Brand New Days
ミラージュにとってこの世の終わりとも思えたオクタンとの別れは、いかに彼にとって彼が大切なものなのかを改めて思い知らされた出来事だった。
それを乗り越えて、やっと落ち着いた生活に戻れると思った矢先に、オリンパスで異変が起きた。
急遽招集されたその足で、レジェンド一行はオリンパスに飛ぶ事となり、オクタンがミラージュの家に戻る暇もないまま慌ただしい日々が始まった。
バンガロールが倒れ、ワクチンの開発、抗体を採取するための蜘蛛狩り、オリンパスに蔓延する蔓性植物の駆除、市民たちの避難に救助と、物事を深く考えている時間もない。
担当する任務も場所も違っていたミラージュとオクタンはすれ違いばかりで、顔を合わせても少し話して部屋に戻るだけのもどかしい日々を過ごしていた。
オクタンがいつ、戦艦イカロスがシルバ製薬のものだと気付き、そのシリアルナンバーを消したのかミラージュは知る由もない。
ミラージュはミラージュで、任務の他にもオリンパスに来ていた母親の世話や、パラダイスラウンジから出て行くと言い出したランパートのことに気を取られていて、オクタンの様子にまで気を回す余裕がなかった。よりを戻したことに安心しきっていたせいもあるのかもしれない。
だが、オリンパスに来て三日目の夜に、ライフラインに連れられて帰ってきた彼の右頬には、抉れたような二つの傷があった。
そこで初めて事の顛末を聞いたのだ。
そしてあの夜、夜明け近くに帰って来たオクタンは、ミラージュの部屋のドアを勢いよく叩き、服を脱ぎ散らかしながらずかずかとベッドへ向かうと、そのまま彼の隣に潜り込んで眠ってしまった。
裸のオクタンの髪の毛からは、ペンキのような塗料の匂いがした。
あの時の満足気な寝顔を思い出し、このニュースを見たらあいつはどう思うだろう? と、画面に映るイカロスと、そこにペイントされたシルバ製薬のブランドロゴを複雑な気分で眺める。
そこに突然、端末へオクタンからのコールがあった。
通話画面を開くと、起きたばかりのぼさぼさ髪と吸い付きたくなるような笑顔がそこにあった。
『おーい、起きてるか?』
『とっくの昔に起きてたぜ。そろそろ迎えに行こうかと思ってたところだ』
『ふあーあ、……待ってる』
大きなあくびと伸びをしたせいで画面が揺れる。オリンパスに滞在している間、キス以外の行為はおあずけ状態だったせいで、寝起きの裸体と乱れたシーツが目に眩しかった。
『朝っぱらから刺激の強いもん見せるなよ……目の毒だ』
『パンツはちゃんと履いてるぜ? JAJAJA』
『それはそうと……今朝のニュースを見たか?』
『いや、見てねえけど……何かあった?』
眠たげに尋ねるオクタンを見て、ミラージュは咄嗟に話題を変えた。
『……ソラス動物園で、マダラパンダの赤ん坊が生まれたそうだ』
『へー……?』
画面の向こうのオクタンは微妙な顔で頷き、それじゃ今度見に行くか、と気が抜けたように言った。
見ていないなら、ないでいい。
どうせいつか目にするのだし、始まったばかりの爽やかな朝に、わざわざ水を差すこともないだろう。
そんな事よりも、束の間の不在を経て、再びこの家にオクタンが戻ってくると思うと、居ても立っても居られなくなった。
『今から行くぜ』
ミラージュは明るい色のTシャツと七分丈のラフなパンツに着替え、額にサングラスを乗せて車に乗り込んだ。