Lookin' for
パスファインダーに教えてもらった裏通りのバーは、小ぢんまりとした落ち着いた店だった。
新しくも綺麗でもなかったが、アンティーク調のインテリアは店主のこだわりを感じさせ、年季の入った渋い光沢を放っている。
言うなれば大人の隠れ家、という感じだ。
オクタンがいつもミラージュと行く店は、大抵賑やかで開放的な雰囲気の店ばかりで、そういうのが好きなのだとオクタンは思っていた。
こんな場所にいつもの派手なパーカーとハーフパンツで来たことを若干後悔したが、物怖じする性格でもない彼は、客のいない店内を見渡して、マスターらしき白髪の男に「Hola!」と声を掛けた。
「おひとりですか? こちらへどうぞ」
奇妙なマスクとゴーグルに、ぴったりとしたキャップで頭を覆った青年が、あのレジェンドのオクタンだという事に気付いたのかそうでないのか、マスターは年輪を感じさせる目尻に皺を刻んで愛想良く微笑んでいる。
今にもくたばっちまいそうなジジイだなと、失礼極まりないことを考えながら、オクタンは示された席に着いた。
ビールを注文し、数席のカウンターしかない店内を落ち着きなく見回す。
いつもの如く、考える前に走り出していたオクタンだったが、もしミラージュがここに来なかったらどうすればいいんだ? と、今頃になって思い始めた。
もしかして店を間違ったのではないだろうか。考えてみればパスファインダーの言った事だって見当違いで、ミラージュは別に落ち込んだりしていないのかもしれない。
しかし、ゲームの時に感じた違和感は気のせいではないとも思える。
——それにしても、何だって俺はあいつの事ばっか考えてるんだ?
オクタンは苛立ったようにカウンターを指で叩いた。絡まった思考を途中で放り出すのは得意だ。だから今回もそうする事にした。
「俺が来たかったから来た、そんだけだ」
そう独りごちてマスクを外すと、オクタンは目の前に置かれた細身のグラスに注がれたビールを一気に飲み干した。
マスターは彼の独り言を気に留めることもなく、優雅な手付きでグラスを並べたり、磨いたりしている。
ミラージュがバーテンダーとしてカウンターに立つところを見たことはなかったが、こんな感じなのだろうかとオクタンは首を傾け、ゆったりとしてどこか凛としたマスターの仕草を眺めていた。
いつも落ち着きなく浮ついた様子のミラージュからは想像もできないが、長身で端正な顔立ちの彼には、バーテンダーの正装がよく似合いそうではある。ミラージュがオーナーだという、エンジェルシティの店でパーティーを開く約束はまだ果たされていない。
考えてみれば、自分はミラージュについてほとんど何も知らない事に気付いた。彼が今までどんな人生を送り、なぜAPEXゲームに参加したのか、家族は? 友人は? 大事な人は?
知らなくてもそれで何か不便がある訳でもない。一緒にいれば楽しい。そもそもミラージュだって、オクタンの事は何も知らないのだからお互い様だ。
オクタンはもう一杯ビールを注文し、手持ち無沙汰に端末を手に取った。一向に他の客が来る気配はない。
「誰かと待ち合わせでも?」
なめらかな泡と黄金色の割合が絶妙な冷たいグラスを差し出しながら、マスターが静かに声を掛けてきた。
「ミラージュって、ここによく来るか?」
「レジェンドのミラージュ、という意味なら、いらしたことがありませんね」
「ふん、勿体ぶった言い方だな。俺はそういうのが嫌いだ。来んのか来ねぇのか?」
オクタンの物言いに気分を害した風もなく、マスターは笑顔を絶やさずに穏やかな声で言った。
「ミラージュは分かりませんが、Mr.ウィットならよくいらっしゃいますよ。エリオットは私の若い友人でもあります」
オクタンは口に含んでいたビールをごくりと飲み込むと、眠そうにも見える緑色の瞳をちらりとマスターに向けた。
「……ひとりで?」
「たいていは」
やっぱりあいつにも一人で飲みたい気分のときがあるのかと、オクタンは、昼間のゲームでのミラージュの横顔と、帰り際に見た後ろ姿を思い出していた。