愛のために

期間限定イベントのデュオマッチ。
今回のデュオに限っては、誰とでも自由に参加できるというルールを聞いて、オクタンとミラージュは迷わず互いを指名した。
公私混同と言われようが、バカップルと呼ばれようが二人の知ったことではない。
誰とでも自由にイチャイチャしてください、と運営が言っているのだから。
ワットソン争奪戦に破れたコースティックを横目に、ミラージュは頬が緩むのを押さえられなかった。
しかし、それはゲームが始まる前までの話だ。
今日のオクタンは、いつもと様子が違っていた。
どんなゲームでも、まるでテーマパークに遊びに来たかのように楽しげに駆け回っている彼が、無駄な言葉を一切発せず、黙々と敵をキルしていく。
「今日は勝つぜ。絶対だ」
ドロップシップで降下を待つ間、オクタンはミラージュの耳元で低く囁いた。
お、気合いが入ってんな。
その時はそう思っただけだったが、試合が進むにつれ、ミラージュは頼もしさよりも不安を覚えた。
オクタンは、いつもよりずいぶんと早いペースで興奮剤を消費して、残り部隊が半分になる頃には、ミラージュにも分かるくらいに体力を削られていたのだ。
「一体、どうしたんだ?」
「なにが?」
「お前、バテてるだろ? 薬の使いすぎだ」
「そんな事ねぇよ。大丈夫だ」
大丈夫には見えねぇぞ……。
その言葉は、敵の銃声で掻き消されてしまった。
残り3部隊。
ふたりは、漁夫を狙って高台に身を潜めていた。
他の敵同士が戦闘を始め、消耗したところに攻撃を仕掛ける。APEXゲームにおける必勝パターンだ。
押し殺したミラージュの息づかいが伝わってくるほど近くで身を屈めながら、オクタンは気持ちがザワザワして、地に足が着いていないような気がした。
はやく勝ちたい。
ミラージュと一緒に。
今日こそは、俺たちがチャンピオンだ。
オクタンは前のめりになって、興奮剤を握りしめた。
それに気付いたミラージュが、オクタンの肩に手を掛ける。
「おい、オクタビオ。少し落ち着けよ。今日のお前は、なんだかおかしいぜ。やたら薬をバカスカ使いやがって、またぶっ倒れてぇのか?」
「勝つためには多少の無理もしょうがねぇだろ。……知ってたか? 俺とお前は、同じチームでチャンピオンになったことがないんだぜ?」
急にそう言われて、ミラージュは自分の中の曖昧な記憶を思い出そうと首を捻った。
「そうだったか? さすがに一回か二回は勝ってなかったか?」
「俺がチャンピオンになったことがねぇのは、お前とだけだ。確かだ」
「そんな事気にしてんのか。……そうだよな、一緒に勝って、祝福のキスとかを交わしてみてぇよな」
緊迫した状況をすっかり忘れてにやにやしているミラージュとは対照的に、オクタンは苛立った様子だった。
「そんなんどうでもいいから、試合に集中しろよ。今日は勝つって言っただろ?」
見下ろす戦場では、もうすぐ決着が着きそうだ。
オクタンは「行くぜ」と短く言い残して、崖の向こうに消えた。慌ててミラージュも後を追う。
突然の乱入者に、交戦していた敵が怯んだ。
オクタンは興奮剤を立て続けに体に突き刺し、ジャンプパッドを駆使して敵を撹乱する。
後ろから必死にカバーしながら、ミラージュは酷使された彼の体が、悲鳴をあげているような気がした。
「オクタビオ!一旦下がれ! 俺が前に出る!」
ミラージュは叫んだ。
「あとひとり……!」
前しか見えていないオクタンは、肩で息をしながら興奮剤のアンプルを指で弾いている。
その指先にも腕にも、擦り傷に血が滲んでいた。
「やめろ……!」
言うより先に、ミラージュはオクタンの手から注射器を奪い取って、地面に叩き付けていた。
「何すんだ!」
振り返ったオクタンを、敵の銃弾が貫く。
残り少なかった体力はそれに耐えきれず、オクタンは地面に崩れ落ちた。
視界に入った影に素早く銃を向けたミラージュだったが、次の瞬間には衝撃と共に宙に浮いていた。
「ごめんね」
パスファインダーがそう言って、グラップルを引き寄せた。
ゲームオーバー。
チャンピオンチームが放つ耳障りな祝砲を聞きながら、オクタンは地面に転がったまま、ぼやけたワールズエッジの空を見ていた。
ゴーグルをしていて良かった。
ゲームで負けて涙が出るなんて、自分でも思わなかった。
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