる。
 ——ほんとのエリオットを知ってるのは、俺だけでいい。
エリオットが、こんな風に優しく、情熱的なキスをする事も、俺がどんなにこいつの事が好きかって事も、俺たちがどうやって愛し合うかだって、全部。
知ってるのは俺たちだけでいい。
俺たちなら、そう遠くないうちにバッジだって取れるだろう。取れなくたって構わない。
ふたりで時を重ねていけば、きっと、その事だって笑い話になるはずだ。
エリオットはいつも言ってる。

今日という日はいつか、誰かに話せる時がくる。
そうだ、こんなことがあったんだぜ、ってな。

5/5ページ
スキ