Brand New Days
あてのないドライブはソラスシティの果てまで続いた。
南東へ伸びるフリーウェイから外れるのも構わず、どこまでも車を走らせていくと、道は唐突に途切れ、そこから先は、遠くに霞む対岸を隔てる海峡が横たわっているだけだ。
目の眩むような断崖絶壁に並んで立ち、オクタンとミラージュはしばし無言で、慟哭のような波としぶきの音に耳を傾けた。砕け散る波浪が、茶色く剥き出しになった岩肌を確実に削り取っていく。
「そうだ、忘れるとこだったぜ」
オクタンは何かを思い出したように車に走って行くと、小さな箱を抱えて戻って来た。
そして断崖の淵に立ち、持っていた箱の中身を海に向かって投げ捨てた。
一ダースに一本足りない興奮剤は、ライトグリーンの液体を陽の光に反射させながら、白く渦巻く波間に吸い込まれていった。
「これで清々したぜ」
オクタンは、黙ってその様子を見守っていたミラージュを振り返り、
「俺とお前が別れることになった元凶は、これで綺麗さっぱりなくなった。奴らのモルモットにされんのも、病院でチューブに繋がれるのも、もうこりごりだぜ」
と、肩をすくめて笑った。
「あとは、クリプトに頼んでデータをぶっ壊してもらえば完璧さ」
「そんなヤバい仕事をあいつが請け負うと思うか?」
「報酬次第だろ? なんならワッツを人質に取ってもいい」
「それこそクリーピーに殺されるぜ。俺ら二人とも、EMPで脳ミソをドカン! だ」
物騒なデータの破壊計画がどこまで本気なのかは分からないが、オクタンがシンジケートの実験から手を引くことを決めたのはいい事だ。
ミラージュとて、あの興奮剤もどきは二度と見たくない。
ふと、オクタンの口元から笑みが消え、ひたむきな目が正面からミラージュを見つめた。
その表情に引き込まれるように、ミラージュも思わず素に戻る。
「あのさ」
一呼吸置いてから、オクタンは切り出した。
「俺、お前がそのままでいいって言ってくれたこと、すごく嬉しかったぜ。たぶん一生忘れない。もし、この先何があったとしても……お前と俺が別々になったとしても、絶対に忘れない。それだけでずっと生きていけるって、本気で思ったんだ。エリオット、俺を見つけてくれてありがとな。俺もお前のこと、愛してる」
きっぱりとした口調に、照れや誤魔化しは微塵も感じられない。ただ飾り気のない愛情と、素直な感謝の気持ちだけが伝わってくる。
ミラージュは喉の奥が詰まったようになって、何も言うことができなかった。
嬉しいはずなのに、なぜか切なくて胸が締め付けられる。それはどこか別れの言葉にも似て、ミラージュの心の奥をざわつかせた。
「……お前はどこにも行かねぇだろ? ずっと側にいるよな?」
言いようのない不安にかられて、断崖を背にしたオクタンの腕を取って安全な場所に引き寄せる。
「当たり前だろ? 俺はブーメランだ。どこへ放り投げたって必ずここに戻って来るぜ。終わりなんかない、今日からまた始まるのさ、俺とお前のご機嫌な毎日がな」
凛々しい笑顔を浮かべた頬の傷は、うっすらと白い筋を残すだけで、そのうち跡形もなく消えてしまうだろう。
それが名残惜しく思えて、ミラージュはこの瞬間のオクタンの顔を忘れまいと、心に刻みつけるかのように、その傷跡を指で、唇でなぞった。
喜びも悲しみも、すべてはいつか思い出となり、直に触れることはできなくなる。
ミラージュが愛してやまない、澄んだうす緑の瞳の中に、もう父親の影に怯える子供はいない。
溢れる思いごと包み込むように、オクタンもミラージュの身体を深く抱きしめた。
「帰ろうぜ、エリオット。俺たちの家に」