すばらしい日々

APEXゲームでレジェンドと呼ばれるのは、一握りの人間だけだ。
一部の例外を除いて、最初はみんなコールサインすら持っていない。
今でこそAPEXゲームの看板レジェンドであるこのミラージュこと、エリオット・ウィットも、始めはただの番号でしかなかった。
クリプトやワットソンのように、始めから注目されるのは稀で、大抵の奴らはいつの間にかゲームに加わり、いつの間にか消えていく。
期待のルーキーといえど、必ずレジェンドになれるって保証もない。ゲームで生き残って力を示さねぇとな。
俺たちはどういう訳か、ゲーム内の武器でキルされても死なないどころか、体にキズひとつ付くことはないが、その代わりに自分の持っている生存ポイントってやつがマイナスされる。
ポイントがゼロになった時点で仮死状態となり、時間内にリスポーンできないと、そのままお陀仏だ。
少なくとも俺はそう思ってるが、ホントのところは分からねぇ。
なんせ、死体すら残らず、この世からきれいさっぱり消滅しちまうんだからな。
もしかしたら、どこかにひょっこり転送されて、人生をやり直してるのかも知れねぇし、レイスの言う、生と死の狭間で永遠にさ迷ってるのかもしれない。
ひとつだけ確かなのは、消えちまったそいつのその後を、誰も知らねぇって事だけだ。
生存ポイントは、キルやアシストやダメージ数、順位、生存時間、ランク、その他もろもろを考慮した、複雑な計算式で算出されているらしいが、その詳細は謎だ。契約書にも書いてねぇ。
しかも、それはゲームごとに変動する。
ダメージに重きが置かれる日もあれば、特定の武器にボーナスが付いたり、ヘッドショットだったり、色々だ。
それを真面目にこなすか、自分のスタイルを貫くかは俺たちの自由だが。
ネットワークにはポイントを解析するサイトが乱立していて、かなりのアクセス数を稼いでいるが、どれもイマイチ信頼性に欠ける。
結局、信じられるのは自分の力と感覚のみ。とにかく勝ちゃあいいんだ。
毎試合20キルの4000ダメージで優勝すれば、ってのは極端だが、序盤を乗り切ってポイントを稼げれば、あとは余程のバカをしでかさない限り安泰だ。
シーズンが変わると、そのポイントはリセットされ、俺たちはまた同じスタートラインに立つ。
APEXプレデターだろうが、名もない一般人だろうが条件は同じ。俺だって、しくじればすぐにあの世行きさ。
だからこそ、レジェンドには価値がある。
俺たちが莫大な報酬を手にできるのも、その戦いを生き残っているからだ。
レジェンドになれば報酬アップはもちろん、グッズも作ってもらえるし、CM出演だのインタビューだのサイン会なんかで小塚い稼ぎも思いのまま、ドロップシップの中に個室だって用意される。
それに何たって、みんなからちやほやされるってのは、この上なく気分がいい。
その気になれば、群がるファンの中から男でも女でも選び放題さ。
誰もが夢を見たくなる、美味しい話でいっぱいだ。

俺たちが最も死に近付く、シーズン開幕戦。
だが、古参のレジェンドたちは慣れたものだ。特に緊張する様子もなく、共有スペースで出撃前の雑談に花を咲かせている。
新入りのクリプトと、人嫌いのコースティックの姿はなく、前シーズンから加入して、めでたくレジェンドの仲間入りをしたワットソンは、少し不安げにレイスに寄り添っていた。
「新しいアリーナは気温の差が激しそうね。この装備で大丈夫かしら?」
ライフラインは、雪山仕様の自分の装備を確認してから、ヘソを出したままのオクタンに目を向けた。
「あんたはそれでいいの?」
「俺様は常にエンジン全開だぜ。ちょっと走ればすぐにあったまるから、これでいいんだよ」
「寒くなったら温泉にでも入ればいいさ、なぁブラザー」
ジブラルタルがガハハと笑う。
「ボクは寒い方が好きだな。あまり暑いと回路がオーバーヒートしちゃうからね。でも温泉には入ってみたいなぁ。……もちろん混浴で!」
どこで覚えたのか、下ネタ紛いのことまで言うようになったパスファインダーに、女性陣が若干引き気味の視線を向ける。
他の奴等がどうか知らねぇが、俺はキングスキャニオンが気に入っていたので、今回のアリーナ変更はあまり歓迎していなかった。
シップでの移動距離も長くなるし、寒いのも暑いのも嫌いだ。
「……つってもよ、リパルサーの塔が壊されなきゃ、アリーナを変える必要もなかったのに、誰だか知らねぇがひでぇことしやがる」
「まったくだぜ。俺なんか、やっとマップを覚えたとこだったのによ。まぁ、どこに行こうが、俺は走りまくって撃ちまくるだけだけどな。JAJAJA!」
せわしなく手足をばたつかせて、ウォーミングアップに余念がないオクタンは、テンションが上がって試合が待ちきれないといった様子だ。
新しいアリーナ、ワールズエッジはキングスキャニオンよりもだいぶ広いうえに、岩山で分断されている場所も多く、リングへの移動ルートが重要になる。
能天気に笑っているこいつが、ちょっと心配になってきた。
「なぁ、オクタン? 撃ちまくるのもいいが、シーズンの始めだ。足元を掬われないように、少しは慎重に行けよ」
「何だよ、ビビってんのか? 俺様がそんなヘマするわけねぇだろうが」
「そう言って死んでった奴が、何人もいるんだぞ? ビビってるんじゃねぇ、俺は心配してるんだ」
「はいはい」
俺たちのやり取りを聞いて、バンガロールが片方の眉をつり上げ、チクリと釘を刺した。
「あら、試合前に見せつけてくれるじゃない? あんたたち、敵同士になったら、私情は捨てなさいよ。恋人だからって、情けは無用よ」
「分かってるさ。俺はそこまで甘ちゃんじゃねぇぞ、鬼軍曹さん」
俺はムッとして、反射的にそう言い返していた。
「ならいいんだけど」
「まぁ、それが俺らのシュクメイってやつだ。誰が誰を殺ることになっても、恨みっこなしだぜ。なぁチカ?」
オクタンがバンガロールに向かって、笑いを含んだ声で言った。
バンガロールが訝しげにオクタンを見る。
「かわいこちゃん、って意味さ」
「ふふっ」
ワットソンが吹き出すと、それにつられてみんなが笑いだした。
怒り出すかと思ったバンガロールも、ニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
「面白いじゃない。あんた、私が殺るまで死ぬんじゃないわよ? いいわね、シルバ?」
「Si」
短く返事をして、オクタンがそっぽを向きながら、俺のグローブの中にこっそりと指を滑り込ませてくる。
普段はそんなことしねぇくせに、バンガに言われたそばから、しかもわざわざみんながいる場所でやるんだから、こいつは全く……。
たまんねぇな、こういうの。
指先でイチャイチャしている間に、ドロップシップは降下地点へと近付き、チーム分けが発表される。
俺の部隊はレイスとワットソン、あいつはジブラルタルと、例の新入りのクリプトと同じ部隊だ。
「皆に神々の御加護を」
それまで黙っていたブラッドハウンドが、厳かに祈りを捧げると、みんなの表情が戦う者のそれへと変わる。
こうして新しいシーズンが始まった。

誰だって生き残りたい。
シーズン初戦、新しいマップ、ゲームの序盤は皆、慎重になっている。
視界の右上のキルログも動きが鈍い。
そこに突然、オクタンがキルされたというログが飛び込んできて、心臓がドクンと嫌な音を立てた。
「嘘だろ……?」
体中から血の気が引いて、俺は動けなくなった。
「あそこに敵がいる!」
ワットソンの声が遠くに聞こえる。
「どうしたの!? ミラージュ!」
「いや、大丈夫だ。了解」
気を取り直して銃を握りしめる。
大丈夫だ。リスポーンできれば、いくらでも立て直せる。まだ死んだわけじゃねぇ。大丈夫だ…。
自分に言い聞かせるが、胸の鼓動は速くなるばかりだ。嫌な汗が額に滲む。
幸い戦闘にはならず、俺たちは先回りしてリングを目指した。
私情は捨てろ、相棒。バンガロールに啖呵を切ったばかりだろ?
デコイがそう言って、俺の前を走っていった。
自分の背中をぼんやりと見送って岩影に隠れていると、嫌でもあいつのことが頭に浮かんできて、集中が途切れる。
こんなにあっけなく、別れってやって来るものなのか?さっきまで俺たちは、仲良く手を繋いでたじゃねぇか……。
自分がやっているのはそういうゲームなんだと、戦いに慣れすぎて俺は忘れかけていた。
「ミラージュ! 伏せて!」
レイスの声と、クレーバーの重い射撃音と共に、俺はその場に倒れ込んだ。
やべぇな……。
重くなった体をズルズルと引き摺りながら、とりあえず遮蔽物で射線を切る。
味方からはかなり遠い。レイスのポータルでも届くかどうか。
何より部隊を危険に晒すことになっちまう。
敵が詰めてくる気配がする。
もう一度撃たれたら、俺はどうなる? 死ぬのか?
そういや、まだレジェンドじゃなかった駆け出しの頃は、いつもこうやって崖っぷちギリギリの恐怖と戦ってたっけな。
俺に怖いものなんてねぇ、……なんてのは、ありゃ嘘だ。いつだって怖いさ。
失いたくないものができちまった今はもっと……。
「ミラージュ! こっちよ!」
レイスの声が聞こえて、俺はポータルの中に引きずり込まれていた。
完璧な位置取りで引かれたポータルを抜け、建物の影に俺をぶん投げると、怒ったようにカンフル剤を突き刺す。
「レイス……オクタンが……。あいつが…」
俺は回復するのも忘れて、レイスの腕にすがり付いた。
目の前の彼女の顔がどんどんぼやけていって、喉の奥に何がが詰まったように言葉が出なくなる。
ゲームの真っ最中にも関わらず、俺はボロボロと涙をこぼしていた。
「しっかりしなさいよ!」
怒声と共に、レイスの強烈な平手打ちが頬に飛んで来て、その勢いに負けた俺は、そのまま地面に崩折れた。
「貴方がここでメソメソしていても、その事実は変わらないわ。後を追いたいのなら止めないけど、ゲームが終わってからにしてちょうだい」
俺を見下ろすレイスの顔もまた、苦しげに歪んでいた。
「私たちは戦うしかないのよ」
「そうよ。私は家族を失いたくはないわ、ミラージュ」
ワットソンが駆けつけてしゃがみこみ、俺の肩に優しい手を添える。
ポータルの周りに幾重にも張り巡らされたフェンスが、俺たちを守っていた。
「まだ望みはあるわ。あなたに私たちが居るように、彼だってひとりじゃない。ね、ミラージュ? どんな時も希望を持ちましょ?」
潤んだワットソンの瞳を見て、また涙が出そうになる。
俺はふらふらと立ち上がって、両手の平で顔を擦った。レイスに殴られたほっぺたが、まだビリビリしている。
「すまなかった」
ふたりに向かって頷くと、彼女たちも同じように、力強く頷いた。
そうさ、戦うしかねぇんだ。
顔を上げろ、ミラージュ。
幸か不幸か、俺はまだ生きている。
APEXという、得体の知れない化け物に取り憑かれた俺たちは、何があろうとこのゲームから降りることはできない。目の前に立ちはだかるのが誰だろうと、引き金を引かなきゃならねぇんだ。
なぁ、そうだろ?
……オクタン、お前は今どこにいる?
リングに向かって動き始めた俺たちに、新しいキルリーダーがアナウンスされる。
俺の問いかけに答えるように、それは確かに、あいつの名前を告げていた。

最終円は、雪と氷に覆われたエピセンター。
レジェンド達が勢揃いした最後の戦闘は、当然ながら激しい乱戦になった。
正直、自分が誰に倒されたのかも分からねぇ。
覚えてるのは、緑色の飛沫を撒き散らして、鮮やかに跳躍するオクタンの姿だけだった。
試合の後、レイスとワットソンにもう一度礼を言ってから、俺は急いでオクタンを探した。
とにかく、早く顔が見たかった。
共有スペースにはいない。ロッカーにも、救護室にもいない。
はやる気持ちでレジェンド専用のエリアに駆け込むと、俺の部屋の前にあいつが立っていた。
「オクタン!」
俺はオクタンに飛びついて、泥にまみれた体ごと抱きしめた。
「おっと、ずいぶんと感動的な再会だな」
「お前、あんまり心配させんなよ……」
腕の中でオクタンがかすかに身じろぎしたが、構わず両腕にぎゅっと力を込める。
やはり雪の中は寒かったのか、体が冷たくなっていた。
「見てたか? 俺、チャンピオンになったんだぜ? しかもキルリーダーだ。すげぇだろ」
俺の体に埋もれながら、オクタンが得意気に言った。
「そんなこと、どうだっていい。お前が生きてれば」
そう振り絞った俺の声は震え、ひどい鼻声になっていた。
「……泣いてんのか?ミラージュ?」
「うるせぇ……悪いか」
俺はもう一度、オクタンを強く抱きしめた。
オクタンが窮屈そうにもぞもぞと動いて、俺の背中に腕を回す。
「……あったけぇな、お前の体」

部屋に備え付けられた簡易ベッドに並んで座りながら、俺のぶかぶかのジャケットを羽織ったオクタンが、キルされてからの状況を話し始めた。
「もうすぐ時間切れってときに、クリプトがドローンで俺のバナーを回収してくれたんだ。リスポーンした後も、ジブがドームでリス狩りから守ってくれて……さすがに気合いが入ったぜ。そこから連続キルで挽回して、チャンピオンさ。久々に、自前のアドレナリンが出まくった」
オクタンの話を聞きながら、彼だってひとりじゃない、と言ったワットソンの言葉を思い出す。
できれば、こいつを助けるナイトの役は俺でありたかったが、それは贅沢ってもんだな。
「……あいつらに礼を言わなきゃな。俺もレイスとワットソンに助けられた」
「もちろん言ったぜ! そんで、記念撮影のとき感謝のチューしてやったら、ジブは喜んでたけど、クリプトは嫌がってたな」
どこまでも、オクタンはオクタンだった。
その光景を思い浮かべて苦笑する。
「俺さ、今まで死んじまったらそれまでで、特に思い残すことはねぇなって思ってたけど、さっきお前にハグされたとき、生きてて良かったって思ったぜ」
いつもよりトーンの低い、淡々とした声。
ゴーグル越しに俺を見つめるオクタンの表情は見えない。
お前は今、どんな顔してる?
俺はオクタンのマスクに指をかけて、首元までそっと引っ張り下ろした。
何か言いたげに薄く開いた唇が露になる。ひんやりした頬を撫でると、その唇にうっすらと笑みが浮かんだ。
それから、ゆっくりとゴーグルを外して、俺を見上げる澄んだ薄緑色の目と、ぴんと張った眉を目に焼き付ける。
パイロットキャップとこめかみの隙間に指を滑らせると、少し湿った柔らかい髪に触れて、キャップがばさりと床に落ちた。
素顔を隠している邪魔なものを、ひとつひとつ剥ぎ取ってオクタンの変身を解いた俺は、たまらなくこいつが愛しくなって、今まで呼んだことのない名前を呼んだ。
「オクタビオ」
両手で包み込んだ頬と、指先に触れる耳がうっすらと熱を帯びている。
「は……なんだか、すっ裸にされてるみたいで興奮するぜ」
キスしようと近付けた俺の唇をくすぐるように、オクタンが囁いた。

舌と指を絡ませ、唇と体をくっ付けながら、俺はその暖かさと力強さに安堵する。
俺たちは生きている。
惨めに這いつくばろうが、情けなく涙をこぼそうが、生き残った者こそが強者だ。
そうだ、勝て、勝ち続けろ。
生きてりゃ、そこから学べる。
俺たちの愛も、欲望も、憎しみも、怒りも、涙も、弱さも、復讐も、後悔も、出会いも、別れも、すべて飲み込んでゲームは続く。

すばらしい日々の始まりだ。
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