ラ・ヴィ・アン・ローズ


「ちょっと待ちなさい、そこのアナタ。そうよ、アナタよ。……私の指輪、返して貰えるかしら?」
薄暗い通路でいきなり声を掛けられ、チカはキョロキョロとあたりを見回した。
どこから現れたのか、そこには場違いともいえる、きらびやかなオーラを放つレジェンドのローバが腕組みをして立っていた。
「知らないね……、そんなの」
「悪い子ねぇ、私はちゃんと見てたのよ? たとえキルされても意識はそこにあるって、知らなかった?」
自慢の六インチのヒールを履いたローバは、チカのはるか上から威圧的に彼女を見下ろし、赤く光る唇を吊り上げた。
チカはずるずると後ずさりし、渋々とポケットから指輪を取り出してローバに突き付けた。
鷹揚に笑ってそれを受け取ると、ローバはチカの手を取って、荒れてささくれだった指にその指輪をはめた。
「ローバ……?」
「これ、アナタに差し上げるわ」
「なんで……」
「アナタが気に入ったからよ、べべ。強くなりなさい? 強くてしたたかな女にね。そうすれば、きっといつか、その指輪が似合う素敵な女性になれるわ」
ローバは赤いアイメイクに縁取られた目を細め、そばかすだらけの肉の薄い頬を軽くひと撫でした。
畏れと戸惑いの入り混じった迷い犬の瞳は、すでに目の前の雌狼に魅了され釘付けになっている。
「ロー……」
「それじゃあね」


「いいの? お気に入りだったんじゃない?」
上階へと続く階段の手摺に持たれてローバを待っていたバンガロールが、戻ってきた彼女に声をかける。 
「かまわないわ、コレクションなら他にも沢山あるもの。……そうね、だったら貴女が新しくプレゼントしてくれてもいいのよ?」
「ふっ、考えておく。あなたが私よりも先にプレデターになれたら、お祝いとして贈ってあげてもいいわ」
「……そうやってすぐに勝負に結びつけるんだから。全然ロマンチックじゃないわ、軍曹さん」
バンガロールは唇の端を持ち上げて、指輪のなくなったローバの手を取り、姫君をエスコートするように恭しくキスをした。
とたんにローバの勝ち気な頬はバラ色に染まり、重たそうなまつ毛が満足そうに瞬きをする。
バンガロールはローバの手を自分の手のひらに乗せたまま、普段の彼女よりも幾分か柔らかな眼差しでその目を見つめた。
「あなたはあの少女にかつての自分を見たのね、グレタ」
「なんのことかしら?」
美しくネイルに飾られた自分の指先が、すがりついた父親の体から流れる血で染まっていくような気がして、ローバはその手をアニータのそれごとギュッと握りしめた。
「その名前は捨てたの。……私はローバよ」

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