ハロウィンの影たち
眼下に広がるキングスキャニオンには、淡く発光する巨大なリヴァイアサンが鎮座し、闇のレヴナントの不気味なアナウンスが響いていた。
血生臭い夜の匂いを懐かしく感じながら、俺たちはマップのやや西側に降り立った。
「蝋燭の炎がとても幻想的です。夜のキングスキャニオンも良いものですね」
オビがあたりを見渡して目を輝かせている。
「そっか、あんたは初めてだもんな」
「ええ。次元と次元、生と死が美しく交錯するこのイベントを、私は楽しみにしていました。あの悪名高いスカルタウンを、実際にこの目で見られるのもいい感じです」
「いつまでそんな事を言ってられるかね」
エリオットが冷めた目でオビを見た。
シャドウロワイヤルのルールは、部隊のうち一人でも生き残ってる奴がいれば、何度でも影になってリスポーンできるっていう、特殊なルールだ。
生者と死者が入り乱れ、キルされた奴らがシャドウになってまた追いかけてくる。
キルログには、さっそく最初の犠牲者の名が映し出され、それを煽るようなレヴナントのアナウンスが会場にこだました。楽しいハロウィンパーティーの始まりだ。
スカルタウンで何回かの戦闘をこなし、オビの的確な索敵のおかげもあって、俺たちは一人も欠けることなく着実にリングに向かって進んでいった。
だが、収縮に合わせてブリッジがあった辺りに差し掛かったとき、エリオットは突然、そこを迂回しようと言い出した。
「気になる事でもあるのですか? エリオット」
「いや……けどなにか、嫌な感じがするんだ。理屈じゃなく」
「どこから行ったって同じさ。もうだいぶ、円も縮まってきてるからな。ここはいっちょど真ん中を目指すのもアリだろ」
「ふむ……」
一旦ボロ小屋に入り、オビが千里眼であたりを見渡す。それに対抗するかのように、ブラッドハウンドのスキャンが小屋の中の俺たちをあぶり出した。
「どうやら囲まれていますね。ブラッドハウンドの部隊以外にも、何部隊か潜んでいます」
カボチャ頭のブラハの部隊は、奴とヒューズと、哀れにも影になっちまったらしいアネキを引き連れていた。
「トリック・オア・トリートぉ!! 出てこいよ、ボウズたち。ほぉら、おじさんが美味しいお菓子をあげるぞぉ〜!」
ヒューズが挨拶代わりのフラグを投げ込んで、突入の機会を伺っている。それに気を取られている隙に、反対側からアジャイが恐ろしいパワーでドアをぶち破ってきた。
こうなったら応戦するしかねぇ。
俺は燃えカスみたいな影になったアジャイ目掛けて、ショットガンをぶっ放した。
それを合図に、戦況が一気に動き出す。
運良く最初の部隊は片付けたものの、息つく間もなく漁父が群がってきやがる。
連戦を乗り切って何とか敵を全滅させたとき、俺の体力はほとんど残っていなかった。
最後のひとりを倒したオビが、涼し気な顔をして近寄ってくる。
「大丈夫ですか? シルバ」
「ああ、何とかな。……エリは?」
バッテリーを巻きながら辺りを見回すと、エリオットの姿が見当たらない。
「倒されてはいないはずですが……どこへ行ってしまったのでしょう?」
心音を頼りに俺とオビが外へ出ると、エリオットが隣の建物の上から盛大に転げ落ちるのが見えた。
それを追いかけるように、黒い影の残像が壁を走っていく。
「エリオット!」
どこか痛めたのか、地べたにうずくまったエリオットの周りを黒いもやが覆い、姿を隠す。なにかを呼んでいるかのような、うめき声にも似た声が、低く夜の底に響いた。
エリオットはハッとしたように顔を上げて、力なく首を振った。俺の声は届いていないみたいだ。
「許してくれ、俺と母さんだって必死に探したんだ。でも見つからなかった……。俺は母さんを抱えて生きてくのに精一杯で……忘れたことなんかない、お前らを見捨てたわけじゃねぇんだ、俺は、俺は……」
エリオットが必死に振り払おうとしているのは、三体の影。あれはゲームの参加者なんかじゃねぇ、ヘルメットを被って銃を背負い、兵士みたいな格好をしてる、あれは……。
「やめろっ……来るな!」
「エリオット! 何してんだ撃て!」
「クソッ、来るなってば……」
エリオットは銃をやたらと振り回し、怯えたようにズルズルと尻で後ずさっている。
このままじゃやられる……!
影がエリオットに向かって手を伸ばした瞬間、俺は反射的にそいつらに向かって発砲していた。
ショットガンをきっかり頭に三発、影は呆気なく闇の中に消えていった。向こうではぐれたプラウラーの相手をしていたオビが叫ぶ。
「シルバ、急ぎましょう。リングが来ます」
蝋燭の光だけが照らす闇夜に、遠くから無数の影たちの不気味な咆哮が響いてくる。
俺は、放心したように尻もちをついたままのエリオットに手を差し伸べた。
「エリ!」
「オクタビオ……あいつらは……」
「エリオット、あれはただの影だ」
掴んだエリオットの手を離さずに俺は言った。
「そんで、俺たちの生きてる世界はここじゃねぇ。わかるだろ?」
「……けど」
「いいから俺について来い!」
俺は強引にエリオットを引っ張り上げた。とたんに、顔を歪めてうめき声をあげる。
「足が……」
エリオットの右足はぶらぶらしてて、まるっきり力が入らないみたいだった。さっきシャドウたちに襲われて、屋根から落ちた時にどうにかしちまったらしい。
「いいから先に行け、俺は間に合わねぇ」
「ダメだ。お前は俺と来るんだよ。王様になんだろ?」
俺はエリオットを背中に担ぎ上げ、走り出した。
「オク!」
「ちゃんと掴まってろよ!」
義足が軋み、いつもの半分も速度が出ねぇ。
だが俺はとにかく走った。足りない分は興奮剤をぶっ刺して、後からエリに小言を言われるだろうが、かまいやしねぇ。
背後からは、グルグルと唸るプラウラーとリングが迫っていた。
「シルバ、気を付けてください! 前方に一部隊います!」
先を行くオビが、追ってくるプラウラーを掃射して援護しながら叫んだ。このままだと前と後ろから挟まれちまう。
「グラシアス、オビ! ジャンプパッドでやつらを追い越すぜ」
俺はジャンプパッドを放出し、エリオットを背負ったまま、飛んでくる銃弾をかいくぐってジャンプした。
だが、エリオットの重さの分、いつもより高度が出ねぇ。
……ヤバい……落ちる。
その時だった。
エリオットが、俺の背中から地面に向かってフラグを投げたんだ。マジかよ!
爆風が俺たちを押し上げ、間一髪で建物の上へと着地する。
「エリオット……お前」
エリオットは乱れた前髪の隙間から俺を見てニヤリと笑った。さっきまでの腑抜けた目じゃなく、完全に戦う目になってる。
「ケガはねぇか? 悪いが謝ってる暇はなさそうだ。さっさと片付けちまおうぜ」
「Sale! やるじゃねぇか! 俺の相棒はそうでなくっちゃな!」