Lookin' for


「ちょっと飲みすぎなんじゃねぇか?」
いつもよりも早いペースでグラスを空にしていくミラージュに、オクタンは自分が酔っ払うのも忘れて諌める側に回っていた。
いつもとはまるっきり立場が逆だ。いくら深酒をしようが、ミラージュは決してオクタンよりも先に酔いつぶれることはなかった。好きなだけ飲ませておいて、お前は飲み方を知らない、後で奢れよと、からかい半分に説教されるのもお約束のようなものだ。
「やっぱり今日のお前は変だぜ、ミラージュ」
「やっぱり?……やっぱりって何だ? 俺のどこが変なんだ? いつもと変わらないイケメンだろうが……」
へらへらと笑うミラージュに取り合わず、オクタンは真摯な瞳を彼に向かって投げかけた。
「昼間のゲームの時もそう思ってたんだ。……あの電話か?」
「……電話が、何だって?」
「お前、ゲームの前も後も誰かと話してたろ? パスはお前のマムだって言ってた」
ミラージュは溜息をつき、合点がいったというように頷いた。
「ここもあいつが教えたんだな? ったく、あのお喋りなブリキ缶め、余計なお節介しやがって。……俺が母さんと電話してたのは確かだが、別に何があったわけでもねぇ、いつものことさ。俺の母さんはちょっとばかり心配性で、忘れっぽい性格なのさ」
肩をすくめて両手を広げたミラージュに、オクタンは納得いかないといった様子で食い下がった。
「俺はお前のマムに何かあって……それで落ち込んでるんじゃねぇかって」
「心配して来てくれたのか? お前はいい子だなぁ、オクティ」
ミラージュはふにゃりと笑い、小さな子供にするようにオクタンの頭を撫でた。はぐらかされたオクタンは、不満気にミラージュを睨みつけると、頭を覆っていたキャップを脱いでくるりと前を向いてしまった。
眉間にしわを寄せて、カウンターの上のキャップをぐしゃぐしゃと握りしめている。
「おーい、オクタン? オクティ? タビィ〜?」
子供扱いされて拗ねてしまったオクタンの機嫌を直そうと、ミラージュが面白おかしく話を振ってくるが、オクタンは口を固く結んだまま憮然と黙り込んでいる。
根負けしたミラージュはやれやれと頭を掻き、やがて小さく息を吐いてから重たげに口を開いた。
「……俺の母さんはな、兄貴達が戦争で行方不明になってから、ちょっぴり情緒不安定なのさ。やたらと俺のことを心配して、電話してくるときがある……今日みたいにな」
オクタンは前を向いたまま、黙って聞き耳を立てている。
「俺があいつらみてぇに、急にどっかに行っちまうと思ってんだろ。あいにく俺は戦争なんざまっぴら御免で、そんな心配は無用だってのによ。何を好き好んでジャングルだの砂漠だのに行って、泥と汗にまみれて戦わなくちゃならねぇんだ? 万が一、このミラージュ様の大事な顔に傷でも付いたら……って、もう付いてるけどな」
「……じゃあなんでレジェンドなんかになったんだ?」
オクタンは真面目な顔でミラージュに向き直ると、わずかに首を傾けた。
「そりゃ、レジェンドになればみんなに注目してもらえるだろ? たとえパイロットになって戦争に行ったって、誰も俺を見ちゃくれない。テレビで戦場が生中継されるわけじゃねえしな。運が悪けりゃ、そのままあの世に行って……俺がこの世にいたことすら、いつか忘れ去られちまう。けど、レジェンドなら覚えていてくれると思うんだ。俺がゲームで活躍して、それを見た奴らは感動し、愛と勇気を貰う。偉大なるチャンピオンとして、ミラージュとエリオット・ウィットの名前は、永遠にアウトランズに語り継がれるってわけさ」
どこまでが本気なのか、ミラージュは時折皮肉っぽい笑みを浮かべながら饒舌に語った。
「要は目立ちたいってことか、……ハハッ、俺と同じだな」
「そうさ。有名になりゃ金だって稼げるしな。毎日のようにテレビに映って名前を呼ばれるのはいい事だ。母さんが俺の事を忘れない為にもな」
「忘れる? お前の母親って一体……」
ミラージュは、言いかけたオクタンの言葉を人差し指で遮り、片目で合図した。
「っと、この話はこれで終わりだ。お前には関係ねぇ事だし、もっと楽しい話をしようぜ?」
今まで開け放たれていたドアが、突然目の前で閉まったような気がしてオクタンは戸惑った。
グラスをあおったミラージュの横顔が、一瞬知らない男の顔に見える。だが、次の瞬間にはいつもの余裕に満ちた笑顔に戻っていて、逆にそれがこれ以上深入りされるのを拒んでいるように思えた。
「……そう、だよな。誰にだって探られたくねぇ腹のひとつやふたつ、あるよな」
「そういうこと」
小さく穴の開いた胸の内を隠すように物わかりのいい言葉を並べて、オクタンは味のよく分からない琥珀色の液体を喉に流し込んだ。
今まで自分に見せていた、飄々として陽気な道化師の顔は、幾人も存在する彼のデコイのうちの一つに過ぎなかったのだろうか。
そう思うと、なんだか腹立たしいようなさみしいような複雑な気分になって、それから何を話したのかはよく覚えていなかった。

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